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裁判所(団体の内部問題)

地方議会議員の除名処分の司法審査 最大判昭和35年3月9日

概要
地方公共団体の議会議員の任期が満了したときは、当該議員の除名処分の取消しを求める訴の利益は失われる。
判例
事案:地方公共団体の議会の議員の任期満了後における除名処分の取消しを求める訴えの利益の有無が問題となった。

判旨:「地方自治法(134条、135条および137条)に基き議員の懲罰として行われる除名は、議員たる身分を剥奪する処分であつて、その処分に対し違法を理由として除名処分の取消を求める訴は、判決による除名処分の取消によつて除名処分のなかりし状態に復帰し、もつて、剥奪された議員たる身分の回復を図ることを目的とするものに外ならないのである。従つて、既に議員の任期満了等の事由によつて議員の身分を失つている者については、最早除名処分を取り消しても議員たる身分を回復するに由ないのであるから、かかる場合においては除名処分の取消を求める訴は、訴訟の利益がなくなつたものとして、許すべからざるものと云わなければならない。
 被上告人は本訴において、昭和26年3月28日上告人のした被上告人に対する除名議決の取消を求めるのであるが、本件除名当時の板橋区議会議員の任期は、昭和26年4月29日をもつて満了していることは本件当事者間に争ない事実であるから既に本件判決を求める実益は失われているものと云わなければならない。然るに原判決は本件除名議決が取消されるときは除名議決当時に遡つて被上告人の議員たる資格に伴う報酬請求権その他の権利が回復されることになるから、本訴のような判決を求める利益がないものとする上告人の主張は理由がない旨判示する。しかし本訴は除名議決の取消によつて議員たる身分の回復を求むものであること明白であるから、議員たる身分に随伴して派生する報酬請求権等を考慮して、これがため既に任期満了した者に対し議員たる身分の回復を認めることは許されないものと解すべきである。従つて、被上告人の本訴請求は許すべからざるものとして棄却すべきものであつて、原判決は破棄および第一審判決は取消を免れないものである。」
過去問・解説
(H30 司法 第17問 ア)
自律的な団体の内部紛争に対して司法審査が及ぶかという問題に関して、地方議会には、国会の両議院のような自律権はないものの、地方議会議員に対する懲罰としての除名処分は、内部規律の問題であるから、司法審査の対象とはならないとした判例がある。

(正答)  

(解説)
判例(最判昭35.3.9)は、「既に議員の任期満了等の事由によつて議員の身分を失つている者については、…除名処分の取消を求める訴は、訴訟の利益がなくなったものとして、許すべからざるものと云わなければならない。」としており、地方議会議員に対する懲罰としての除名処分自体が司法審査の対象とならないとしているわけではない。
総合メモ

岩沼市議会出席停止事件 最大判令和2年11月25日

概要
普通地方公共団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰の適否は、司法審査の対象となる。
判例
事案:市議会により23日間の出席停止の懲罰を科された市議会議員がその取り消しを求める訴えを提起した事案において、市議会の議員に対する出席停止の懲罰の適否が司法審査の対象になるかが問題となった。

判旨:①「普通地方公共団体の議会は、地方自治法並びに会議規則及び委員会に関する条例に違反した議員に対し、議決により懲罰を科することができる(同法134条1項)ところ、懲罰の種類及び手続は法定されている(同法135条)。これらの規定等に照らすと、出席停止の懲罰を科された議員がその取消しを求める訴えは、法令の規定に基づく処分の取消しを求めるものであって、その性質上、法令の適用によって終局的に解決し得るものというべきである。」
 ②「憲法は、地方公共団体の組織及び運営に関する基本原則として、その施策を住民の意思に基づいて行うべきものとするいわゆる住民自治の原則を採用しており、普通地方公共団体の議会は、憲法にその設置の根拠を有する議事機関として、住民の代表である議員により構成され、所定の重要事項について当該地方公共団体の意思を決定するなどの権能を有する。そして、議会の運営に関する事項については、議事機関としての自主的かつ円滑な運営を確保すべく、その性質上、議会の自律的な権能が尊重されるべきであるところ、議員に対する懲罰は、会議体としての議会内の秩序を保持し、もってその運営を円滑にすることを目的として科されるものであり、その権能は上記の自律的な権能の一内容を構成する。
 他方、普通地方公共団体の議会の議員は、当該普通地方公共団体の区域内に住所を有する者の投票により選挙され(憲法93条2項、地方自治法11条、17条、18条)、議会に議案を提出することができ(同法112条)、議会の議事については、特別の定めがある場合を除き、出席議員の過半数でこれを決することができる(同法116条)。そして、議会は、条例を設け又は改廃すること、予算を定めること、所定の契約を締結すること等の事件を議決しなければならない(同法96条)ほか、当該普通地方公共団体の事務の管理、議決の執行及び出納を検査することができ、同事務に関する調査を行うことができる(同法98条、100条)。議員は、憲法上の住民自治の原則を具現化するため、議会が行う上記の各事項等について、議事に参与し、議決に加わるなどして、住民の代表としてその意思を当該普通地方公共団体の意思決定に反映させるべく活動する責務を負うものである。
 出席停止の懲罰は、上記の責務を負う公選の議員に対し、議会がその権能において科する処分であり、これが科されると、当該議員はその期間、会議及び委員会への出席が停止され、議事に参与して議決に加わるなどの議員としての中核的な活動をすることができず、住民の負託を受けた議員としての責務を十分に果たすことができなくなる。このような出席停止の懲罰の性質や議員活動に対する制約の程度に照らすと、これが議員の権利行使の一時的制限にすぎないものとして、その適否が専ら議会の自主的、自律的な解決に委ねられるべきであるということはできない。
 そうすると、出席停止の懲罰は、議会の自律的な権能に基づいてされたものとして、議会に一定の裁量が認められるべきであるものの、裁判所は、常にその適否を判断することができるというべきである。
 したがって、普通地方公共団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰の適否は、司法審査の対象となるというべきである。
 これと異なる趣旨をいう所論引用の当裁判所大法廷昭和35年10月19日判決その他の当裁判所の判例は、いずれも変更すべきである。」

