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人権享有主体性(公務員)

猿払事件 最大判昭和49年11月6日

概要
〇公務員の政治活動を禁止すること(国公法102条1項及び規則5項3号、6項13号)は、合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、憲法21条1項に違反しない。
〇被告人の行為は、衆議院議員選挙に際して、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書を掲示し又は配布したものであつて、その行為は、具体的な選挙における特定政党のためにする直接かつ積極的な支援活動であり、政治的偏向の強い典型的な行為というのほかなく、このような行為を放任することによる弊害は、軽微なものであるとはいえないから、国公法110条1項19号が適用される限度において同号が憲法21条及び憲法31条に違反するとはいえない。
〇公務員の政治的行為を罰則をもって禁止することは、憲法31条にも憲法21条1項にも違反しない。
〇政治的行為の定めを人事院規則に委任する国公法102条1項が、公務員の政治的中立性を損うおそれのある行動類型に属する政治的行為を具体的に定めることを委任するものであることは、憲法の許容する委任の限度を超える(白紙委任に当たる)ものではない。
判例
事案:猿払村の郵便局勤務の事務官Xは、昭和42年の衆議院議員選挙に際し、自身が事務局長を務める猿払地区労働組合協議会の決定に従い、日本社会党を支持する目的で、同党公認候補者の選挙用ポスター6枚を自ら公営掲示板に掲示したほか、同ポスター合計184枚の掲示方を他に依頼して配布したところ、これらの行為が人事院規則14-7第5項3号及び第6項13号に当たるとして国家公務員法違反で起訴された。

判旨:最高裁は、①政治的行為の憲法上の保障について、「憲法21条の保障する表現の自由は、民主主義国家の政治的基盤をなし、国民の基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、法律によつてもみだりに制限することができないものである。そして、およそ政治的行為は、行動としての面をもつほかに、政治的意見の表明としての面をも有するものであるから、その限りにおいて、憲法21条による保障を受けるものであることも、明らかである。」と述べている。
 ②公務員の政治的行為を禁止する目的について、「すべて公務員は、全体の奉仕者であ」るとする憲法15条2項から、「行政の中立的運営が確保され、これに対する国民の信頼が維持されることは、憲法の要請にかなうものであり、公務員の政治的中立性が維持されることは、国民全体の重要な利益にほかならないというべきである。」ということに求め、「公務員の政治的中立性を損うおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむをえない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところであ」り、その「判断するにあたつては、禁止の目的、この目的と禁止される政治的行為との関連性、政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡の3点から検討する」とする、合理的関連性の基準(=緩やかな基準)を採用している。
 ③当てはめでは、(ⅰ)「禁止の目的」について、「もし公務員の政治的行為のすべてが自由に放任されるときは、おのずから公務員の政治的中立性が損われ、ためにその職務の遂行ひいてはその属する行政機関の公務の運営に党派的偏向を招くおそれがあり、行政の中立的運営に対する国民の信頼が損われることを免れない。また、公務員の右のような党派的偏向は、逆に政治的党派の行政への不当な介入を容易にし、行政の中立的運営が歪められる可能性が一層増大するばかりでなく、そのような傾向が拡大すれば、本来政治的中立を保ちつつ一体となつて国民全体に奉仕すべき責務を負う行政組織の内部に深刻な政治的対立を醸成し、そのため行政の能率的で安定した運営は阻害され、ひいては議会制民主主義の政治過程を経て決定された国の政策の忠実な遂行にも重大な支障をきたすおそれがあり、このようなおそれは行政組織の規模の大きさに比例して拡大すべく、かくては、もはや組織の内部規律のみによつてはその弊害を防止することができない事態に立ち至るのである。したがつて、このような弊害の発生を防止し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するため、公務員の政治的中立性を損うおそれのある政治的行為を禁止することは、まさしく憲法の要請に応え、公務員を含む国民全体の共同利益を擁護するための措置にほかならないのであつて、その目的は正当なものというべきである。」と述べている。
 (ⅱ)「禁止の目的…と禁止される政治的行為との関連性」については、「右のような弊害の発生を防止するため、公務員の政治的中立性を損うおそれがあると認められる政治的行為を禁止することは、禁止目的との間に合理的な関連性があるものと認められるのであつて、たとえその禁止が、公務員の職種・職務権限、勤務時間の内外、国の施設の利用の有無等を区別することなく、あるいは行政の中立的運営を直接、具体的に損う行為のみに限定されていないとしても、右の合理的な関連性が失われるものではない。」と述べている。
(ⅲ)「政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡」については、「公務員の政治的中立性を損うおそれのある行動類型に属する政治的行為を、これに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしてではなく、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するときは、同時にそれにより意見表明の自由が制約されることにはなるが、それは、単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約に過ぎず、かつ、国公法102条1項及び規則の定める行動類型以外の行為により意見を表明する自由までをも制約するものではなく、他面、禁止により得られる利益は、公務員の政治的中立性を維持し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するという国民全体の共同利益なのであるから、得られる利益は、失われる利益に比してさらに重要なものというべきであり、その禁止は利益の均衡を失するものではない。」と述べている。(ⅳ)結論として、公務員の政治活動を禁止すること自体(国公法102条1項及び規則5項3号、6項13号)は「合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、憲法21条に違反するものということはできない。」と述べている。
 ④第一審判決は、「被告人の本件行為が、非管理職である現業公務員でその職務内容が機械的労務の提供にとどまるものにより、勤務時間外に、国の施設を利用することなく、かつ、職務を利用せず又はその公正を害する意図なく、労働組合活動の一環として行われたものであること」を理由として、「本件被告人の所為に、国公法110条1項19号が適用される限度において、同号が憲法21条および31条に違反するもので、これを被告人に適用することができないと云わざるを得ない」と判示している。
 これに対し、最高裁は、次のように判示している。「原判決もこれを是認している。しかしながら、本件行為のような政治的行為が公務員によってされる場合には、当該公務員の管理職・非管理職の別、現業・非現業の別、裁量権の範囲の広狭などは、公務員の政治的中立性を維持することにより行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保しようとする法の目的を阻害する点に、差異をもたらすものではない。右各判決が、個々の公務員の担当する職務を問題とし、本件被告人の職務内容が裁量の余地のない機械的業務であることを理由として、禁止違反による弊害が小さいものであるとしている点も、有機的統一体として機能している行政組織における公務の全体の中立性が問題とされるべきものである以上、失当である。郵便や郵便貯金のような業務は、もともと、あまねく公平に、役務を提供し、利用させることを目的としているのであるから(郵便法1条、郵便貯金法1条参照)、国民全体への公平な奉仕を旨として運営されなければならないのであって、原判決の指摘するように、その業務の性質上、機械的労務が重い比重を占めるからといって、そのことのゆえに、その種の業務に従事する現業公務員を公務員の政治的中立性について例外視する理由はない。また、前述のような公務員の政治的行為の禁止の趣旨からすれば、勤務時間の内外、国の施設の利用の有無、職務利用の有無などは、その政治的行為の禁止の合憲性を判断するうえにおいては、必ずしも重要な意味をもつものではない。さらに、政治的行為が労働組合活動の一環としてなされたとしても、そのことが組合員である個々の公務員の政治的行為を正当化する理由となるものではなく、また、個々の公務員に対して禁止されている政治的行為が組合活動として行われるときは、組合員に対して統制力をもつ労働組合の組織を通じて計画的に広汎に行われ、その弊害は一層増大することとなるのであつて、その禁止が解除されるべきいわれは少しもないのである。…第一審判決及び原判決は、また、本件政治的行為によつて生じる弊害が軽微であると断定し、そのことをもつてその禁止を違憲と判断する重要な根拠としている。しかしながら、本件における被告人の行為は、衆議院議員選挙に際して、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書を掲示し又は配布したものであつて、その行為は、具体的な選挙における特定政党のためにする直接かつ積極的な支援活動であり、政治的偏向の強い典型的な行為というのほかなく、このような行為を放任することによる弊害は、軽微なものであるとはいえない。のみならず、かりに特定の政治的行為を行う者が一地方の一公務員に限られ、ために右にいう弊害が一見軽微なものであるとしても、特に国家公務員については、その所属する行政組織の機構の多くは広範囲にわたるものであるから、そのような行為が累積されることによつて現出する事態を軽視し、その弊害を過小に評価することがあつてはならない。」
 ⑤公務員の政治的行為を罰則をもって禁止することの違憲性については、「…およそ刑罰は、国権の作用による最も峻厳な制裁であるから、特に基本的人権に関連する事項につき罰則を設けるには、慎重な考慮を必要とすることはいうまでもなく、刑罰規定が罪刑の均衡その他種々の観点からして著しく不合理なものであつて、とうてい許容し難いものであるときは、違憲の判断を受けなければならないのである。そして、刑罰規定は、保護法益の性質、行為の態様・結果、刑罰を必要とする理由、刑罰を法定することによりもたらされる積極的・消極的な効果・影響などの諸々の要因を考慮しつつ、国民の法意識の反映として、国民の代表機関である国会により、歴史的、現実的な社会的基盤に立つて具体的に決定されるものであり、その法定刑は、違反行為が帯びる違法性の大小を考慮して定められるべきものである。」という一般論を述べた上で、憲法31条および21条1項違反について、次のように判示している。(ⅰ)憲法31条違反については、「…その保護法益の重要性にかんがみるときは、罰則制定の要否及び法定刑についての立法機関の決定がその裁量の範囲を著しく逸脱しているものであるとは認められない。特に、本件において問題とされる規則5項3号、6項13号の政治的行為は、特定の政党を支持する政治的目的を有する文書の掲示又は配布であつて、前述したとおり、政治的行為の中でも党派的偏向の強い行動類型に属するものであり、公務員の政治的中立性を損うおそれが大きく、このような違法性の強い行為に対して国公法の定める程度の刑罰を法定したとしても、決して不合理とはいえず、したがつて、右の罰則が憲法31条に違反するものということはできない。」と述べている。(ⅱ)憲法21条1項違反については、「公務員の政治的行為の禁止が国民全体の共同利益を擁護する見地からされたものであつて、その違反行為が刑罰の対象となる違法性を帯びることが認められ、かつ、その禁止が、前述のとおり、憲法21条に違反するものではないと判断される以上、その違反行為を構成要件として罰則を法定しても、そのことが憲法21条に違反することとなる道理は、ありえない。」と述べている。さらに、(ⅲ)第一審判決・原判決が「たとえ公務員の政治的行為の禁止が憲法21条に違反しないとしても、その行為のもたらす弊害が軽微なものについてまで一律に罰則を適用することは、同条に違反する」と述べている点については、「違反行為がもたらす弊害の大小は、とりもなおさず違法性の強弱の問題にほかならないのであるから、このような見解は、違法性の程度の問題と憲法違反の有無の問題とを混同するものであつて、失当というほかはない。」と述べている。
 ⑥人事院規則への委任の許容性については、「政治的行為の定めを人事院規則に委任する国公法102条1項が、公務員の政治的中立性を損うおそれのある行動類型に属する政治的行為を具体的に定めることを委任するものであることは、同条項の合理的な解釈により理解しうるところである。そして、そのような政治的行為が、公務員組織の内部秩序を維持する見地から課される懲戒処分を根拠づけるに足りるものであるとともに、国民全体の共同利益を擁護する見地から科される刑罰を根拠づける違法性を帯びるものであることは、すでに述べたとおりであるから、右条項は、それが同法82条による懲戒処分及び同法110条1項19号による刑罰の対象となる政治的行為の定めを一様に委任するものであるからといって、そのことの故に、憲法の許容する委任の限度を超えることになるものではない。」と述べている。
過去問・解説
(H20 司法 第2問 ア)
国家公務員の政治的中立性を損うおそれのある政治的行為を禁止することは、強い政治性を有する意見表明そのものを制約する規制であるが、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼の確保という国民全体の共同利益のためであれば、特定の内容の表現を禁止することも許される。

(正答)  

(解説)
猿払事件判決(最大判昭49.11.6)は「公務員の政治的中立性を損うおそれのある行動類型に属する政治的行為を、これに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしてではなく、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するときは…それは、単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約に過ぎ」ないとしている。したがって、本肢の「意見表明そのものを制約する規制」との部分は、猿払事件の上記判示と矛盾する。

(H20 司法 第2問 イ)
国家公務員法第102条第1項は国家公務員に禁止される政治的行為の具体的定めを広く人事院規則に委任しているが、一般に公務員の政治的中立性を損うおそれのある政治的行為を禁じることは許されるのであり、同条同項はそのような行動類型の定めを委任するものであって、委任の限界を超えることにはならない。

(正答)  

(解説)
猿払事件判決(最大判昭49.11.6)は、国家公務員法102条1項に禁止される政治的行為について具体的な定めが人事院規則に委任されたことが白紙委任になるのではないかが問題となったところ、「政治的行為の定めを一様に委任するものであるからといって、そのことの故に、憲法の許容する委任の限度を超えることになるものになるものではない」としている。したがって、委任の限界を超えることにはならず、本肢の内容は猿払事件の内容に適合するものである。

(H20 司法 第2問 ウ)
国家公務員の具体的な政治的行為を処罰することの合憲性判断に当たっては、当該公務員の職務内容や問題となる行為の内容などを総合的に考慮すべきである。例えば機械的労務の提供を職務とする者の政治的行為により公務員の政治的中立性が害されるおそれは小さいが、他方、行われた行為が選挙に際しての特定政党への支援活動という政治的偏向の強いものであれば、結局処罰は合憲と判断される。

(正答)  

(解説)
猿払事件判決(最大判昭49.11.6)は「公務員の政治的中立性を損うおそれがあると認められる政治的行為を禁止することは…たとえその禁止が、公務員の職種・職務権限、勤務時間の内外、国の施設の利用の有無等を区別することなく、あるいは行政の中立的運営を直接、具体的に損う行為のみに限定されていないとしても、右の合理的な関連性が失われるものではない。」としている。このように、猿払事件判決は、「職務内容や問題となる行為の内容」を総合的に考慮することなく、国家公務員の政治的行為の禁止について合理的関連性を認めている。

(H24 司法 第18問 ウ)
公務員の政治的行為の禁止を定める国家公務員法102条1項及び人事院規則14-7それ自体は憲法21条に違反しないとしても、当該公務員の行為のもたらす弊害が軽微なものについてまで一律に罰則を適用することは、必要最小限の域を超えるものであって、憲法21条及び31条に違反する。

(正答)  

(解説)
猿払事件判決(最大判昭49.11.6)は、「国公法102条1項及び規則5項3号、6項13号は、合理的で必要やむをえない限度を超えるものとは認められず、憲法21条に違反するものということはできない。」としている。したがって、本肢前段は正しい。
また、本判決は、政治的行為の禁止について罰則を設けることは憲法21条及び31条に違反するかについて、「国公法110条1項19 号の罰則は、憲法21条、31条に違反するものではな…い」としている。したがって、本肢後段の「必要最小限の域を超えるものであって、憲法21条及び31条に違反する」との部分は、本判決の上記判示と矛盾する。よって、本肢後段は誤っている。

(H25 司法 第19問 ア)
判例は、精神的自由に対する制約の合憲性を経済的自由に対する制約の合憲性より厳しく審査すべきであるという二重の基準論を採用し、表現活動に対する制約については、表現内容に基づく制約だけでなく、間接的・付随的制約の合憲性についても厳格な審査を及ぼしている。

(正答)  

(解説)
小売市場事件判決(最大判昭47.11.22)や薬事法事件判決(最大判昭50.4.30)において、二重の基準論の理論が採用されている。これは、経済的自由の場合には、立法府の立法判断は尊重されて合理的根拠に基づく規制である限り合憲とされるが、精神的自由を規制する立法の合憲性審査の場合に厳格な審査基準が用いられるべきとする考え方である。したがって、本肢前段は正しい。
もっとも、猿払事件判決(最大判昭49.11.6)は「公務員の政治的中立性を損うおそれのある公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむをえない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところであるといわなければならない。国公法102条1項及び規則による公務員に対する政治的行為の禁止が右の合理的で必要やむをえない限度にとどまるものか否かを判断するにあたつては、禁止の目的、この目的と禁止される政治的行為との関連性、政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡の3点から検討することが必要」としている。猿払事件では緩やかな基準が用いられているといえる。したがって、本肢後段の「間接的・付随的制約の合憲性についても厳格な審査を及ぼしている」との部分は、猿払事件判決の上記判示と矛盾している。

(H30 共通 第1問 ア改題)
猿払事件上告審(最大判昭和49年11月6日)は、公務員の地位のように権利主体と公権力との間に特殊な法律関係がある場合には、憲法の人権保障が原則として及ばないなどとする理論によって公務員の人権に対する制約を正当化した趣旨の判示をして、公務員の政治的意見表明の自由に対する制約を正当化している

(正答)  

(解説)
猿払事件判決(最大判昭49.11.6)は、「憲法21条の保障する表現の自由は、民主主義国家の政治的基盤をなし、国民の基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、法律によつてもみだりに制限することができないものである。そして、およそ政治的行為は、行動としての面をもつほかに、政治的意見の表明としての面をも有するものであるから、その限りにおいて、憲法21条による保障を受けるものであることも、明らかである」としている。そのうえで、「行政の中立的運営が確保され、これに対する国民の信頼が維持されることは、憲法の要請にかなうものであり、公務員の政治的中立性が維持されることは、国民全体の重要な利益にほかならない」として、「合理的で必要やむをえない」場合には国家公務員の政治的行為を禁止することも許容されるとしている。したがって、猿払事件判決は、憲法の人権保障が原則として及ばないなどとする理論によって公務員の人権に対する制約を正当化したのではない。

(H30 共通 第1問 イ改題)
猿払事件上告審(最大判昭和49年11月6日)は、国家公務員法102条1項が一定の行動類型に属する政治的行為を禁止していることに伴い生じ得る意見表明の自由の制約について、公務員の政治的中立性を損なうおそれのある行動類型に属する政治的行為を禁止することに伴い意見表明の自由が制約されることになっても、そのような制約は行動の禁止に伴う限度での間接的・付随的制約にとどまるとしている。

(正答)  

(解説)
猿払事件判決(最大判昭49.11.6)は、「公務員の政治的中立性を損うおそれのある行動類型に属する政治的行為を、これに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしてではなく、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するときは、同時にそれにより意見表明の自由が制約されることにはなるが、それは、単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約に過ぎ」ないとしている。
総合メモ

堀越事件 最二小判平成24年12月7日

概要
①国家公務員法(平成19年法律第108号による改正前のもの)による政党の機関紙の配布及び政治的目的を有する文書の配布の禁止は、憲法21条1項等に違反しない。
②被告人の行為は、管理職的地位になく、その職務の内容や権限に裁量の余地のない公務員によって、職務と全く無関係に、公務員により組織される団体の活動としての性格もなく行われたものであり、公務員による行為と認識し得る態様で行われたものでもないから、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものとはいえない。したがって、被告人の行為は本件罰則規定の構成要件に該当しない。
判例
事案:社会保険事務所に年金審査官として勤務する厚生労働事務官Xが、衆議院議員総選挙に際し、同社会保険事務所において、公務員であることを明らかにせず、日本共産党を支持する目的で、同党の機関紙及び同党を支持する政治目的を有する文書を配布したところ、国家公務員法違反で起訴された事案において、①国家公務員法102条1項19号・同法112条1項・人事院規則14−7第6項7号の法令違憲、及び②被告人の行為の構成要件該当性が問題となった。

判旨:①「本法102条1項は、…行政の中立的運営を確保し、これに対する国民の信頼を維持することをその趣旨とするものと解される。すなわち、憲法15条2項は、「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。」と定めており、国民の信託に基づく国政の運営のために行われる公務は、国民の一部でなく、その全体の利益のために行われるべきものであることが要請されている。その中で、国の行政機関における公務は、憲法の定める我が国の統治機構の仕組みの下で、議会制民主主義に基づく政治過程を経て決定された政策を忠実に遂行するため、国民全体に対する奉仕を旨として、政治的に中立に運営されるべきものといえる。そして、このような行政の中立的運営が確保されるためには、公務員が、政治的に公正かつ中立的な立場に立って職務の遂行に当たることが必要となるものである。このように、本法102条1項は、公務員の職務の遂行の政治的中立性を保持することによって行政の中立的運営を確保し、これに対する国民の信頼を維持することを目的とするものと解される。
 他方、国民は、憲法上、表現の自由(21条1項)としての政治活動の自由を保障されており、この精神的自由は立憲民主政の政治過程にとって不可欠の基本的人権であって、民主主義社会を基礎付ける重要な権利であることに鑑みると、上記の目的に基づく法令による公務員に対する政治的行為の禁止は、国民としての政治活動の自由に対する必要やむを得ない限度にその範囲が画されるべきものである。
このような本法102条1項の文言、趣旨、目的や規制される政治活動の自由の重要性に加え、同項の規定が刑罰法規の構成要件となることを考慮すると、同項にいう「政治的行為」とは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが、観念的なものにとどまらず、現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指し、同項はそのような行為の類型の具体的な定めを人事院規則に委任したものと解するのが相当である。そして、その委任に基づいて定められた本規則も、このような同項の委任の範囲内において、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる行為の類型を規定したものと解すべきである。上記のような本法の委任の趣旨及び本規則の性格に照らすと、本件罰則規定に係る本規則6項7号については、同号が定める行為類型に文言上該当する行為であって、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものを同号の禁止の対象となる政治的行為と規定したものと解するのが相当である。このような行為は、それが一公務員のものであっても、行政の組織的な運営の性質等に鑑みると、当該公務員の職務権限の行使ないし指揮命令や指導監督等を通じてその属する行政組織の職務の遂行や組織の運営に影響が及び、行政の中立的運営に影響を及ぼすものというべきであり、また、こうした影響は、勤務外の行為であっても、事情によってはその政治的傾向が職務内容に現れる蓋然性が高まることなどによって生じ得るものというべきである。
 そして、上記のような規制の目的やその対象となる政治的行為の内容等に鑑みると、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるかどうかは、当該公務員の地位、その職務の内容や権限等、当該公務員がした行為の性質、態様、目的、内容等の諸般の事情を総合して判断するのが相当である。具体的には、当該公務員につき、指揮命令や指導監督等を通じて他の職員の職務の遂行に一定の影響を及ぼし得る地位(管理職的地位)の有無、職務の内容や権限における裁量の有無、当該行為につき、勤務時間の内外、国ないし職場の施設の利用の有無、公務員の地位の利用の有無、公務員により組織される団体の活動としての性格の有無、公務員による行為と直接認識され得る態様の有無、行政の中立的運営と直接相反する目的や内容の有無等が考慮の対象となるものと解される。
 そこで、進んで本件罰則規定が憲法21条1項、15条、19条、31条、41条、73条6号に違反するかを検討する。この点については、本件罰則規定による政治的行為に対する規制が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかによることになるが、これは、本件罰則規定の目的のために規制が必要とされる程度と、規制される自由の内容及び性質、具体的な規制の態様及び程度等を較量して決せられるべきものである(最高裁昭和52年(オ)第927号同58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁等)。そこで、まず、本件罰則規定の目的は、前記のとおり、公務員の職務の遂行の政治的中立性を保持することによって行政の中立的運営を確保し、これに対する国民の信頼を維持することにあるところ、これは、議会制民主主義に基づく統治機構の仕組みを定める憲法の要請にかなう国民全体の重要な利益というべきであり、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる政治的行為を禁止することは、国民全体の上記利益の保護のためであって、その規制の目的は合理的であり正当なものといえる。他方、本件罰則規定により禁止されるのは、民主主義社会において重要な意義を有する表現の自由としての政治活動の自由ではあるものの、前記…のとおり、禁止の対象とされるものは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる政治的行為に限られ、このようなおそれが認められない政治的行為や本規則が規定する行為類型以外の政治的行為が禁止されるものではないから、その制限は必要やむを得ない限度にとどまり、前記の目的を達成するために必要かつ合理的な範囲のものというべきである。そして、上記の解釈の下における本件罰則規定は、不明確なものとも、過度に広汎な規制であるともいえないと解される。また、既にみたとおり、本法102条1項が人事院規則に委任しているのは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる政治的行為の行為類型を規制の対象として具体的に定めることであるから、同項が懲戒処分の対象と刑罰の対象とで殊更に区別することなく規制の対象となる政治的行為の定めを人事院規則に委任しているからといって、憲法上禁止される白紙委任に当たらないことは明らかである。なお、このような禁止行為に対しては、服務規律違反を理由とする懲戒処分のみではなく、刑罰を科すことをも制度として予定されているが、これは常に刑罰を科すという趣旨ではなく、国民全体の上記利益を損なう影響の重大性等に鑑みて禁止行為の内容、態様等が懲戒処分等では対応しきれない場合も想定されるためであり、あり得べき対応というべきであって、刑罰を含む規制であることをもって直ちに必要かつ合理的なものであることが否定されるものではない。
 以上の諸点に鑑みれば、本件罰則規定は憲法21条1項、15条、19条、31条、41条、73条6号に違反するものではないというべきであ…る。」
 ②「本件配布行為が本件罰則規定の構成要件に該当するかを検討するに、本件配布行為が本規則6項7号、13号(5項3号)が定める行為類型に文言上該当する行為であることは明らかであるが、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものかどうかについて、前記諸般の事情を総合して判断する。前記のとおり、被告人は、社会保険事務所に年金審査官として勤務する事務官であり、管理職的地位にはなく、その職務の内容や権限も、来庁した利用者からの年金の受給の可否や年金の請求、年金の見込額等に関する相談を受け、これに対し、コンピューターに保管されている当該利用者の年金に関する記録を調査した上、その情報に基づいて回答し、必要な手続をとるよう促すという、裁量の余地のないものであった。そして、本件配布行為は、勤務時間外である休日に、国ないし職場の施設を利用せずに、公務員としての地位を利用することなく行われたものである上、公務員により組織される団体の活動としての性格もなく、公務員であることを明らかにすることなく、無言で郵便受けに文書を配布したにとどまるものであって、公務員による行為と認識し得る態様でもなかったものである。これらの事情によれば、本件配布行為は、管理職的地位になく、その職務の内容や権限に裁量の余地のない公務員によって、職務と全く無関係に、公務員により組織される団体の活動としての性格もなく行われたものであり、公務員による行為と認識し得る態様で行われたものでもないから、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものとはいえない。そうすると、本件配布行為は本件罰則規定の構成要件に該当しないというべきである。以上のとおりであり、被告人を無罪とした原判決は結論において相当である。」
過去問・解説
(H27 共通 第1問 ア)
「政治的行為」とは、公務員の政治的な行為一般ではなく、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが、観念的なものにとどまらず、現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指す。

(正答)  