補足意見:「私は、法廷意見に賛成するものであるが、地方議会の議員に対する出席停止の懲罰の司法審査について、補足して意見を述べることとする。
 1.法律上の争訟
 法律上の争訟は、①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、②それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られるとする当審の判例(最高裁昭和51年(オ)第749号同昭和56年4月7日第三小法廷判決・民集35巻3号443頁)に照らし、地方議会議員に対する出席停止の懲罰の取消しを求める訴えが、①②の要件を満たす以上、法律上の争訟に当たることは明らかであると思われる。
法律上の争訟については、憲法32条により国民に裁判を受ける権利が保障されており、また、法律上の争訟について裁判を行うことは、憲法76条1項により司法権に課せられた義務であるから、本来、司法権を行使しないことは許されないはずであり、司法権に対する外在的制約があるとして司法審査の対象外とするのは、かかる例外を正当化する憲法上の根拠がある場合に厳格に限定される必要がある。
 2.国会との相違
 国会については、国権の最高機関(憲法41条)としての自律性を憲法が尊重していることは明確であり、憲法自身が議員の資格争訟の裁判権を議院に付与し(憲法55条)、議員が議院で行った演説、討論又は表決についての院外での免責規定を設けている(憲法51条)。しかし、地方議会については、憲法55条や51条のような規定は設けられておらず、憲法は、自律性の点において、国会と地方議会を同視していないことは明らかである。
 3.住民自治
 地方議会について自律性の根拠を憲法に求めるとなると、憲法92条の「地方自治の本旨」以外にないと思われる。「地方自治の本旨」の意味については、様々な議論があるが、その核心部分が、団体自治と住民自治であることには異論はない。また、団体自治は、それ自身が目的というよりも、住民自治を実現するための手段として位置付けることができよう。
住民自治といっても、直接民主制を採用することは困難であり、我が国では、国のみならず地方公共団体においても、間接民主制を基本としており、他方、地方公共団体においては、条例の制定又は改廃を求める直接請求制度等、国以上に直接民主制的要素が導入されており、住民自治の要請に配慮がされている。この観点からすると、住民が選挙で地方議会議員を選出し、その議員が有権者の意思を反映して、議会に出席して発言し、表決を行うことは、当該議員にとっての権利であると同時に、住民自治の実現にとって必要不可欠であるということができる。もとより地方議会議員の活動は、議会に出席し、そこで発言し、投票することに限られるわけではないが、それが地方議会議員の本質的責務であると理解されていることは、正当な理由なく議会を欠席することが一般に懲罰事由とされていることからも明らかである。
 したがって、地方議会議員を出席停止にすることは、地方議会議員の本質的責務の履行を不可能にするものであり、それは、同時に当該議員に投票した有権者の意思の反映を制約するものとなり、住民自治を阻害することになる。「地方自治の本旨」としての住民自治により司法権に対する外在的制約を基礎付けながら、住民自治を阻害する結果を招くことは背理であるので、これにより地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象外とすることを根拠付けることはできないと考える。
 4.議会の裁量
 地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象としても、地方議会の自律性を全面的に否定することにはならない。懲罰の実体判断については、議会に裁量が認められ、裁量権の行使が違法になるのは、それが逸脱又は濫用に当たる場合に限られ、地方議会の自律性は、裁量権の余地を大きくする方向に作用する。したがって、地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象とした場合、濫用的な懲罰は抑止されることが期待できるが、過度に地方議会の自律性を阻害することにはならないと考える。」(宇賀克也裁判官の補足意見)
過去問・解説
(H23 予備 第9問 ウ)
地方議会における自律的な法規範の実現については、内部規律の問題として自治的措置に任せるのが適当であるが、数日間に及ぶ議会への出席停止の懲罰は、議員の重大な権利行使に対する制限であり、単なる内部規律の問題に止まらないから、司法審査の対象となる。