(解説)
堀越事件判決(最判平24.12.7)は、「国家公務員法102条1項…の文言、趣旨、目的や規制される政治活動の自由の重要性に加え、同項の規定が刑罰法規の構成要件となることを考慮すると、同項にいう「政治的行為」とは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが、観念的なものにとどまらず、現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指し、同項はそのような行為の類型の具体的な定めを人事院規則に委任したものと解するのが相当である。」としている。

(H30 共通 第1問 ウ改題)
堀越事件(最判平成24年12月7日)は、国家公務員法102条1項にいう「政治的行為」に該当するか否かの判断について、同項にいう「政治的行為」の意義を、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものと解した上、その判断においては、当該公務員の地位、その職務の内容や権限等、当該公務員がした行為の性質、態様、目的、内容等の諸般の事情を総合して判断するのが相当であると判示している。

(正答)  

(解説)
堀越事件判決(最判平24.12.7)は、「上記のような規制の目的やその対象となる政治的行為の内容等に鑑みると、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるかどうかは、当該公務員の地位、その職務の内容や権限等、当該公務員がした行為の性質、態様、目的、内容等の諸般の事情を総合して判断するのが相当である。」としている。

(R2 共通 第16問 ア)
最高裁判所は、公務員による政党機関誌の配布が国家公務員法違反に問われた堀越事件(最判平成24年12月7日)において、被告人の配布行為には公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められず、当該配布行為に罰則規定が適用される限りにおいて憲法21条1項及び31条に違反すると判示した。

(正答)  

(解説)
堀越事件判決(最判平24.12.7)は、「本件配布行為は、管理職的地位になく、その職務の内容や権限に裁量の余地のない公務員によって、職務と全く無関係に、公務員により組織される団体の活動としての性格もなく行われたものであり、公務員による行為と認識し得る態様で行われたものでもないから、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものとはいえない。そうすると、本件配布行為は本件罰則規定の構成要件に該当しないというべきである。以上のとおりであり、被告人を無罪とした原判決は結論において相当である。」としている。その上で、「原判決は、本件罰則規定を被告人に適用することが憲法21条1項、31条に違反するとしているが、そもそも本件配布行為は本件罰則規定の解釈上その構成要件に該当しないためその適用がないと解すべきであって、上記憲法の各規定によってその適用が制限されるものではないと解されるから、原判決中その旨を説示する部分は相当ではないが、それが判決に影響を及ぼすものでないことは明らかである。論旨は採用することができない。」としている。
総合メモ

世田谷事件 最二小判平成24年12月7日

概要
①国家公務員法(平成19年法律第108号による改正前のもの)による政党の機関紙の配布及び政治的目的を有する文書の配布の禁止は、憲法21条1項等に違反しない。
②管理職的地位にあり、その職務の内容や権限に裁量権のある一般職国家公務員が行った本件の政党の機関紙の配布は、それが、勤務時間外に、国ないし職場の施設を利用せず、公務員としての地位を利用することなく、公務員により組織される団体の活動としての性格を有さず、公務員による行為と認識し得る態様によることなく行われたものであるとしても、当該公務員及びその属する行政組織の職務の遂行の政治的中立性が損なわれるおそれが実質的に認められ、本件罰則規定の構成要件に該当する。
判例
事案:厚生労働省課長補佐の職に就いていた、Xが日本共産党を支持する目的で、警視庁職員住宅の郵便受けに機関紙を投函したところ、国家公務員法違反で起訴された事案において、①国家公務員法102条1項19号・同法112条1項・人事院規則14−7第6項7号の法令違憲、及び②被告人の行為の構成要件該当性が問題となった。

判旨:①「ア 本法102条1項…は、行政の中立的運営を確保し、これに対する国民の信頼を維持することをその趣旨とするものと解される。すなわち、憲法15条2項は、「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。」と定めており、国民の信託に基づく国政の運営のために行われる公務は、国民の一部でなく、その全体の利益のために行われるべきものであることが要請されている。その中で、国の行政機関における公務は、憲法の定める我が国の統治機構の仕組みの下で、議会制民主主義に基づく政治過程を経て決定された政策を忠実に遂行するため、国民全体に対する奉仕を旨として、政治的に中立に運営されるべきものといえる。そして、このような行政の中立的運営が確保されるためには、公務員が、政治的に公正かつ中立的な立場に立って職務の遂行に当たることが必要となるものである。このように、本法102条1項は、公務員の職務の遂行の政治的中立性を保持することによって行政の中立的運営を確保し、これに対する国民の信頼を維持することを目的とするものと解される。 他方、国民は、憲法上、表現の自由(21条1項)としての政治活動の自由を保障されており、この精神的自由は立憲民主政の政治過程にとって不可欠の基本的人権であって、民主主義社会を基礎付ける重要な権利であることに鑑みると、上記の目的に基づく法令による公務員に対する政治的行為の禁止は、国民としての政治活動の自由に対する必要やむを得ない限度にその範囲が画されるべきものである。このような本法102条1項の文言、趣旨、目的や規制される政治活動の自由の重要性に加え、同項の規定が刑罰法規の構成要件となることを考慮すると、同項にいう「政治的行為」とは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが、観念的なものにとどまらず、現実的に起こり得るものとして実質的に認められるものを指し、同項はそのような行為の類型の具体的な定めを人事院規則に委任したものと解するのが相当である。そして、その委任に基づいて定められた本規則も、このような同項の委任の範囲内において、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる行為の類型を規定したものと解すべきである。上記のような本法の委任の趣旨及び本規則の性格に照らすと、本件罰則規定に係る本規則6項7号については、同号が定める行為類型に文言上該当する行為であって、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものを同号の禁止の対象となる政治的行為と規定したものと解するのが相当である。このような行為は、それが一公務員のものであっても、行政の組織的な運営の性質等に鑑みると、当該公務員の職務権限の行使ないし指揮命令や指導監督等を通じてその属する行政組織の職務の遂行や組織の運営に影響が及び、行政の中立的運営に影響を及ぼすものというべきであり、また、こうした影響は、勤務外の行為であっても、事情によってはその政治的傾向が職務内容に現れる蓋然性が高まることなどによって生じ得るものというべきである。 そして、上記のような規制の目的やその対象となる政治的行為の内容等に鑑みると、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるかどうかは、当該公務員の地位、その職務の内容や権限等、当該公務員がした行為の性質、態様、目的、内容等の諸般の事情を総合して判断するのが相当である。具体的には、当該公務員につき、指揮命令や指導監督等を通じて他の職員の職務の遂行に一定の影響を及ぼし得る地位(管理職的地位)の有無、職務の内容や権限における裁量の有無、当該行為につき、勤務時間の内外、国ないし職場の施設の利用の有無、公務員の地位の利用の有無、公務員により組織される団体の活動としての性格の有無、公務員による行為と直接認識され得る態様の有無、行政の中立的運営と直接相反する目的や内容の有無等が考慮の対象となるものと解される。
 イ そこで、進んで本件罰則規定が憲法21条1項、15条、19条、31条、41条、73条6号に違反するかを検討する。この点については、本件罰則規定による政治的行為に対する規制が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかによることになるが、これは、本件罰則規定の目的のために規制が必要とされる程度と、規制される自由の内容及び性質、具体的な規制の態様及び程度等を較量して決せられるべきものである…。そこで、まず、本件罰則規定の目的は、前記のとおり、公務員の職務の遂行の政治的中立性を保持することによって行政の中立的運営を確保し、これに対する国民の信頼を維持することにあるところ、これは、議会制民主主義に基づく統治機構の仕組みを定める憲法の要請にかなう国民全体の重要な利益というべきであり、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる政治的行為を禁止することは、国民全体の上記利益の保護のためであって、その規制の目的は合理的であり正当なものといえる。他方、本件罰則規定により禁止されるのは、民主主義社会において重要な意義を有する表現の自由としての政治活動の自由ではあるものの、前記アのとおり、禁止の対象とされるものは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる政治的行為に限られ、このようなおそれが認められない政治的行為や本 規則が規定する行為類型以外の政治的行為が禁止されるものではないから、その制限は必要やむを得ない限度にとどまり、前記の目的を達成するために必要かつ合理的な範囲のものというべきである。そして、上記の解釈の下における本件罰則規定は、不明確なものとも、過度に広汎な規制であるともいえないと解される。また、既にみたとおり、本法102条1項が人事院規則に委任しているのは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる政治的行為の行為類型を規制の対象として具体的に定めることであるから、同項が懲戒処分の対象と刑罰の対象とで殊更に区別することなく規制の対象となる政治的行為の定めを人事院規則に委任しているからといって、憲法上禁止される白紙委任に当たらないことは明らかである。なお、このような禁止行為に対しては、服務規律違反を理由とする懲戒処分のみではなく、刑罰を科すことをも制度として予定されているが、これは常に刑罰を科すという趣旨ではなく、国民全体の上記利益を損なう影響の重大性等に鑑みて禁止行為の内容、態様等が懲戒処分等では対応しきれない場合も想定されるためであり、あり得べき対応というべきであって、刑罰を含む規制であることをもって直ちに必要かつ合理的なものであることが否定されるものではない。以上の諸点に鑑みれば、本件罰則規定は憲法21条1項、15条、19条、31 条、41条、73条6号に違反するものではないというべきであり、このように解することができることは、当裁判所の判例…の趣旨に徴して明らかである。」
 ②「ウ 次に、本件配布行為が本件罰則規定の構成要件に該当するかを検討するに、本件配布行為が本規則6項7号が定める行為類型に文言上該当する行為であることは明らかであるが、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるものかどうかについて、前記諸般の事情を総合して判断する。前記のとおり、被告人は、厚生労働省大臣官房統計情報部社会統計課長補佐であり、庶務係、企画指導係及び技術開発係担当として部下である各係職員を直接指揮するとともに、同課に存する8名の課長補佐の筆頭課長補佐(総括課長補佐)として他の課長補佐等からの業務の相談に対応するなど課内の総合調整等を行う立場にあり、国家公務員法108条の2第3項ただし書所定の管理職員等に当たり、一般の職員と同一の職員団体の構成員となることのない職員であったものであって、指揮命令や指導監督等を通じて他の多数の職員の職務の遂行に影響を及ぼすことのできる地位にあったといえる。このような地位及び職務の内容や権限を担っていた被告人が政党機関紙の配布という特定の政党を積極的に支援する行動を行うことについては、それが勤務外のものであったとしても、国民全体の奉仕者として政治的に中立な姿勢を特に堅持すべき立場にある管理職的地位の公務員が殊更にこのような一定の政治的傾向を顕著に示す行動に出ているのであるから、当該公務員による裁量権を伴う職務権限の行使の過程の様々な場面でその政治的傾向が職務内容に現れる蓋然性が高まり、その指揮命令や指導監督を通じてその部下等の職務の遂行や組織の運営にもその傾向に沿った影響を及ぼすことになりかねない。したがって、これらによって、当該公務員及びその属する行政組織の職務の遂行の政治的中立性が損なわれるおそれが実質的に生ずるものということができる。そうすると、本件配布行為が、勤務時間外である休日に、国ないし職場の施設を利用せずに、それ自体は公務員としての地位を利用することなく行われたものであること、公務員により組織される団体の活動としての性格を有しないこと、公務員であることを明らかにすることなく、無言で郵便受けに文書を配布したにとどまるものであって、公務員による行為と認識し得る態様ではなかったことなどの事情を考慮しても、本件配布行為には、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められ、本件配布行為は本件罰則規定の構成要件に該当するというべきである。 そして、このように公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められる本件配布行為に本件罰則規定を適用することが憲法21条1項、31条に違反しないことは、前記イにおいて説示したところに照らし、明らかというべきである。」
過去問・解説
(H27 司法 第1問 イ)
管理職的地位にある公務員が政党機関紙の配布といった殊更に一定の政治的傾向を顕著に示す行動に出た場合には、その指揮命令や指導監督を通じてその部下等の職務の遂行や組織の運営にもその傾向に沿った影響を及ぼすことになりかねず、「政治的行為」に該当する。

(正答)  

(解説)
世田谷事件判決(最判平24.12.7)は、「被告人は…国家公務員法108条の2第3項ただし書所定の管理職員等に当たり…指揮命令や指導監督等を通じて他の多数の職員の職務の遂行に影響を及ぼすことのできる地位にあったといえる。このような地位及び職務の内容や権限を担っていた被告人が政党機関紙の配布という特定の政党を積極的に支援する行動を行うことについては、それが勤務外のものであったとしても、国民全体の奉仕者として政治的に中立な姿勢を特に堅持すべき立場にある管理職的地位の公務員が殊更にこのような一定の政治的傾向を顕著に示す行動に出ているのであるから…その指揮命令や指導監督を通じてその部下等の職務の遂行や組織の運営にもその傾向に沿った影響を及ぼすことになりかねない。…本件配布行為には、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められ、本件配布行為は本件罰則規定の構成要件に該当するというべきである。」としている。

(H27 司法 第1問 ウ)
公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが認められるか否かは、諸般の事情を総合して判断する必要があるが、公務員の政治的な行為が勤務外で行われた場合には、そのおそれは存在しないと考えられる。

(正答)  