(正答)  

(解説)
山北村会議会出席停止事件判決(最大判昭35.10.19)は、「思うに、司法裁判権が、憲法又は他の法律によつてその権限に属するものとされているものの外、一切の法律上の争訟に及ぶことは、裁判所法3条の明定するところであるが、ここに一切の法律上の争訟とはあらゆる法律上の係争という意味ではない。一口に法律上の係争といつても、その範囲は広汎であり、その中には事柄の特質上司法裁判権の対象の外におくを相当とするものがあるのである。けだし、自律的な法規範をもつ社会ないしは団体に在つては、当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せ、必ずしも、裁判にまつを適当としないものがあるからである。本件における出席停止の如き懲罰はまさにそれに該当するものと解するを相当とする。」として、従来の部分社会論の立場から、村議会による村会議員に対する3日間の出席停止の懲罰は司法審査の対象とならないとした。
しかし、その後、岩沼市議会出席停止事件判決(最大判令2.11.25)は、「普通地方公共団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰の適否は、司法審査の対象となるというべきである。これと異なる趣旨をいう所論引用の当裁判所大法廷昭和35年10月19日判決その他の当裁判所の判例は、いずれも変更すべきである。」として。本判決については、従来の最高裁判例の「部分社会の法理」ではなく、学説の外在的制約論に立っていると理解されている。

(R4 司法 第17問 ア)
地方議会の議員に対する出席停止の懲罰に関し、その懲罰を受けた議員が取消しを求める訴えは、法令の適用によって終局的に解決し得る法律上の争訟に当たるところ、議会により出席停止の懲罰処分を科されると、その議員は、住民の負託を受けた議員としての責務を十分に果たすことができなくなるから、当該処分が議会の自律的な権能に基づいてなされたものとして、議会に一定の裁量が認められるとしても、裁判所は、常にその適否を判断することができ、司法審査の対象となる。

(正答)  

(解説)
岩沼市議会出席停止事件判決(最大判令2.11.25)は、「出席停止の懲罰を科された議員がその取消しを求める訴えは、法令の規定に基づく処分の取消しを求めるものであって、その性質上、法令の適用によって終局的に解決し得るものというべきである。」としているところ、これは「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)に当たるとの判示であると理解されている。また、本判決は、「出席停止の懲罰は、議会の自律的な権能に基づいてされたものとして、議会に一定の裁量が認められるべきであるものの、裁判所は、常にその適否を判断することができるというべきである。」としている。
総合メモ

地方議会議員の発言方法に関する地方議会の決定と司法審査 名古屋高判平成24年5月11日

概要
発声障害のある市議会議員の質問の代読方式を許さなかったことが議員の発言の権利・自由を侵害するとして市に対して国家賠償を求める訴えは、地方議会議員の議会における発言方法の制約が議会における発言を一般的に阻害し、その機会そのものを奪うに等しい事態を惹起する場合には、「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)に当たる。
判例
事案:発声障害のある市議会議員の質問の代読方式を許さなかったことが議員の発言の権利・自由を侵害するとして市に対して国家賠償請求訴訟が提起された事案において、「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)に当たるかが問題となった。
 
判旨:「一審被告らは、議員の発言の手段、方法はもちろんのこと、委員会及び本会議における議事進行について、広く市議会の自主性、自律性に委ねられているところ、被控訴人議員らは、一審原告の議会における発言の機会を奪ったわけではなく、会話補助装置による発言方法を保障したのに、一審原告が自分の要求する発言方法と違うという理由で試行さえしなかったのであるから、司法審査の対象にならないと主張する。
 前記のように、市議会における委員会及び本会議の議事進行等について、広く市議会の自主性、自律性が認められていることは否定しえないところである。しかし、このような市議会の自主性、自律性は、市議会議員各自に議会において発言する権利、自由が認められることを前提として、各議員の発言方法や発言時期、場所等を調整し、地方議会としての統一的な意思を適正・円滑に形成するためのものであるから、その前提となる各議員の発言の自由や権利そのものを一般的に阻害し、その機会を奪うに等しい状態を惹起することは、市議会の自主性、自律性の範囲を超えるものといわなければならない。
 一審原告は、一審被告らによる一連の加害行為により、一市民として、障害者が代替手段を自ら選ぶ権利、すなわち、自らのあり方を決める権利(自己決定権)を侵害され、かつ、一審原告個人の表現の自由及び地方議会議員としての表現の自由、参政権、平等権を侵害されたと主張しているが、地方議会議員の議会における発言方法の制約如何によっては、議会における発言を一般的に阻害し、その機会そのものを奪うに等しい事態も生じうるところであり、特に、一審原告のような発声障害者の場合、健常者と異なり、その発言し得る方法が限定されることから、議会における発言方法の制約により、議会での発言の機会そのものを奪われる結果となるおそれが大きいといえる。
 したがって、地方議会における議員の発言方法の制約も、上記のような状態を惹起する場合には、一般市民法秩序に関わり、一審原告の一審被告らに対する訴えは、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」にあたるというべきである。」
過去問・解説
(H30 司法 第17問 イ)
判例の考え方からすると、発声障害により自ら発声することができない地方議会議員が、第三者による代読等、自らの発声以外の方法による発言を希望したのに対し、これを認めないという地方議会の決定は、純然たる内部規律の問題であるから、司法審査の対象にはならないことになる。