(解説)
世田谷事件判決(最判平24.12.7)は、「公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められるかどうかは、当該公務員の地位、その職務の内容や権限等、当該公務員がした行為の性質、態様、目的、内容等の諸般の事情を総合して判断するのが相当である。」としたうえで、「被告人は、厚生労働省大臣官房統計情報部社会統計課長補佐であり、庶務係、企画指導係及び技術開発係担当として部下である各係職員を直接指揮するとともに、同課に存する8名の課長補佐の筆頭課長補佐(総括課長補佐)として他の課長補佐等からの業務の相談に対応するなど課内の総合調整等を行う立場にあり、国家公務員法108条の2第3項ただし書所定の管理職員等に当たり、一般の職員と同一の職員団体の構成員となることのない職員であったものであって、指揮命令や指導監督等を通じて他の多数の職員の職務の遂行に影響を及ぼすことのできる地位にあったといえる。」として「当該公務員の地位、その職務の内容や権限等」に着目して、「本件配布行為が、勤務時間外である休日に、国ないし職場の施設を利用せずに、それ自体は公務員としての地位を利用することなく行われたものであること、公務員により組織される団体の活動としての性格を有しないこと、公務員であることを明らかにすることなく、無言で郵便受けに文書を配布したにとどまるものであって、公務員による行為と認識し得る態様ではなかったことなどの事情を考慮しても、本件配布行為には、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが実質的に認められ、本件配布行為は本件罰則規定の構成要件に該当するというべきである。」と判断している。
このように、「当該公務員の地位、その職務の内容や権限等」の事情(さらには、それ以外の事情)によっては、公務員の政治的な行為が勤務外で行われた場合であっても、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが認められる余地がある。
総合メモ

寺西事件 最大決平成10年12月1日

概要
①裁判所法52条1号が禁止する「積極的に政治運動をすること」とは、組織的、計画的又は継続的な政治上の活動を能動的に行う行為であって、裁判官の独立及び中立・公正を害するおそれがあるものが、これに該当すると解され、具体的行為の該当性を判断するに当たっては、その行為の内容、その行為の行われるに至った経緯、行われた場所等の客観的な事情のほか、その行為をした裁判官の意図等の主観的な事情をも総合的に考慮して決するのが相当である。
②裁判官が積極的に政治運動をすることを禁止する裁判所法52条1号の規定は、憲法21条1項に違反しない。
③Xの本件言動は、本件法案を廃案に追い込むことを目的として共同して行動している諸団体の組織的、計画的、継続的な反対運動を拡大、発展させ、右目的を達成させることを積極的に支援しこれを推進するものであり、裁判官の職にある者として厳に避けなければならない行為というべきであって、裁判所法52条1号が禁止している「積極的に政治運動をすること」に該当するものといわざるを得ない。
判例
事案:裁判官が「積極的に政治運動をすること」を禁止する裁判所法52条1号が憲法21条1項に違反するかと、裁判官Xの言動が裁判所法52条1号が禁止している「積極的に政治運動をすること」に該当するかが問題となった。

判旨:「憲法は、近代民主主義国家の採る三権分立主義を採用している。その中で、司法は、法律上の紛争について、紛争当事者から独立した第三者である裁判所が、 中立・公正な立場から法を適用し、具体的な法が何であるかを宣言して紛争を解決することによって、国民の自由と権利を守り、法秩序を維持することをその任務としている。このような司法権の担い手である裁判官は、中立・公正な立場に立つ者でなければならず、その良心に従い独立してその職権を行い、憲法と法律にのみ拘束されるものとされ(憲法76条3項)、また、その独立を保障するため、裁判官には手厚い身分保障がされている(憲法78条ないし80条)のである。裁判官は、独立して中立・公正な立場に立ってその職務を行わなければならないのであるが、 外見上も中立・公正を害さないように自律、自制すべきことが要請される。司法に対する国民の信頼は、具体的な裁判の内容の公正、裁判運営の適正はもとより当然のこととして、外見的にも中立・公正な裁判官の態度によって支えられるからである。したがって、裁判官は、いかなる勢力からも影響を受けることがあってはなら ず、とりわけ政治的な勢力との間には一線を画さなければならない。そのような要請は、司法の使命、本質から当然に導かれるところであり、現行憲法下における我が国の裁判官は、違憲立法審査権を有し、法令や処分の憲法適合性を審査することができ、また、行政事件や国家賠償請求事件などを取り扱い、立法府や行政府の行為の適否を判断する権限を有しているのであるから、特にその要請が強いというべきである。職務を離れた私人としての行為であっても、裁判官が政治的な勢力にくみする行動に及ぶときは、当該裁判官に中立・公正な裁判を期待することはできないと国民から見られるのは、避けられないところである。身分を保障され政治的責任を負わない裁判官が政治の方向に影響を与えるような行動に及ぶことは、右のような意味において裁判の存立する基礎を崩し、裁判官の中立・公正に対する国民の信頼を揺るがすばかりでなく、立法権や行政権に対する不当な干渉、侵害にもつながることになるということができる。これらのことからすると、裁判所法52条1号が裁判官に対し「積極的に政治運動をすること」を禁止しているのは、裁判官の独立及び中立・公正を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持するとともに、三権分立主義の下における司法と立法、行政とのあるべき関係を規律することにその目的があるものと解される。なお、国家公務員法102条及びこれを受けた人事院規則14-7は、行政府に属する一般職の国家公務員の政治的行為を一定の範囲で禁止している。これは、行政の分野における公務が、憲法の定める統治組織の構造に照らし、議会制民主主義に基づく政治過程を経て決定された政策の忠実な遂行を期し、専ら国民全体に対する奉仕を旨とし、政治的偏向を排して運営されなければならず、そのためには、個々の公務員が政治的に、一党一派に偏することなく、厳に中立の立場を堅持して、その職務の遂行に当たることが必要となることを考慮したことによるものと解される…。これに対し、裁判所法52条1号が裁判官の積極的な政治運動を禁止しているのは、右に述べたとおり、裁判官の独立及び中立・公正を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持するとともに、三権分立主義の下における司法と立法、行政とのあるべき関係を規律することにその目的があると解されるのであり、右目的の重要性及び裁判官は単独で又は合議体の一員として司法権を行使する主体であることにかんがみれば、裁判官に対する政治運動禁止の要請は、一般職の国家公務員に対する政治的行為禁止の要請より強いものというべきである。また、国家公務員法102条及び人事院規則14-7は、一般職の国家公務員が禁止される政治的行為について、同条が自ら規定しているもののほかは、同規則6項が具体的に列挙したものに限定され、政治的色彩が強いと思われる行為であっても、具体的列挙事項のいずれにも該当しないものは、同条の禁止する「政治的行為」には当たらないものとし、しかも、同規則6項は、5号から7号までに定めるものを除き、 同規則5項の定義する「政治的目的」をもってする行為のみを「政治的行為」と規定している。これは、右禁止規定の違反行為が懲戒事由となるほか刑罰の対象ともなり得るものである…ことから、懲戒権者等のし意的な 解釈運用を排するために、あえて限定列挙方式が採られているものと解される。これに対し、裁判官の禁止される「積極的に政治運動をすること」については、このような限定列挙をする規定はなく、その意味はあくまで右文言自体の解釈に懸かっている。裁判官の場合には、強い身分保障の下、懲戒は裁判によってのみ行われることとされているから、懲戒権者のし意的な解釈により表現の自由が事実上制約されるという事態は予想し難いし、違反行為に対し刑罰を科する規定も設けられていないことから、右のような限定列挙方式が採られていないものと解される。これらのことを考えると、裁判所法52条1号の「積極的に政治運動をすること」の意味は、国家公務員法の「政治的行為」の意味に近いと解されるが、これと必ずしも同一ではないというのが相当である。以上のような見地に立って考えると、「積極的に政治運動をすること」とは、組織的、計画的又は継続的な政治上の活動を能動的に行う行為であって、裁判官の独立及び中立・公正を害するおそれがあるものが、これに該当すると解され、具体的行為の該当性を判断するに当たっては、その行為の内容、その行為の行われるに至った経緯、行われた場所等の客観的な事情のほか、その行為をした裁判官の意図等の主観的な事情をも総合的に考慮して決するのが相当である。
 憲法21条1項の表現の自由は基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、その保障は裁判官にも及び、裁判官も一市民として右自由を有することは当然である。しかし、右自由も、もとより絶対的なものではなく、憲法上の他の要請により制約を受けることがあるのであって、前記のような憲法上の特別な地位である裁判官の職にある者の言動については、おのずから一定の制約を免れないというべきである。裁判官に対し「積極的に政治運動をすること」を禁止することは、必然的に裁判官の表現の自由を一定範囲で制約することにはなるが、右制約が合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところであるといわなければならず、右の禁止の目的が正当であって、その目的と禁止との間に合理的関連性があり、禁止により得られる利益と失われる利益との均衡を失するものでないなら、憲法21条1項に違反しないというべきである。そして、右の禁止の目的は、前記のとおり、裁判官の独立及び中立・公正を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持するとともに、三権分立主義の下における司法と立法、行政とのあるべき関係を規律することにあり、この立法目的は、もとより正当である。また、裁判官が積極的に政治運動をすることは前記のように裁判官の独立及び中立・公正を害し、裁判に対する国民の信頼を損なうおそれが大きいから、積極的に政治運動をすることを禁止することと右の禁止目的との間に合理的な関連性があることは明らかである。さらに、裁判官が積極的に政治運動をすることを、これに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしてではなく、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するときは、同時にそれにより意見表明の自由が制約されることにはなるが、それは単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約にすぎず、かつ、積極的に政治運動をすること以外の行為により意見を表明する自由までをも制約するものではない。他面、禁止により得られる利益は、裁判官の独立及び中立・公正を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持するなどというものであるから、得られる利益は失われる利益に比して更に重要なものというべきであり、その禁止は利益の均衡を失するものではない。そして、「積極的に政治運動をすること」という文言が文面上不明確であるともいえないことは、前記…に示したところから明らかである。したがって、裁判官が「積極的に政治運動をすること」を禁止することは、もとより憲法21条1項に違反するものではない。そうすると、Xの本件言動が裁判所法52条1号所定の「積極的に政治運動をすること」に該当すると解される限り、これを禁止することは、憲法21条1項に違反しないというべきである。」
 特定の法律を制定するか否かの判断は、国の唯一の立法機関である国会の専権に属するものであるところ、裁判官が、一国民として法律の制定に反対の意見を持ち、その意見を裁判官の独立及び中立・公正を疑わしめない場において表明することまでも禁止されるものではないが、前記事実関係によれば、本件集会は、単なる討論集会ではなく、初めから本件法案を悪法と決め付け、これを廃案に追い込むことを目的とするという党派的な運動の一環として開催されたものであるから、そのような場で集会の趣旨に賛同するような言動をすることは、国会に対し立法行為を断念するよう圧力を掛ける行為であって、単なる個人の意見の表明の域を超えることは明らかである。このように、本件言動は、本件法案を廃案に追い込むことを目的として共同して行動している諸団体の組織的、計画的、継続的な反対運動を拡大、発展させ、右目的を達成させることを積極的に支援しこれを推進するものであり、裁判官の職にある者として厳に避けなければならない行為というべきであって、裁判所法52条1号が禁止している「積極的に政治運動をすること」に該当するものといわざるを得ない。なお、例えば、裁判官が審議会の委員等として立法作業に関与し、賛成・反対の意見を述べる行為は、立法府や行政府の要請に基づき司法に携わる専門家の一人としてこれに協力する行為であって、もとより裁判所法52条1号により禁止されるものではない。裁判官が職名を明らかにして論文、講義等において特定の立法の動きに反対である旨を述べることも、その発表の場所、方法等に照らし、それが特定の政治運動を支援するものではなく、一人の法律実務家ないし学識経験者としての個人的意見の表明にすぎないと認められる限りにおいては、同号により禁止されるものではないということができる。また、裁判所は、司法制度の運営に当たる立場にあり、規則制定権を有していることなどにかんがみると、司法制度に関する法令の制定改廃についても、一定の意見を述べることができるものと解される。しかし、本件において抗告人が行ったように、特定の法案を廃案に追い込むことを目的とする団体の党派的運動を積極的に支援するような行動をすることは、これらとは質の異なる行為であるといわざるを得ない。」
過去問・解説
(H23 共通 第7問 イ)
裁判官による積極的な政治運動の禁止の目的は、裁判官の独立及び中立・公正の確保に対する国民の信頼の維持、そして司法と立法・行政とのあるべき関係を規律することであるので、その要請は、一般職の国家公務員に対する政治的行為の禁止の要請よりも強いものというべきである。

(正答)  

(解説)
寺西事件決定(最大決平10.12.1)は、「裁判所法52条1号が裁判官の積極的な政治運動を禁止しているのは、…裁判官の独立及び中立・公正を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持するとともに、三権分立主義の下における司法と立法、行政とのあるべき関係を規律することにその目的があると解されるのであり…裁判官に対する政治運動禁止の要請は、一般職の国家公務員に対する政治的行為禁止の要請より強いものというべきである」としている。

(R3 司法 第1問 ウ)
職権行使の独立が保障され、単独で又は合議体の一員として司法権を行使する主体として、国に対する訴訟を含めて中立・公正な立場から裁判を行うことが強く期待される裁判官に対する政治運動禁止の要請は、議会制民主主義の政治過程を経て決定された政策を、政治的偏向を排し組織の一員として忠実に遂行すべき立場にある一般職の国家公務員に対する政治的行為の禁止の要請ほどには強くないというべきである。

(正答)  

(解説)
寺西事件決定(最大決平10.12.1)は、「裁判所法52条1号が裁判官の積極的な政治運動を禁止しているのは…裁判官の独立及び中立・公正を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持するとともに、三権分立主義の下における司法と立法、行政とのあるべき関係を規律することにその目的があると解されるのであり…裁判官に対する政治運動禁止の要請は、一般職の国家公務員に対する政治的行為禁止の要請より強いものというべきである」としている。したがって、本肢における「裁判官に対する政治運動禁止の要請は…一般職の国家公務員に対する政治的行為の禁止の要請ほどには強くない」という部分は、寺西事件決定における「一般職の国家公務員に対する政治的行為禁止の要請より強い」との部分と矛盾する。
総合メモ

弘前機関区事件 最大判昭和28年4月8日

概要
一切の公務員の団体交渉権及び争議権を否認する昭和23年政令第201号は、憲法28条に違反しない。
判例
事案:一切の公務員の団体交渉権および争議権を否認するとした昭和23年政令第201条は憲法28条に違反するかが問題となった。

判旨:「国民の権利はすべて公共の福祉に反しない限りにおいて立法その他の国政の上で最大の尊重をすることを必要とするのであるから、憲法28条が保障する勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利も公共の福祉のために制限を受けるのは已を得ないところである。殊に国家公務員は、国民全体の奉仕者として(憲法15条)公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行に当つては全力を挙げてこれに専念しなければならない(国家公務員法96条1項)性質のものであるから、団結権団体交渉権等についても、一般の勤労者とは違つて特別の取扱を受けることがあるのは当然である。従来の労働組合法又は労働関係調整法において非現業官吏が争議行為を禁止され、又警察官等が労働組合結成権を認められなかつたのはこの故である。同じ理由により、本件政令第201号が公務員の争議を禁止したからとて、これを以て憲法28条に違反するものということはできない。」
過去問・解説
(H19 司法 第11問 ア)
一切の公務員の団体交渉権及び争議権を否認する昭和23年政令第201号の合憲性が争われた弘前機関区事件判決(最大判昭和28年4月8日)において、最高裁判所は、憲法第13条の「公共の福祉」論と憲法第15条第2項の「全体の奉仕者」論を根拠にして、公務員の労働基本権の一律禁止を合憲とした。

(正答)  

(解説)
弘前機関区事件判決(最大判昭28.4.8)は、①「国民の権利はすべて公共の福祉に反しない限りにおいて立法その他の国政の上で最大の尊重をすることを必要とするのであるから、憲法28条が保障する勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利も公共の福祉のために制限を受けるのは已を得ないところである。」として憲法13条の「公共の福祉」論に言及し、さらに、②「国家公務員は、国民全体の奉仕者として(憲法15条)公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行に当つては全力を挙げてこれに専念しなければならない(国家公務員法96条1項)性質のものであるから、団結権団体交渉権等についても、一般の勤労者とは違つて特別の取扱を受けることがあるのは当然である。として憲法15条2項の「全体の奉仕者」論にも言及して、「本件政令第201号が公務員の争議を禁止したからとて、これを以て憲法28条に違反するものということはできない。」と判示している。
総合メモ

全逓東京中郵事件 最大判昭和41年10月26日

概要
公務員の争議行為を禁止する公共企業等労働関係法第17条1項は、憲法28条に違反しない。
判例
事案:全逓信労働組合の役員であった被告人らは、春季闘争の際、東京中央郵便局の多数の従業員に対して、勤務時間内に食い込む職場大会に参加するように説得し、38名の従業員を職場から離脱させ、郵便物不取扱罪(郵便法79条1項)の教唆罪で起訴された事案において、公務員の争議行為を禁止する公共企業等労働関係法第17条1項が憲法28条に違反するかが問題となった。

判旨:「一 憲法28条は、いわゆる労働基本権、すなわち、勤労者の団結する権利および団体交渉その他の団体行動をする権利を保障している。この労働基本権の保障の狙いは、憲法25条に定めるいわゆる生存権の保障を基本理念とし、勤労者に対して人間に値する生存を保障すべきものとする見地に立ち、一方で、憲法27条の定めるところによつて、勤労の権利および勤労条件を保障するとともに、他方で、憲法28条の定めるところによつて、経済上劣位に立つ勤労者に対して実質的な自由と平等とを確保するための手段として、その団結権、団体交渉権、争議権等を保障しようとするものである。
 このように、憲法自体が労働基本権を保障している趣旨にそくして考えれば、実定法規によつて労働基本権の制限を定めている場合にも、労働基本権保障の根本精神にそくしてその制限の意味を考察すべきであり、ことに生存権の保障を基本理念とし、財産権の保障と並んで勤労者の労働権・団結権・団体交渉権・争議権の保障をしている法体制のもとでは、これら両者の間の調和と均衡が保たれるように、実定法規の適切妥当な法解釈をしなければならない。
 右に述べた労働基本権は、たんに私企業の労働者だけについて保障されるのではなく、公共企業体の職員はもとよりのこと、国家公務員や地方公務員も、憲法28条にいう勤労者にほかならない以上、原則的には、その保障を受けるべきものと解される。「公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」とする憲法15条を根拠として、公務員に対して右の労働基本権をすべて否定するようなことは許されない。ただ、公務員またはこれに準ずる者については、後に述べるように、その担当する職務の内容に応じて、私企業における労働者と異なる制約を内包しているにとどまると解すべきである。」
「二 …右に述べたように、勤労者の団結権・団体交渉権・争議権等の労働基本権は、すべての勤労者に通じ、その生存権保障の理念に基づいて憲法28条の保障するところであるが、これらの権利であつても、もとより、何らの制約も許されない絶対的なものではないのであつて、国民生活全体の利益の保障という見地からの制約を当然の内在的制約として内包しているものと解釈しなければならない。しかし、具体的にどのような制約が合憲とされるかについては、諸般の条件、ことに左の諸点を考慮に入れ、慎重に決定する必要がある。
(1)労働基本権の制限は、労働基本権を尊重確保する必要と国民生活全体の利益を維持増進する必要とを比較衡量して、両者が適正な均衡を保つことを目途として決定すべきであるが、労働基本権が勤労者の生存権に直結し、それを保障するための重要な手段である点を考慮すれば、その制限は、合理性の認められる必要最小限度のものにとどめなければならない。
(2)労働基本権の制限は、勤労者の提供する職務または業務の性質が公共性の強いものであり、したがつてその職務または業務の停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれのあるものについて、これを避けるために必要やむを得ない場合について考慮されるべきである。
(3)労働基本権の制限違反に伴う法律効果、すなわち、違反者に対して課せられる不利益については、必要な限度をこえないように、十分な配慮がなされなければならない。とくに、勤労者の争議行為等に対して刑事制裁を科することは、必要やむを得ない場合に限られるべきであり、同盟罷業、怠業のような単純な不作為を刑罰の対象とするについては、特別に慎重でなければならない。けだし、現行法上、契約上の債務の単なる不履行は、債務不履行の問題として、これに契約の解除、損害賠償責任等の民事的法律効果が伴うにとどまり、刑事上の問題としてこれに刑罰が科せられないのが原則である。このことは、人権尊重の近代的思想からも、刑事制裁は反社会性の強いもののみを対象とすべきであるとの刑事政策の理想からも、当然のことにほかならない。それは債務が雇傭契約ないし労働契約上のものである場合でも異なるところがなく、労務者がたんに労務を供給せず(罷業)もしくは不完全にしか供給しない(怠業)ことがあつても、それだけでは、一般的にいつて、刑事制裁をもつてこれに臨むべき筋合ではない。
(4)職務または業務の性質上からして、労働基本権を制限することがやむを得ない場合には、これに見合う代償措置が講ぜられなければならない。
 以上に述べたところは、労働基本権の制限を目的とする法律を制定する際に留意されなければならないばかりでなく、すでに制定されている法律を解釈適用するに際しても、十分に考慮されなければならない。」
「三 …略…」
「四 右のような経過をたどつてきた現行の公労法の規定について検討するに、その17条1項は、いわゆる五現業および三公社の業務に従事する職員およびその組合は、公共企業体等に対して同盟罷業、怠業、その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができないこと、また、右職員ならびに組合の組合員および役員は、このような禁止された行為を共謀し、そそのかし、もしくはあおつてはならないことを規定している。この規定は、職員等の行為がたんなる債務不履行またはそれをそそのかす等の行為であつても、それが業務の正常な運営を阻害するものであるかぎり、これを違法とするものであつて、その意味で憲法28条の保障する争議権を制限するものであることは明らかである。
 上告趣意は、公労法17条1項の規定が憲法28条および18条に違反して無効であるという。しかし、右の規定が憲法の右の法条に違反するものでないことは、すでに当裁判所の判例とするところであり(前者については、昭和26年(あ)第1688号同30年6月22日大法廷判決、刑集9巻8号1189頁、後者については、昭和24年(れ)第685号同28年4月8日大法廷判決、刑集7巻4号775頁)、公労法17条1項の規定が違憲でないとする結論そのものについては、今日でも変更の必要を認めない。その理由をすこし詳しく述べると、つぎのとおりである。
 憲法28条の保障する労働基本権は、さきに述べたように、何らの制約も許されない絶対的なものではなく、国民生活全体の利益の保障という見地からの制約を当然に内包しているものと解すべきである。いわゆる五現業および三公社の職員の行なう業務は、多かれ少なかれ、また、直接と間接との相違はあつても、等しく国民生活全体の利益と密接な関連を有するものであり、その業務の停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあることは疑いをいれない。他の業務はさておき、本件の郵便業務についていえば、その業務が独占的なものであり、かつ、国民生活全体との関連性がきわめて強いから、業務の停廃は国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあるなど、社会公共に及ぼす影響がきわめて大きいことは多言を要しない。それ故に、その業務に従事する郵政職員に対してその争議行為を禁止する規定を設け、その禁止に違反した者に対して不利益を課することにしても、その不利益が前に述べた基準に照らして必要な限度をこえない合理的なものであるかぎり、これを違憲無効ということはできない。
 この観点から公労法17条1項の定める争議行為の禁止の違反に対する制裁をみるに、公労法18条は、同17条に違反する行為をした職員は解雇されると規定し、同3条は、公共企業体等の職員に関する労働関係について、労組法の多くの規定を適用することとしながら、労働組合または組合員の損害賠償責任に関する労組法8条の規定をとくに除外するとしている。争議行為禁止違反が違法であるというのは、これらの民事責任を免れないとの意味においてである。そうして、このような意味で争議行為を禁止することについてさえも、その代償として、右の職員については、公共企業体等との紛争に関して、公共企業体等労働委員会によるあつせん、調停および仲裁の制度を設け、ことに、公益委員をもつて構成される仲裁委員会のした仲裁裁定は、労働協約と同一の効力を有し、当事者双方を拘束するとしている。そうしてみれば、公労法17条1項に違反した者に対して、右のような民事責任を伴う争議行為の禁止をすることは、憲法28条、18条に違反するものでないこと疑いをいれない。」
過去問・解説
(H19 司法 第11問 イ)
公共企業体等労働関係法における争議権規制の合憲性が争われた全逓東京中郵事件判決(最大判昭和41年10月26日)において、最高裁判所は、公務員の労働基本権を原則として保障し、比較衡量論に基づき、その制限が著しく合理性を欠き、立法府の裁量を明らかに逸脱しているか否かにより合憲性を判断するアプローチを採用した。

(正答)  

(解説)
全逓東京中郵事件判決(最大判昭41.10.26)は、「労働基本権の制限は、労働基本権を尊重確保する必要と国民生活全体の利益を維持増進する必要とを比較衡量して、両者が適正な均衡を保つことを目途として決定すべきてあるが、労働基本権が勤労者の生存権に直結し、それを保障するための重要な手段である点を考慮すれば、その制限は、合理性の認められる必要最小限度のものにとどめなければならない」としており、合憲性判断について、立法府に広い裁量を認めているとはいえない。
総合メモ

都教組事件 最大判昭和44年4月2日

概要
①公務員の争議行為を禁止する地方公務員法37条1項、及び違法な争議行為のあおり行為等をした者を処罰対象とする同法61条4号は、憲法28条に違反しない。
②あおり行為等が処罰されるのは、争議行為自体の違法性が強いものであり、かつ、あおり行為等の違法性も強い場合に限られ、「争議行為に通常随伴して行われる行為」は処罰対象とならない(二重のしぼり論)。
判例
事案:東京都教職員組合は、加盟組合員に対して、年次有給休暇を一斉に請求して公立中学校の教職員の勤務評価制度に反する集会に参加するよう指示し、多数の教員が集会に参加することに至った。そして、東京都教職員組合の役員らは、地方公務員である教職員に対しストライキの遂行をあおったとして地方公務員法37条1項・61条4号違反で起訴された。