(正答)  

(解説)
裁判例(名古屋高判平24.5.11)は、「地方議会議員の議会における発言方法の制約如何によっては、議会における発言を一般的に阻害し、その機会そのものを奪うに等しい事態も生じうるところであり、特に、一審原告のような発声障害者の場合、健常者と異なり、その発言し得る方法が限定されることから、議会における発言方法の制約により、議会での発言の機会そのものを奪われる結果となるおそれが大きいといえる。したがって、地方議会における議員の発言方法の制約も、上記のような状態を惹起する場合には、一般市民法秩序に関わり、一審原告の一審被告らに対する訴えは、裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」にあたるというべきである。」としている。
総合メモ

富山大学事件 最三小判昭和52年3月15日

概要
①大学における授業科目の単位与授(認定)行為は、一般市民法秩序と直接の関係を有するものであることを肯認するに足りる特段の事情のない限り、司法審査の対象にならない。
②国公立大学が専攻科修了の認定をしないことは、実質的にみて、一般市民としての学生の国公立大学の利用を拒否することにほかならないものというべく、その意味において、学生が一般市民として有する公の施設を利用する権利を侵害するものであると解するのが相当であるから、専攻科修了の認定・不認定に関する争いは司法審査の対象になる。
判例
【富山大学事件①】
事案:国立大学の学生Xらが、同大学に対して単位取得認定の義務確認を求めて出訴した事案において、国立大学における授業科目の単位認定行為は司法審査の対象となるかが問題となった。
判旨:「裁判所は、憲法に特別の定めがある場合を除いて、一切の法律上の争訟を裁判する権限を有するのであるが(裁判所法3条1項)、ここにいう一切の法律上の争訟とはあらゆる法律上の係争を意味するものではない。すなわち、ひと口に法律上の係争といつても、その範囲は広汎であり、その中には事柄の特質上裁判所の司法審査の対象外におくのを適当とするものもあるのであつて、例えば、一般市民社会の中にあつてこれとは別個に自律的な法規範を有する特殊な部分社会における法律上の係争のごときは、それが一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、その自主的、自律的な解決に委ねるのを適当とし、裁判所の司法審査の対象にはならないものと解するのが、相当である(当裁判所昭和34年(オ)第10号昭和35年10月19日大法廷判決・民集14巻12号2633頁参照)。そして、大学は、国公立であると私立であるとを問わず、学生の教育と学術の研究とを目的とする教育研究施設であつて、その設置目的を達成するために必要な諸事項については、法令に格別の規定がない場合でも、学則等によりこれを規定し、実施することのできる自律的、包括的な権能を有し、一般市民社会とは異なる特殊な部分社会を形成しているのであるから、このような特殊な部分社会である大学における法律上の係争のすべてが当然に裁判所の司法審査の対象になるものではなく、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題は右司法審査の対象から除かれるべきものであることは、叙上説示の点に照らし、明らかというべきである。
 そこで、次に、右の見地に立つて本件をみるのに、大学の単位制度については大学設置基準(昭和31年文部省令第28号)がこれを定めているが、これによれば…、大学の教育課程は各授業科目を必修、選択及び自由の各科目に分け、これを各年次に配当して編成されるが(28条)、右各授業科目にはその履修に要する時間数に応じて単位が配付されていて(25条、26条)、それぞれの授業科目を履修し試験に合格すると当該授業科目につき所定数の単位が授与(認定)されることになつており(31条)、右教育課程に従い大学に4年以上在学し所定の授業科目につき合計124単位以上を修得することが卒業の要件とされているのであるから(32条)、単位の授与(認定)という行為は、学生が当該授業科目を履修し試験に合格したことを確認する教育上の措置であり、卒業の要件をなすものではあるが、当然に一般市民法秩序と直接の関係を有するものでないことは明らかである。それゆえ、単位授与(認定)行為は、他にそれが一般市民法秩序と直接の関係を有するものであることを肯認するに足りる特段の事情のない限り、純然たる大学内部の問題として大学の自主的、自律的な判断に委ねられるべきものであつて、裁判所の司法審査の対象にはならないものと解するのが、相当である。
 特定の授業科目の単位の取得それ自体が一般市民法上一種の資格要件とされる場合のあることは所論のとおりであり、その限りにおいて単位授与(認定)行為が一般市民法秩序と直接の関係を有することは否定できないが、そのような場合はいまだ極めて限られており、一部に右のような場合があるからといつて、一般的にすべての授業科目の単位の取得が一般市民法上の資格地位に関係するものであり、単位授与(認定)行為が常に一般市民法秩序と直接の関係を有するものであるということはできない。そして、本件単位授与(認定)行為が一般市民法秩序と直接の関係を有するものであることについては、Xらはなんらの主張立証もしていない。
 してみれば、本件単位授与(認定)行為は、裁判所の司法審査の対象にはならない…。」