判旨:①「公務員の労働基本権について、当裁判所は、さきに、昭和41年10月26日の判決(いわゆる全逓中郵事件判決)において、つぎのとおり判示した。
 『憲法28条は、いわゆる労働基本権、すなわち、勤労者の団結する権利および団体交渉その他の団体行動をする権利を保障している。この労働基本権の保障の狙いは、憲法25条に定めるいわゆる生存権の保障を基本理念とし、勤労者に対して人間に値する生存を保障すべきものとする見地に立ち、一方で、憲法27条の定めるところによつて、勤労の権利および勤労条件を保障するとともに、他方で、憲法28条の定めるところによつて、経済上劣位に立つ勤労者に対して実質的な自由と平等とを確保するための手段として、その団結権、団体交渉権、争議権等を保障しようとするものである。
 このように、憲法自体が労働基本権を保障している趣旨にそくして考えれば、実定法規によつて労働基本権の制限を定めている場合にも、労働基本権保障の根本精神にそくしてその制限の意味を考察すべきであり、ことに生存権の保障を基本理念とし、財産権の保障と並んで勤労者の労働権・団結権・団体交渉権・争議権の保障をしている法体制のもとでは、これら両者の間の調和と均衡が保たれるように、実定法規の適切妥当な法解釈をしなければならない。
 右に述べた労働基本権は、たんに私企業の労働者だけについて保障されるのではなく、公共企業体の職員はもとよりのこと、国家公務員や地方公務員も、憲法28条にいう勤労者にほかならない以上、原則的には、その保障を受けるべきものと解される。』
 右判決に示された基本的立場は、本件の判断にあたつても、当然の前提として、維持すべきものと考える。
 右のような見地に立つて考えれば、「公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」とする憲法15条を根拠として、公務員に対して右の労働基本権をすべて否定するようなことが許されないことは当然であるが、公務員の労働基本権については、公務員の職務の性質・内容に応じて、私企業における労働者と異なる制約を受けることのあるべきことも、また、否定することができない。ところで、公務員の職務の性質・内容は、きわめて多種多様であり、公務員の職務に固有の、公共性のきわめて強いものから、私企業のそれとほとんど変わるところがない、公共性の比較的弱いものに至るまで、きわめて多岐にわたつている。したがつて、ごく一般的な比較論として、公務員の職務が、私企業や公共企業体の職員の職務に比較して、より公共性が強いということができるとしても、公務員の職務の性質・内容を具体的に検討しその間に存する差異を顧みることなく、いちがいに、その公共性を理由として、これを一律に規制しようとする態度には、問題がないわけではない。ただ、公務員の職務には、多かれ少なかれ、直接または間接に、公共性が認められるとすれば、その見地から、公務員の労働基本権についても、その職務の公共性に対応する何らかの制約を当然の内在的制約として内包しているものと解釈しなければならない。しかし、公務員の労働基本権に具体的にどのような制約が許されるかについては、公務員にも労働基本権を保障している叙上の憲法の根本趣旨に照らし、慎重に決定する必要があるのであつて、その際考慮すべき要素は、前示全逓中郵事件判決において説示したとおりである(最高刑集20巻8号907頁から908頁まで)。地公法37条および61条4号が違憲であるかどうかの問題は、右の基準に照らし、ことに、労働基本権の制限違反に伴う法律効果、すなわち、違反者に対して課せられる不利益については、必要な限度をこえないように十分な配慮がなされなければならず、とくに、勤労者の争議行為に対して刑事制裁を科することは、必要やむをえない場合に限られるべきであるとする点に十分な考慮を払いながら判断されなければならないのである。
 ところで、地公法37条、61条4号の各規定が所論のように憲法に違反するものであるかどうかについてみると、地公法37条1項には、「職員は、地方公共団体の機関が代表する使用者としての住民に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為をし、又は地方公共団体の機関の活動能力を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、このような違法な行為を企て、又は遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。」と規定し、同法61条4号には、「何人たるを問わず、第37条第1項前段に規定する違法な行為の遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおり、又はこれらの行為を企てた者」は3年以下の懲役または10万円以下の罰金に処すべき旨を規定している。これらの規定が、文字どおりに、すべての地方公務員の一切の争議行為を禁止し、これらの争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、あおる等の行為(以下、あおり行為等という。)をすべて処罰する趣旨と解すべきものとすれば、それは、前叙の公務員の労働基本権を保障した憲法の趣旨に反し、必要やむをえない限度をこえて争議行為を禁止し、かつ、必要最小限度にとどめなければならないとの要請を無視し、その限度をこえて刑罰の対象としているものとして、これらの規定は、いずれも、違憲の疑を免れないであろう。
 しかし、法律の規定は、可能なかぎり、憲法の精神にそくし、これと調和しうるよう、合理的に解釈されるべきものであつて、この見地からすれば、これらの規定の表現にのみ拘泥して、直ちに違憲と断定する見解は採ることができない。すなわち、地公法は地方公務員の争議行為を一般的に禁止し、かつ、あおり行為等を一律的に処罰すべきものと定めているのであるが、これらの規定についても、その元来の狙いを洞察し労働基本権を尊重し保障している憲法の趣旨と調和しうるように解釈するときは、これらの規定の表現にかかわらず、禁止されるべき争議行為の種類や態様についても、さらにまた、処罰の対象とされるべきあおり行為等の態様や範囲についても、おのずから合理的な限界の存することが承認されるはずである。」
 かように、一見、一切の争議行為を禁止し、一切のあおり行為等を処罰の対象としているように見える地公法の前示各規定も、右のような合理的な解釈によつて、規制の限界が認められるのであるから、その規定の表現のみをみて、直ちにこれを違憲無効の規定であるとする所論主張は採用することができない。」
②「つぎに、地方公務員の争議行為についてみるに、地公法37条1項は、すべての地方公務員の一切の争議行為を禁止しているから、これに違反してした争議行為は、右条項の法文にそくして解釈するかぎり、違法といわざるをえないであろう。しかし、右条項の元来の趣旨は、地方公務員の職務の公共性にかんがみ、地方公務員の争議行為が公共性の強い公務の停廃をきたし、ひいては国民生活全体の利益を害し、国民生活にも重大な支障をもたらすおそれがあるので、これを避けるためのやむをえない措置として、地方公務員の争議行為を禁止したものにほかならない。ところが、地方公務員の職務は、一般的にいえば、多かれ少なかれ、公共性を有するとはいえ、さきに説示したとおり、公共性の程度は強弱さまざまで、その争議行為が常に直ちに公務の停廃をきたし、ひいて国民生活全体の利益を害するとはいえないのみならず、ひとしく争議行為といつても、種々の態様のものがあり、きわめて短時間の同盟罷業または怠業のような単純な不作為のごときは、直ちに国民全体の利益を害し、国民生活に重大な支障をもたらすおそれがあるとは必ずしもいえない。地方公務員の具体的な行為が禁止の対象たる争議行為に該当するかどうかは、争議行為を禁止することによつて保護しようとする法益と、労働基本権を尊重し保障することによつて実現しようとする法益との比較較量により、両者の要請を適切に調整する見地から判断することが必要である。そして、その結果は、地方公務員の行為が地公法37条1項に禁止する争議行為に該当し、しかも、その違法性の強い場合も勿論あるであろうが、争議行為の態様からいつて、違法性の比較的弱い場合もあり、また、実質的には、右条項にいう争議行為に該当しないと判断すべき場合もあるであろう。
 また、地方公務員の行為が地公法37条1項の禁止する争議行為に該当する違法な行為と解される場合であつても、それが直ちに刑事罰をもつてのぞむ違法性につながるものでないことは、同法61条4号が地方公務員の争議行為そのものを処罰の対象とすることなく、もつぱら争議行為のあおり行為等、特定の行為のみを処罰の対象としていることからいつて、きわめて明瞭である。かえつて、同法37条2項は、職員で同条1項に違反する行為をしたものは、地方公共団体に対して保有する任命上または雇用上の権利をもつて対抗することができないという不利益を課しているにすぎないことを注意すべきである。したがつて、地方公務員のする争議行為については、それが違法な行為である場合に、公務員としての義務違反を理由として、当該職員を懲戒処分の対象者とし、またはその職員に民事上の責任を負わせることは、もとよりありうべきところであるが、争議行為をしたことそのことを理由として刑事制裁を科することは、同法の認めないところといわなければならない。
 ところで、地公法61条4号は、争議行為をした地方公務員自体を処罰の対象とすることなく、違法な争議行為のあおり行為等をした者にかぎつて、これを処罰することにしているのであるが、このような処罰規定の定め方も、立法政策としての当否は別として、一般的に許されないとは決していえない。ただ、それは、争議行為自体が違法性の強いものであることを前提とし、そのような違法な争議行為等のあおり行為等であつてはじめて、刑事罰をもつてのぞむ違法性を認めようとする趣旨と解すべきであつて、前叙のように、あおり行為等の対象となるべき違法な争議行為が存しない以上、地公法六一条四号が適用される余地はないと解すべきである。(もつとも、あおり行為等は、争議行為の前段階における行為であるから、違法な争議行為を想定して、あおり行為等をした場合には、仮りに予定の違法な争議行為が実行されなかつたからといつて、あおり行為等の刑責は免れえないものといわなければならない。)
 つぎに、あおり行為等の意義および要件については、意見の分かれるところであるが、一般に「あおり」の意義については、違法行為を実行させる目的で、文書、図画、言動により、他人に対し、その実行を決意させ、またはすでに生じている決意を助長させるような勢のある刺激を与えることをいうと解してよいであろう(昭和33年(あ)第1413号、同37年2月21日大法廷判決、刑集16巻2号107頁参照)。しかし、地公法でいう争議行為等のあおり行為等がすべて一律に処罰の対象とされうべきものであるかどうかについては、慎重な考慮を要する。
 問題は、結局、公務員についても、その労働基本権を尊重し保障しようとする憲法上の要請と、公務員については、その職務の公共性にかんがみ、争議行為を禁止すべきものとする要請との二つの相矛盾する要請を、現行法の解釈のうえで、どのように調整すべきかの点にあり、労働基本権尊重の憲法の精神からいつて、争議行為禁止違反に対する制裁、とくに刑事罰をもつてする制裁は、極力限定されるべきであつて、この趣旨は、法律の解釈適用にあたつても、十分尊重されなければならない。そして、地公法自体は、地方公務員の争議行為そのものは禁止しながら、右禁止に違反して争議行為をした者を処罰の対象とすることなく、争議行為のあおり行為等にかぎつて、これを処罰すべきものとしているのであるが、これらの規定の中にも,すでに前叙の調整的な考え方が現われているということができる。しかし、さらに進んで考えると、争議行為そのものに種々の態様があり、その違法性が認められる場合にも、その強弱に程度の差があるように、あおり行為等にもさまざまの態様があり、その違法性が認められる場合にも、その違法性の程度には強弱さまざまのものがありうる。それにもかかわらず、これらのニユアンスを一切否定して一律にあおり行為等を刑事罰をもつてのぞむ違法性があるものと断定することは許されないというべきである。ことに、争議行為そのものを処罰の対象とすることなく、あおり行為等にかぎつて処罰すべきものとしている地公法61条4号の趣旨からいつても、争議行為に通常随伴して行なわれる行為のごときは、処罰の対象とされるべきものではない。それは、争議行為禁止に違反する意味において違法な行為であるということができるとしても、争議行為の一環としての行為にほかならず、これらのあおり行為等をすべて安易に処罰すべきものとすれば、争議行為者不処罰の建前をとる前示地公法の原則に矛盾することにならざるをえないからである。したがつて、職員団体の構成員たる職員のした行為が、たとえ、あおり行為的な要素をあわせもつとしても、それは、原則として、刑事罰をもつてのぞむ違法性を有するものとはいえないというべきである。」
 
過去問・解説
(H19 司法 第11問 ウ)
地方公務員法の規制をめぐる都教組事件判決(最大判昭和44年4月2日)と国家公務員法の規制をめぐる全司法仙台事件判決(最大判昭和44年4月2日)において、最高裁判所は、全逓東京中郵事件判決を継承しつつ、さらに、争議行為をあおる等の行為に対する刑事罰について、合憲限定解釈を行った。

(正答)  

(解説)
都教組事件判決(最大判昭44.4.2)は、全逓東京中郵事件判決(最大判昭41.10.26)を維持した上で、禁止される争議行為をあおる等の行為については、「おのずから合理的な限界の存することが承認されるはずである」とした。すなわち、あおり行為等が処罰されるのは、争議行為自体の違法性が強いものであり、かつ、あおり行為等の違法性が強い場合に限られ、争議行為に通常随伴して行われる行為は処罰の対象とならないとする二重のしぼり論を展開し、合憲限定解釈を行った。全司法仙台事件判決(最大判昭44.4.2)も、「全逓中郵事件判決、都教組事件判決の趣旨に照らして明らかである」として、国公法98条5項、110条1項17号の規定について合憲限定解釈を行っている。
総合メモ

全農林警職法事件 最大判昭和48年4月25日

概要
①公務員の争議行為を禁止する国家公務員法98条5項は、憲法28条に違反しない。
②あおり行為等を処罰対象とする同法110条1項17号は、憲法28条に違反しない。
③同法110条1項17号は、憲法21条1項に違反しない。
④同法110条1項17号が、違法性の強い争議行為を違法性の強いまたは社会的許容性のない行為によりあおる等した場合に限つてこれに刑事制裁を科すべき趣旨であると解することは、不明確な限定解釈であり、かえつて犯罪構成要件の保障的機能を失わせることとなり、その明確性を要請する憲法31条に違反する疑いすら存する。
判例
事案:全農林労働組合(非現業の国家公務員である農水省(当時)職員により組織される労働組合)の役員Xらは、警察官職務執行法改正案に反対するため、同省職員に対し職場大会への参加を慫慂し争議行為を煽った等として、国家公務員法110条1項17号(98条5項[現98条2項]による違法とされる争議行為の煽り行為等に対して刑事罰を定めている)違反で起訴された事案において、①公務員の争議行為を禁止する国家公務員法98条5項の憲法28条違反、②あおり行為等を処罰対象とする同法110条1項17号の憲法28条違反、③同法110条1項17号の憲法21条1項違反、④同法110条1項17号の『あおる』行為等の限定解釈の可否が問題となった。

判旨:①「憲法28条は、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利」、すなわちいわゆる労働基本権を保障している。この労働基本権の保障は、憲法25条のいわゆる生存権の保障を基本理念とし、憲法27条の勤労の権利および勤労条件に関する基準の法定の保障と相まつて勤労者の経済的地位の向上を目的とするものである。このような労働基本権の根本精神に即して考えると、公務員は、私企業の労働者とは異なり、使用者との合意によつて賃金その他の労働条件が決定される立場にないとはいえ、勤労者として、自己の労務を提供することにより生活の資を得ているものである点において一般の勤労者と異なるところはないから、憲法28条の労働基本権の保障は公務員に対しても及ぶものと解すべきである。ただ、この労働基本権は、右のように、勤労者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであつて、それ自体が目的とされる絶対的なものではないから、おのずから勤労者を含めた国民全体の共同利益の見地からする制約を免れないものであり、このことは、憲法13条の規定の趣旨に徴しても疑いのないところである(この場合、憲法13条にいう「公共の福祉」とは、勤労者たる地位にあるすべての者を包摂した国民全体の共同の利益を指すものということができよう。)。以下、この理を、さしあたり、本件において問題となつている非現業の国家公務員(非現業の国家公務員を以下単に公務員という。)について詳述すれば、次のとおりである。
(一) 公務員は、私企業の労働者と異なり、国民の信託に基づいて国政を担当する政府により任命されるものであるが、憲法15条の示すとおり、実質的には、その使用者は国民全体であり、公務員の労務提供義務は国民全体に対して負うものである。もとよりこのことだけの理由から公務員に対して団結権をはじめその他一切の労働基本権を否定することは許されないのであるが、公務員の地位の特殊性と職務の公共性にかんがみるときは、これを根拠として公務員の労働基本権に対し必要やむをえない限度の制限を加えることは、十分合理的な理由があるというべきである。けだし、公務員は、公共の利益のために勤務するものであり、公務の円滑な運営のためには、その担当する職務内容の別なく、それぞれの職場においてその職責を果すことが必要不可欠であつて、公務員が争議行為に及ぶことは、その地位の特殊性および職務の公共性と相容れないばかりでなく、多かれ少なかれ公務の停廃をもたらし、その停廃は勤労者を含めた国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、またはその虞れがあるからである。
 次に公務員の勤務条件の決定については、私企業における勤労者と異なるものがあることを看過することはできない。すなわち利潤追求が原則として自由とされる私企業においては、労働者側の利潤の分配要求の自由も当然に是認せられ、団体を結成して使用者と対等の立場において団体交渉をなし、賃金その他の労働条件を集団的に決定して協約を結び、もし交渉が妥結しないときは同盟罷業等を行なつて解決を図るという憲法二八条の保障する労働基本権の行使が何らの制約なく許されるのを原則としている。これに反し、公務員の場合は、その給与の財源は国の財政とも関連して主として税収によつて賄われ、私企業における労働者の利潤の分配要求のごときものとは全く異なり、その勤務条件はすべて政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮により適当に決定されなければならず、しかもその決定は民主国家のルールに従い、立法府において論議のうえなされるべきもので、同盟罷業等争議行為の圧力による強制を容認する余地は全く存しないのである。これを法制に即して見るに、公務員については、憲法自体がその73条4号において「法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること」は内閣の事務であると定め、その給与は法律により定められる給与準則に基づいてなされることを要し、これに基づかずにはいかなる金銭または有価物も支給することはできないとされており(国公法63条1項参照)、このように公務員の給与をはじめ、その他の勤務条件は、私企業の場合のごとく労使間の自由な交渉に基づく合意によつて定められるものではなく、原則として、国民の代表者により構成される国会の制定した法律、予算によつて定められることとなつているのである。その場合、使用者としての政府にいかなる範囲の決定権を委任するかは、まさに国会みずからが立法をもつて定めるべき労働政策の問題である。したがつて、これら公務員の勤務条件の決定に関し、政府が国会から適法な委任を受けていない事項について、公務員が政府に対し争議行為を行なうことは、的はずれであつて正常なものとはいいがたく、もしこのような制度上の制約にもかかわらず公務員による争議行為が行なわれるならば、使用者としての政府によつては解決できない立法問題に逢着せざるをえないこととなり、ひいては民主的に行なわれるべき公務員の勤務条件決定の手続過程を歪曲することともなつて、憲法の基本原則である議会制民主主義(憲法41条、83条等参照)に背馳し、国会の議決権を侵す虞れすらなしとしないのである。
 さらに、私企業の場合と対比すると、私企業においては、極めて公益性の強い特殊のものを除き、一般に使用者にはいわゆる作業所閉鎖(ロツクアウト)をもつて争議行為に対抗する手段があるばかりでなく、労働者の過大な要求を容れることは、企業の経営を悪化させ、企業そのものの存立を危殆ならしめ、ひいては労働者自身の失業を招くという重大な結果をもたらすことともなるのであるから、労働者の要求はおのずからその面よりの制約を免れず、ここにも私企業の労働者の争議行為と公務員のそれとを一律同様に考えることのできない理由の一が存するのである。また、一般の私企業においては、その提供する製品または役務に対する需給につき、市場からの圧力を受けざるをえない関係上、争議行為に対しても、いわゆる市場の抑制力が働くことを必然とするのに反し、公務員の場合には、そのような市場の機能が作用する余地がないため、公務員の争議行為は場合によつては一方的に強力な圧力となり、この面からも公務員の勤務条件決定の手続をゆがめることとなるのである。
 … 以上のように、公務員の争議行為は、公務員の地位の特殊性と勤労者を含めた国民全体の共同利益の保障という見地から、一般私企業におけるとは異なる制約に服すべきものとなしうることは当然であり、また、このことは、国際的視野に立つても肯定されているところなのである。
(二)しかしながら、前述のように、公務員についても憲法によつてその労働基本権が保障される以上、この保障と国民全体の共同利益の擁護との間に均衡が保たれることを必要とすることは、憲法の趣意であると解されるのであるから、その労働基本権を制限するにあたつては、これに代わる相応の措置が講じられなければならない。そこで、わが法制上の公務員の勤務関係における具体的措置が果して憲法の要請に添うものかどうかについて検討を加えてみるに、
(イ) 公務員たる職員は、後記のように法定の勤務条件を享受し、かつ、法律等による身分保障を受けながらも、特殊の公務員を除き、一般に、その勤務条件の維持改善を図ることを目的として職員団体を結成すること、結成された職員団体に加入し、または加入しないことの自由を保有し(国公法98条2項、前記改正後の国家公務員法(以下、単に改正国公法という。)108条の2第3項)、さらに、当局は、登録された職員団体から職員の給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、およびこれに付帯して一定の事項に関し、交渉の申入れを受けた場合には、これに応ずべき地位に立つ(国公法98条2項、改正国公法108条の5第1項)ものとされているのであるから、私企業におけるような団体協約を締結する権利は認められないとはいえ、原則的にはいわゆる交渉権が認められており、しかも職員は、右のように、職員団体の構成員であること、これを結成しようとしたこと、もしくはこれに加入しようとしたことはもとより、その職員団体における正当な行為をしたことのために当局から不利益な取扱いを受けることがなく(国公法98条3項、改正国公法108条の7)、また、職員は、職員団体に属していないという理由で、交渉事項に関して不満を表明し、あるいは意見を申し出る自由を否定されないこととされている(国公法98条2項、改正国公法108条の5第9項)。ただ、職員は、前記のように、その地位の特殊性と職務の公共性とにかんがみ、国公法98条5項(改正国公法98条2項)により、政府が代表する使用者としての公衆に対して同盟罷業、怠業その他の争議行為または政府の活動能率を低下させる怠業的行為をすることを禁止され、また、何人たるを問わず、かかる違法な行為を企て、その遂行を共謀し、そそのかし、もしくはあおつてはならないとされている。そしてこの禁止規定に違反した職員は、国に対し国公法その他に基づいて保有する任命または雇用上の権利を主張できないなど行政上の不利益を受けるのを免れない(国公法98条6項、改正国公法98条3項)。しかし、その中でも、単にかかる争議行為に参加したにすぎない職員については罰則はなく、争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、もしくはあおり、またはこれらの行為を企てた者についてだけ罰則が設けられているのにとどまるのである(国公法、改正国公法各110条1項17号)。
 以上の関係法規から見ると、労働基本権につき前記のような当然の制約を受ける公務員に対しても、法は、国民全体の共同利益を維持増進することとの均衡を考慮しつつ、その労働基本権を尊重し、これに対する制約、とくに罰則を設けることを、最少限度にとどめようとしている態度をとつているものと解することができる。そして、この趣旨は、いわゆる全逓中郵事件判決の多数意見においても指摘されたところである(昭和39年(あ)第296号同41年10月26日大法廷判決・刑集20巻8号912頁参照)。
(ロ) このように、その争議行為等が、勤労者をも含めた国民全体の共同利益の保障という見地から制約を受ける公務員に対しても、その生存権保障の趣旨から、法は、これらの制約に見合う代償措置として身分、任免、服務、給与その他に関する勤務条件についての周到詳密な規定を設け、さらに中央人事行政機関として準司法機関的性格をもつ人事院を設けている。ことに公務員は、法律によつて定められる給与準則に基づいて給与を受け、その給与準則には俸給表のほか法定の事項が規定される等、いわゆる法定された勤務条件を享有しているのであつて、人事院は、公務員の給与、勤務時間その他の勤務条件について、いわゆる情勢適応の原則により、国会および内閣に対し勧告または報告を義務づけられている。そして、公務員たる職員は、個別的にまたは職員団体を通じて俸給、給料その他の勤務条件に関し、人事院に対しいわゆる行政措置要求をし、あるいはまた、もし不利益な処分を受けたときは、人事院に対し審査請求をする途も開かれているのである。このように、公務員は、労働基本権に対する制限の代償として、制度上整備された生存権擁護のための関連措置による保障を受けているのである。
(三) 以上に説明したとおり、公務員の従事する職務には公共性がある一方、法律によりその主要な勤務条件が定められ、身分が保障されているほか、適切な代償措置が講じられているのであるから、国公法98条5項がかかる公務員の争議行為およびそのあおり行為等を禁止するのは、勤労者をも含めた国民全体の共同利益の見地からするやむをえない制約というべきであつて、憲法28条に違反するものではないといわなければならない。」
 ②「次に、国公法110条1項17号は、公務員の争議行為による業務の停廃が広く国民全体の共同利益に重大な障害をもたらす虞れのあることを考慮し、公務員たると否とを問わず、何人であつてもかかる違法な争議行為の原動力または支柱としての役割を演じた場合については、そのことを理由として罰則を規定しているのである。すなわち、前述のように、公務員の争議行為の禁止は、憲法に違反することはないのであるから、何人であつても、この禁止を侵す違法な争議行為をあおる等の行為をする者は、違法な争議行為に対する原動力を与える者として、単なる争議参加者にくらべて社会的責任が重いのであり、また争議行為の開始ないしはその遂行の原因を作るものであるから、かかるあおり等の行為者の責任を問い、かつ、違法な争議行為の防遏を図るため、その者に対しとくに処罰の必要性を認めて罰則を設けることは、十分に合理性があるものということができる。したがつて、国公法110条1項17号は、憲法18条、憲法28条に違反するものとはとうてい考えることができない。」
 ③「さらに、憲法21条との関係を見るに、原判決が罪となるべき事実として確定したところによれば、被告人らは、いずれも農林省職員をもつて組織する全農林労働組合の役員であつたところ、昭和33年10月8日内閣が警察官職務執行法(以下、警職法という)の一部を改正する法律案を衆議院に提出するや、これに反対する第四次統一行動の一環として、原判示第一の所為のほか、同第二のとおり、同年11月5日午前9時ころから同11時40分ころまでの間、農林省の職員に対し、同省正面玄関前の「警職法改悪反対」職場大会に参加するよう説得、慫慂したというのであるから、被告人らの所為ならびにそのあおつた争議行為すなわち農林省職員の職場離脱による右職場大会は、警職法改正反対という政治的目的のためになされたものというべきである。
 ところで、憲法21条の保障する表現の自由といえども、もともと国民の無制約な恣意のままに許されるものではなく、公共の福祉に反する場合には合理的な制限を加えうるものと解すべきところ…、とくに勤労者なるがゆえに、本来経済的地位向上のための手段として認められた争議行為をその政治的主張貫徹のための手段として使用しうる特権をもつものとはいえないから、かかる争議行為が表現の自由として特別に保障されるということは、本来ありえないものというべきである。そして、前記のように、公務員は、もともと合憲である法律によつて争議行為をすること自体が禁止されているのであるから、勤労者たる公務員は、かかる政治的目的のために争議行為をすることは、二重の意味で許されないものといわなければならない。してみると、このような禁止された公務員の違法な争議行為をあおる等の行為をあえてすることは、それ自体がたとえ思想の表現たるの一面をもつとしても、公共の利益のために勤務する公務員の重大な義務の懈怠を慫慂するにほかならないのであつて、結局、国民全体の共同利益に重大な障害をもたらす虞れがあるものであり、憲法の保障する言論の自由の限界を逸脱するものというべきである。したがつて、あおり等の行為を処罰すべきものとしている国公法110条1項17号は、憲法21条に違反するものということができない。」
 ④「原判決が「同法110条1項17号の『あおる』行為等の指導的行為は争議行為の原動力、支柱となるものであつて、その反社会性、反規範性等において争議の実行行為そのものより違法性が強いと解し得るのであるから、憲法違反となる結果を回避するため、とくに『あおる』行為等の概念を縮小解釈しなければならない必然性はなく、またその証拠も不十分である」としたうえ、同条項一七号所定の「指導的行為の違法性は、その目的、規模、手段方法(態様)、その他一切の付随的事情に照らし、刑罰法規一般の予定する違法性、すなわち可罰的違法性の程度に達しているものでなければならず、また、これらの指導的行為は、刑罰を科するに足る程度の反社会性、反規範性を具有するものに限る」旨判示し、何らいわゆる限定解釈をすることなく、被告人らの本件行為に対し国公法の右規定を適用していることは、所論のとおりである。これに対し、所論引用の大阪高等裁判所昭和43年3月29日判決、福岡高等裁判所昭和42年12月18日各判決、同裁判所昭和43年4月18日判決は、右国公法110条1項17号または地方公務員法61条4号については、あおり行為あるいはその対象となる争議行為またはその双方につき、限定的に解釈すべきものであるとの見解をとつており、そして、これらの判決は原判決に先だつて言い渡されたものであるから、原判決は、右各高等裁判所の判例と相反する判断をしたこととなり、その言渡当時においては、刑訴法405条3号後段に規定する、最高裁判所の判例がない場合に、控訴裁判所たる高等裁判所の判例に相反する判断をしたことになるといわなければならない。
 しかしながら、国公法98条5項、110条1項17号の解釈に関して、公務員の争議行為等禁止の措置が違憲ではなく、また、争議行為をあおる等の行為に高度の反社会性があるとして罰則を設けることの合理性を肯認できることは前述のとおりであるから、公務員の行なう争議行為のうち、同法によつて違法とされるものとそうでないものとの区別を認め、さらに違法とされる争議行為にも違法性の強いものと弱いものとの区別を立て、あおり行為等の罪として刑事制裁を科されるのはそのうち違法性の強い争議行為に対するものに限るとし、あるいはまた、あおり行為等につき、争議行為の企画、共謀、説得、慫慂、指令等を争議行為にいわゆる通常随伴するものとして、国公法上不処罰とされる争議行為自体と同一視し、かかるあおり等の行為自体の違法性の強弱または社会的許容性の有無を論ずることは、いずれも、とうてい是認することができない。けだし、いま、もし、国公法110条1項17号が、違法性の強い争議行為を違法性の強いまたは社会的許容性のない行為によりあおる等した場合に限つてこれに刑事制裁を科すべき趣旨であると解するときは、いうところの違法性の強弱の区別が元来はなはだ曖昧であるから刑事制裁を科しうる場合と科しえない場合との限界がすこぶる明確性を欠くこととなり、また同条項が争議行為に「通常随伴」し、これと同一視できる一体不可分のあおり等の行為を処罰の対象としていない趣旨と解することは、一般に争議行為が争議指導者の指令により開始され、打ち切られる現実を無視するばかりでなく、何ら労働基本権の保障を受けない第三者がした、このようなあおり等の行為までが処罰の対象から除外される結果となり、さらに、もしかかる第三者のしたあおり等の行為は、争議行為に「通常随伴」するものでないとしてその態様のいかんを問わずこれを処罰の対象とするものと解するときは、同一形態のあおり等をしながら公務員のしたものと第三者のしたものとの間に処罰上の差別を認めることとなつて、ただに法文の「何人たるを問わず」と規定するところに反するばかりでなく、衡平を失するものといわざるをえないからである。いずれにしても、このように不明確な限定解釈は、かえつて犯罪構成要件の保障的機能を失わせることとなり、その明確性を要請する憲法31条に違反する疑いすら存するものといわなければならない。
 なお、公務員の団体行動とされるもののなかでも、その態様からして、実質が単なる規律違反としての評価を受けるにすぎないものについては、その煽動等の行為が国公法110条1項17号所定の罰則の構成要件に該当しないことはもちろんであり、また、右罰則の構成要件に該当する行為であつても、具体的事情のいかんによつては法秩序全体の精神に照らし許容されるものと認められるときは、刑法上違法性が阻却されることもありうることはいうまでもない。もし公務員中職種と職務内容の公共性の程度が弱く、その争議行為が国民全体の共同利益にさほどの障害を与えないものについて、争議行為を禁止し、あるいはそのあおり等の行為を処罰することの当を得ないものがあるとすれば、それらの行為に対する措置は、公務員たる地位を保有させることの可否とともに立法機関において慎重に考慮すべき立法問題であると考えられるのである。
 いわゆる全司法仙台事件についての当裁判所の判決(昭和41年(あ)第1129号同44年4月2日大法廷判決・刑集23巻5号685頁)は、本判決において判示したところに抵触する限度で、変更を免れないものである。
 そうであるとすれば、原判決が被告人らの前示行為につき国公法98条5項、110条1項17号を適用したことは結局正当であつて、これと異なる見解のもとに原判決に法令違反があるとする所論は採用することができず、また、この点に関する原審の判断と抵触する前記各高等裁判所の判例は、これを変更すべきものであつて、所論は、原判決破棄の理由とならない。」
過去問・解説
(H19 司法 第11問 エ)
国家公務員法の規制をめぐる全農林警職法事件(最大判昭和48年4月25日)において、最高裁判所は、全逓東京中郵事件判決を変更する旨述べ、「公務員の地位の特殊性と職務の公共性」論、公務員の勤務条件に関する「財政民主主義」論を根拠にして、公務員の争議行為の一律禁止を合憲とした。