【富山大学事件②】
事案:国立大学の学生Xらが、同大学に対して専攻科修了認定の義務確認を求めて出訴した事案において、国立大学における専攻科修了の認定行為は司法審査の対象となるかが問題となった。
判旨:「思うに、国公立の大学は公の教育研究施設として一般市民の利用に供されたものであり、学生は一般市民としてかかる公の施設である国公立大学を利用する権利を有するから、学生に対して国公立大学の利用を拒否することは、学生が一般市民として有する右公の施設を利用する権利を侵害するものとして司法審査の対象になるものというべきである。そして、右の見地に立つて本件をみるのに、大学の専攻科は、大学を卒業した者又はこれと同等以上の学力があると認められる者に対して、精深な程度において、特別の事項を教授し、その研究を指導することを目的として設置されるものであり(学校教育法五七条)、大学の専攻科への入学は、大学の学部入学などと同じく、大学利用の一形態であるということができる。そして、専攻科に入学した学生は、大学所定の教育課程に従いこれを履修し専攻科を修了することによつて、専攻科入学の目的を達することができるのであつて、学生が専攻科修了の要件を充足したにもかかわらず大学が専攻科修了の認定をしないときは、学生は専攻科を修了することができず、専攻科入学の目的を達することができないのであるから、国公立の大学において右のように大学が専攻科修了の認定をしないことは、実質的にみて、一般市民としての学生の国公立大学の利用を拒否することにほかならないものというべく、その意味において、学生が一般市民として有する公の施設を利用する権利を侵害するものであると解するのが、相当である。されば、本件専攻科修了の認定、不認定に関する争いは司法審査の対象になるものというべく、これと結論を同じくする原審の判断は、正当として是認することができる。
 論旨は、法令上専攻科修了なる観念は存在せず、したがつて、専攻科修了の認定というのも法令に根拠を有しない事実上のものであるから、専攻科修了の認定という行為は行政事件訴訟法三条にいう処分にあたらない、と主張する。しかしながら、大学の専攻科というのは、前述のような教育目的をもつた一つの教育課程であるから、事理の性質上当然に、その修了という観念があるものというべきである。また、学校教育法57条は、専攻科の教育目的、入学資格及び修業年限について定めるのみで、専攻科修了の要件、効果等について定めるところはないが、それは、大学は、一般に、その設置目的を達成するために必要な諸事項については、法令に格別の規定がない場合でも、学則等においてこれを規定し、実施することのできる自律的、包括的な権能を有するところから、専攻科修了の要件、効果等同法に定めのない事項はすべて各大学の学則等の定めるところにゆだねる趣旨であると解されるのである。そして、現に、本件富山大学学則においても、「専攻科の教育課程は、別に定めるところによる。」(60条)、「専攻科に1年以上在学し所定の単位を履修取得した者は、課程を修了したものと認め修了証書を授与する。」(61条)と規定しているのであるから、法令上専攻科修了なる観念が存在し、専攻科修了の認定という行為が法令に根拠を有するものであることは明らかというべきである。そして、このことと、前述のように、国公立の大学は公の教育研究施設として一般市民の利用に供されたものであつて、国公立大学における専攻科修了の認定、不認定は学生が一般市民として有する右公の施設を利用する権利に関係するものであることとにかんがみれば、本件専攻科修了の認定行為は行政事件訴訟法3条にいう処分にあたると解するのが、相当である。それゆえ、論旨は、採用することができない。
 論旨は、また、専攻科修了の認定は、大学当局の専権に属する教育作用であるから、司法審査の対象にはならないと主張する。しかしながら、富山大学学則61条によれば、前述のように、1年以上の在学と所定の単位の修得とが同大学の専攻科修了の要件とされているにすぎず(ちなみに、大学設置基準(昭和31年文部省令第28号)32条によれば、大学の卒業も、4年以上の在学と所定の単位124単位以上の修得とがその要件とされているにすぎない。)、小学校、中学校及び高等学校の卒業が児童又は生徒の平素の成績の評価という教育上の見地からする優れて専門的な価値判断をその要件としている(学校教育法施行規則27条、55条及び65条参照)のと趣を異にしている。それゆえ、本件専攻科の修了については、前記の2要件以外に論旨のいうような教育上の見地からする価値判断がその要件とされているものと考えることはできない。そして、右2要件が充足されたかどうかについては、格別教育上の見地からする専門的な判断を必要とするものではないから、司法審査になじむものというべく、右の論旨もまた、採用することができない。」
過去問・解説
(H23 予備 第9問 ア)
大学は、その設置目的を達成するために必要な事項を実施する、自律的、包括的な権能を有していることから、単位の授与や専攻科修了の認定に係る係争は、一般市民法秩序と直接の関係を有すると認められる特段の事情のない限り、司法審査の対象とはならない。

(正答)  

(解説)
富山大学事件判決(最判昭52.3.15)は、「国公立の大学…の…専攻科修了の認定、不認定に関する争いは司法審査の対象になる」としている。

(H30 司法 第17問 ウ)
大学の単位認定行為は、特段の事情のない限り、純然たる大学内部の問題であって、大学の自主的な判断に委ねられるべきだから、司法審査の対象とならないとした判例もあった。

(正答)  

(解説)
富山大学事件判決(最判昭52.3.15)は、「大学…の…単位授与(認定)行為は、他にそれが一般市民法秩序と直接の関係を有するものであることを肯認するに足りる特段の事情のない限り、純然たる大学内部の問題として大学の自主的、自律的な判断に委ねられるべきものであって、裁判所の司法審査の対象にはならないものと解するのが、相当である。」としている。

(H30 司法 第17問 エ)
判例の考え方からすると、特定の授業科目の単位の取得が国家資格取得の前提要件とされている場合には、大学の単位認定行為が司法審査の対象になる可能性もある。

(正答)  

(解説)
富山大学事件判決(最判昭52.3.15)は、「大学…の…単位授与(認定)行為は、他にそれが一般市民法秩序と直接の関係を有するものであることを肯認するに足りる特段の事情のない限り、純然たる大学内部の問題として大学の自主的、自律的な判断に委ねられるべきものであって、裁判所の司法審査の対象にはならないものと解するのが、相当である。」とした上で、「特定の授業科目の単位の取得それ自体が一般市民法上一種の資格要件とされる場合…は…、その限りにおいて単位授与(認定)行為が一般市民法秩序と直接の関係を有することは否定できない」としている。

(R5 司法 第16問 ウ)
大学の単位の授与(認定)という行為は、学生が履修した授業科目について合格したことを確認する教育上の措置であり、卒業の要件をなすものであるから、一般市民法秩序と直接の関係を有するものであることは明らかである。それゆえ、純然たる大学内部の問題とはいえず、大学の自主的、自律的な判断のみに委ねられるべきものではなく、裁判所の司法審査の対象となる。

(正答)  

(解説)
富山大学事件判決(最判昭52.3.15)は、「大学…の…単位授与(認定)行為は、他にそれが一般市民法秩序と直接の関係を有するものであることを肯認するに足りる特段の事情のない限り、純然たる大学内部の問題として大学の自主的、自律的な判断に委ねられるべきものであって、裁判所の司法審査の対象にはならないものと解するのが、相当である。」としている。
総合メモ

技術士国家試験事件 最三小判昭和41年2月8日

概要
技術士国家試験の合格・不合格の判定は、司法審査の対象とならない。
判例
事案:技術士国家試験の合格・不合格の判定は司法審査の対象となるかが問題となった。

判旨:「司法権の固有の内容として裁判所が審判しうる対象は、裁判所法3条にいう「法律上の争訟」に限られ、いわゆる法律上の争訟とは、「法令を適用することによって解決し得べき権利義務に関する当事者間の紛争をいう」ものと解される(昭和29年2月11日第一小法廷判決、民集8巻2号419頁参照)。従って、法令の適用によって解決するに適さない単なる政治的または経済的問題や技術上または学術上に関する争は、裁判所の裁判を受けうべき事柄ではないのである。国家試験における合格、不合格の判定も学問または技術上の知識、能力、意見等の優劣、当否の判断を内容とする行為であるから、その試験実施機関の最終判断に委せられるべきものであって、その判断の当否を審査し具体的に法令を適用して、その争を解決調整できるものとはいえない。この点についての原判決の判断は正当であって、上告人は裁判所の審査できない事項について救済を求めるものにほかならない。」
過去問・解説
(H22 司法 第18問 イ)
国家試験における合否の判定は、学問上又は技術上の知識、能力、意見等の優劣、当否の判断を内容とする行為であるから、濫用にわたらない限り当該試験実施機関の裁量に委ねられるべきである。

(正答)  

(解説)
技術士国家試験事件判決(最判昭41.2.8)は、「法令の適用によって解決するに適さない単なる政治的または経済的問題や技術上または学術上に関する争は、裁判所の裁判を受けうべき事柄ではないのである。国家試験における合格、不合格の判定も学問または技術上の知識、能力、意見等の優劣、当否の判断を内容とする行為であるから、その試験実施機関の最終判断に委せられるべきものであって、その判断の当否を審査し具体的に法令を適用して、その争を解決調整できるものとはいえない。」として、濫用にわたるか否かにかかわらず、一律に司法審査の対象外であるとしている。
総合メモ

共産党袴田事件 最三小判昭和63年12月20日

概要
①政党が組織内の自律的運営として党員に対してした除名その他の処分の当否については、それが一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばない。
②当該処分が一般市民としての権利利益を侵害する場合であっても、当該処分の当否は、当該政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り右規範に照らし、右規範を有しないときは条理に基づき、適正な手続に則ってされたか否かによって決すべきであり、その審理も右の点に限られるものといわなければならない。
判例
事案:政党が組織内の自律的運営として党員に対して行った除名処分の違法・無効が民事訴訟で争われた。

判旨:「政党は、政治上の信条、意見等を共通にする者が任意に結成する政治結社であって、内部的には、通常、自律的規範を有し、その成員である党員に対して政治的忠誠を要求したり、一定の統制を施すなどの自治権能を有するものであり、国民がその政治的意思を国政に反映させ実現させるための最も有効な媒体であって、議会制民主主義を支える上においてきわめて重要な存在であるということができる。したがって、各人に対して、政党を結成し、又は政党に加入し、若しくはそれから脱退する自由を保障するとともに、政党に対しては、高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営をなしうる自由を保障しなければならない。他方、右のような政党の性質、目的からすると、自由な意思によって政党を結成し、あるいはそれに加入した以上、党員が政党の存立及び組織の秩序維持のために、自己の権利や自由に一定の制約を受けることがあることもまた当然である。右のような政党の結社としての自主性にかんがみると、政党の内部的自律権に属する行為は、法律に特別の定めのない限り尊重すべきであるから、政党が組織内の自律的運営として党員に対してした除名その他の処分の当否については、原則として自律的な解決に委ねるのを相当とし、したがって、政党が党員に対してした処分が一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばないというべきであり、他方、右処分が一般市民としての権利利益を侵害する場合であっても、右処分の当否は、当該政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り右規範に照らし、右規範を有しないときは条理に基づき、適正な手続に則ってされたか否かによって決すべきであり、その審理も右の点に限られるものといわなければならない。」
過去問・解説
(H20 司法 第13問 イ)
国民には、政党を結成し、政党に加入し、若しくは政党を脱退する自由が保障されている。他方、政党は、政治上の信条や意見を共通にするものが任意に結成する団体であるから、党員に対して政治的忠誠を要求し、一定の統制を施すことができる。

(正答)  

(解説)
共産党袴田事件判決(最判昭63.12.20)は、「各人に対して、政党を結成し、又は政党に加入し、若しくはそれから脱退する自由を保障するとともに、政党に対しては、高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営をなしうる自由を保障しなければならない。」とする一方で、「他方、右のような政党の性質、目的からすると、自由な意思によって政党を結成し、あるいはそれに加入した以上、党員が政党の存立及び組織の秩序維持のために、自己の権利や自由に一定の制約を受けることがあることもまた当然である。」としている。

(H20 司法 第13問 ウ)
法律上の権利義務関係をめぐる争訟であっても、政党の除名処分の有効性が紛争の前提問題となっている場合には、宗教上の教義や信仰の対象に関する価値判断が前提問題となっている場合と同様、裁判所の審査権は及ばない。

(正答)  

(解説)
共産党袴田事件判決(最判昭63.12.20)は、「政党が党員に対してした処分が一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばないというべきであり…」とする一方で、「他方、右処分が一般市民としての権利利益を侵害する場合であっても、右処分の当否は、当該政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り右規範に照らし、右規範を有しないときは条理に基づき、適正な手続に則ってされたか否かによって決すべきであり、その審理も右の点に限られるものといわなければならない。」としており、審理の範囲は限定的ではあるものの、政党の除名処分の有効性について裁判所の審査権が及ぶことを認めている。

(H23 予備 第9問 イ)
政党の処分が党員の一般市民としての権利利益への侵害となり得る場合においても、その処分の当否の司法審査は、政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り、その規範に照らし適正な手続にのっとってされたかどうかの範囲で行われる。

(正答)  

(解説)
共産党袴田事件判決(最判昭63.12.20)は、「政党が党員に対してした処分が…一般市民としての権利利益を侵害する場合であっても、右処分の当否は、当該政党の自立的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情ない限り右規範に照らし、右規範を有しないといは条理に基づき、適正な手続きに則ってされたか否かによって判断すべき」としている。

(H28 司法 第18問 ア)
政党の党員が、その政党の存立や秩序維持のために、自己の権利や自由に制約を受けることがあることは当然であり、政党が組織内の自律的運営として党員に対して行った処分の当否については、原則として自律的な解決に委ねるのが相当である。

(正答)  

(解説)
共産党袴田事件判決(最判昭63.12.20)は、「党員が政党の存立及び組織の秩序維持のために、自己の権利や自由に一定の制約を受けることがあることもまた当然である。…政党の結社としての自主性にかんがみると、政党の内部的自律権に属する行為は、法律に特別の定めのない限り尊重すべきであるから、政党が組織内の自律的運営として党員に対してした除名その他の処分の当否については、原則として自律的な解決に委ねるのを相当とし…」としている

(H28 司法 第18問 イ)
政党が党員に対して行った処分が、一般市民法秩序と直接の関係を有しない政党の内部的な問題にとどまるものである場合、裁判所は、その処分を司法審査の対象とするか否かについて、処分の内容や制約される党員の権利の性質等を考慮して、個別に判断するべきである。

(正答)  

(解説)
共産党袴田事件判決(最判昭63.12.20)は、「政党が党員に対してした処分が一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばない…」として、一律に司法審査を否定している。

(H28 司法 第18問 ウ)
政党が党員に対して行った処分が、党員の一般市民としての権利利益を侵害すると認められる場合、その処分は司法審査の対象となり、裁判所は、政党の有する内部規律に関する決定権に照らしてその処分の内容が合理的か否かについて審査するべきである。

(正答)  

(解説)
共産党袴田事件判決(最判昭63.12.20)は、「政党が党員に対してした処分が…一般市民としての権利利益を侵害する場合であっても、右処分の当否は、当該政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り右規範に照らし、右規範を有しないときは条理に基づき、適正な手続に則ってされたか否かによって決すべきであり、その審理も右の点に限られるものといわなければならない。」としており、処分の内容の合理性には司法審査は及ばないとしている。

(H28 予備 第8問 ア)
政党は、政治上の信条、意見等を共通にする者が任意に結成するものであって、党員に対して政治的忠誠を要求し、一定の統制を施すなどの自治権能を有する。

(正答)  

(解説)
共産党袴田事件判決(最判昭63.12.20)は、「政党は、政治上の信条、意見等を共通にする者が任意に結成する政治結社であって、内部的には、通常、自律的規範を有し、その成員である党員に対して政治的忠誠を要求したり、一定の統制を施すなどの自治権能を有する」としている。

(H29 司法 第14問 ウ)
政党がその所属党員に対してした除名その他の処分の当否について、裁判所は、原則として適正な手続にのっとってされたか否かを審査して判断すべきであり、一般市民としての権利利益を侵害する場合に限り処分内容の当否を審査できるとするのが判例の立場である。

(正答)  

(解説)
共産党袴田事件判決(最判昭63.12.20)は、「政党が党員に対してした処分が…一般市民としての権利利益を侵害する場合であっても、右処分の当否は、当該政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り右規範に照らし、右規範を有しないときは条理に基づき、適正な手続に則ってされたか否かによって決すべきであり、その審理も右の点に限られるものといわなければならない。」としており、処分の内容の合理性には司法審査は及ばないとしている。

(R3 共通 第12問 イ)
政党に対しては、高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営をなし得る自由を保障しなければならず、また、党員が政党の存立及び組織の秩序維持のために、自己の権利や自由に一定の制約を受けることがあるのも当然であるから、政党が党員に対してした除名処分の当否は、一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばない。

(正答)  

(解説)
共産党袴田事件判決(最判昭63.12.20)は、「政党が組織内の自律的運営として党員に対してした除名その他の処分の当否については、原則として自律的な解決に委ねるのを相当とし、したがって、政党が党員に対してした処分が一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばないというべきであ」るとしていることから、政党の党員に対する処分の当否については、政党の内部的な問題に留まる限りは、裁判所の審査権は及ばないといえる。


「政党に対しては、高度の自主性と自律性を与えて自主的に組織運営をなしうる自由を保障しなければならない。他方、党員が政党の存立及び組織の秩序維持のために、自己の権利や自由に一定の制約を受けることがあることもまた当然である。」とした上で、「右のような政党の結社としての自主性にかんがみると、政党の内部的自律権に属する行為は、法律に特別の定めのない限り尊重すべきであるから、政党が組織内の自律的運営として党員に対してした除名その他の処分の当否については、原則として自律的な解決に委ねるのを相当とし、したがって、政党が党員に対してした処分が一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばない」としている。

(R4 司法 第17問 イ)
政党が組織内の自律的運営として党員に対してした除名処分は、原則として自律的な解決に委ねるのが相当であり、その除名処分が一般市民法秩序と直接の関係のない内部的な問題にとどまる限り、司法審査の対象とはならず、また、一般市民としての権利利益を侵害する場合であっても、その処分の当否は、当該政党の自律的な規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限りその規範に照らし、規範がない場合は条理に基づき、適正な手続にのっとってされたか否かによって決すべきであり、司法審査もこの点に限られる。

(正答)  

(解説)
共産党袴田事件判決(最判昭63.12.20)は、「政党が党員に対してした処分が一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまる限り、裁判所の審判権は及ばないというべきであり、他方、右処分が一般市民としての権利利益を侵害する場合であっても、右処分の当否は、当該政党の自律的に定めた規範が公序良俗に反するなどの特段の事情のない限り右規範に照らし、右規範を有しないときは条理に基づき、適正な手続に則ってされたか否かによって決すべきであり、その審理も右の点に限られるものといわなければならない。」としている。
総合メモ