(正答)  

(解説)
全農林警職法事件判決(最大判昭48.4.25)は、「公務員の地位の特殊性と職務の公共性」を理由に、その「労働基本権に対し必要やむをえない限度の制限を加えることは、十分合理的な理由があるというべきである」とした。また、「公務員の場合は、その給与の財源は国の財政とも関連して主として税収によつて賄われ、私企業における労働者の利潤の分配要求のごときものとは全く異なり、その勤務条件はすべて政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮により適当に決定されなければならず、しかもその決定は民主国家のルールに従い、立法府において論議のうえなされるべきもので、同盟罷業等争議行為の圧力による強制を容認する余地は全く存しないのである。」として、公務員の勤務条件に関する「財政民主主義」論を根拠に、公務員の争議行為の一律禁止を合憲とした。しかし、同判決はあおり行為についての合憲限定解釈を否定したため、これにより変更されたのは合憲限定解釈をとった全司法仙台事件判決(最大判昭44.4.2)であり、全逓東京中郵事件判決(最大判昭41.10.26)ではない。

(H25 予備 第1問 ア)
国家公務員は、憲法において「全体の奉仕者」とされていることや、実質的にはその使用者が国民全体であることなどから、その人権についても、一定の制約に服することがあると解されている。

(正答)  

(解説)
弘前機関区事件判決(最大判昭28.4.8)は、「国家公務員は、国民全体の奉仕者として(憲法15条)公共の利益のために勤務し、且つ職務の遂行に当つては全力を挙げてこれに専念しなければならない(国家公務員法96条1項)性質のものであるから、団結権団体交渉権等についても、一般の勤労者とは違つて特別の取扱を受けることがあるのは当然である」としている。また、全農林警職法事件(最大判昭48.4.25)は、「公務員は、私企業の労働者と異なり、国民の信託に基づいて国政を担当する政府により任命されるものであるが、憲法15条の示すとおり、実質的には、その使用者は国民全体であり、公務員の労務提供義務は国民全体に対して負うものである」としている。そして、公務員の地位の特殊性と職務の公共性を理由として、その労働基本権について一定の制約を受けるとされた。

(H25 予備 第1問 イ)
国家公務員の労働関係は、国民の代表者により構成される国会の制定した法律、予算によって定められることなどから、争議行為を企てる行為や、これをあおる行為に対して刑罰を科すことは違憲ではないと解されている。

(正答)  

(解説)
全農林警職法事件判決(最大判昭48.4.25)は、「公務員の場合は、その給与の財源は国の財政とも関連して主として税収によつて賄われ、・・・その勤務条件はすべて政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮により適当に決定されなければならず、しかもその決定は民主国家のルールに従い、立法府において論議のうえなされるべきもので、同盟罷業等争議行為の圧力による強制を容認する余地は全く存しないのである。」「公務員の勤務条件の決定に関し、政府が国会から適法な委任を受けていない事項について、公務員が政府に対し争議行為を行なうことは、的はずれであつて正常なものとはいいがたく、もしこのような制度上の制約にもかかわらず公務員による争議行為が行なわれるならば、使用者としての政府によつては解決できない立法問題に逢着せざるをえないこととなり、ひいては民主的に行なわれるべき公務員の勤務条件決定の手続過程を歪曲することともなつて、憲法の基本原則である議会制民主主義(憲法41条、83条等参照)に背馳し、国会の議決権を侵す虞れすらなしとしないのである。」として、公務員が政府に対して争議行為を行うことは議会制民主主義に反するとして、公務員がかかる行為または争議行為をあおる行為を行うことはできないとした。したがって、争議行為を企てる行為や、これをあおる行為に対して刑罰を科すことは違憲ではない。

(H26 予備 第7問 ア)
国家公務員は、その地位の特殊性や職務の公共性に加え、勤労条件が法律・予算により定められており、人事院をはじめとする代償措置が講じられていることなどからすれば、その争議行為を全面的に禁止することは、やむを得ない制約である。

(正答)  

(解説)
全農林警職法事件判決(最大判昭48.4.25)は、「公務員の地位の特殊性と職務の公共性」に加えて、「公務員の場合は、その給与の財源は国の財政とも関連して主として税収によつて賄われ、私企業における労働者の利潤の分配要求のごときものとは全く異なり、その勤務条件はすべて政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮により適当に決定されなければならず、しかもその決定は民主国家のルールに従い、立法府において論議のうえなされるべきもので、同盟罷業等争議行為の圧力による強制を容認する余地は全く存しないのである。」として、また、「法は、これらの制約に見合う代償措置として身分、任免、服務、給与その他に関する勤務条件についての周到詳密な規定を設け、さらに中央人事行政機関として準司法機関的性格をもつ人事院を設けている」ことを理由として、争議行為を全面的に禁止することはやむを得ない制約として認めた。

(H26 予備 第7問 イ)
人事院勧告の実施が凍結され、労働基本権の制約の代償措置がその本来の機能を果たさず実際上画餅に等しいとみられる事態が生じた場合には、国家公務員がその正常な運用を要求して相当な手段態様で争議行為を行うことは、憲法上保障される。

(正答)  

(解説)
全農林警職法事件判決(最大判昭48.4.25)は、「法は、これらの制約に見合う代償措置として身分、任免、服務、給与その他に関する勤務条件についての周到詳密な規定を設け、さらに中央人事行政機関として準司法機関的性格をもつ人事院を設けている」ことを一つの理由として、争議行為を全面的に禁止することはやむを得ない制約として認めた。しかし、代償措置が本来の機能を果たさないときについて国家公務員が争議行為を行うことができるかどうかについては述べていない。

(H28 共通 第9問 ア)
公務員の争議行為の制限は国民生活全体の利益を維持増進する必要との調和の見地から合理性の認められる必要最小限度のものでなければならず、職務の性質や違いを考慮することなく公務員の争議行為を一律に禁止することは憲法上許されないとするのが判例の立場である。

(正答)  

(解説)
全農林警職法事件判決(最大判昭48.4.25)では、全司法仙台判決を変更して、「公務員が争議行為に及ぶことは、その地位の特殊性および職務の公共性と相容れないばかりでなく、多かれ少なかれ公務の停廃をもたらし、その停廃は勤労者を含めた国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、またはその虞れがあるからである」として、公務員の職務の性質や違いを考慮することなく公務員の争議行為を一律かつ全面的に禁止することは合憲であるとした。

(H30 司法 第9問 ウ)
判例は、労働基本権について、公務員にもその保障が及ぶとし、その制約の合憲性を判断する上で、職務の公共性は考慮されるべきではないとする一方、人事院が設けられていることなどの代替措置が整備されていることを重視して、一般私企業とは異なる制約に服するものとする。

(正答)  

(解説)
全農林警職法事件判決(最大判昭48.4.25)では、「公務員は、公共の利益のために勤務するものであり、公務の円滑な運営のためには、その担当する職務内容の別なく、それぞれの職場においてその職責を果すことが必要不可缺であつて、公務員が争議行為に及ぶことは、その地位の特殊性および職務の公共性と相容れないばかりでなく、多かれ少なかれ公務の停廃をもたらし、その停廃は勤労者を含めた国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、またはその虞れがある」とした。すなわち、公務員の地位の特殊性および職務の公共性を理由として、公務員の基本労働権は一定の制約をうけるとした。したがって、「制約の合憲性を判断する上で、職務の公共性は考慮されるべきではない」とする点で、本肢は誤っている。

(R4 司法 第1問 ウ)
労働基本権は、勤労者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであって、それ自体が目的とされる絶対的なものではないから、憲法第13条のいう公共の福祉のための制約を受けるほか、公務員の争議行為の禁止の場合のように、勤労者を含めた国民全体の共同利益の見地からする制約を受ける。

(正答)  

(解説)
全農林警職法事件判決(最大判昭48.4.25)は、「憲法28条の労働基本権の保障は公務員に対しても及ぶものと解すべき」としつつ、「労働基本権は、右のように、勤労者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであつて、それ自体が目的とされる絶対的なものではないから、おのずから勤労者を含めた国民全体の共同利益の見地からする制約を免れないものであり、このことは、憲法13条の規定の趣旨に徴しても疑いのないところである」とした。すなわち、憲法13条のいう公共の福祉のための制約を受けるとは別に、勤労者を含めた国民全体の共同利益の見地からする制約を受けると捉えているのではなく、13条による制約の中に、国民全体の共同利益の見地からする制約が含まれていると捉えている。

(R5 司法 第8問 ウ)
憲法第28条の労働基本権の保障は公務員に対しても及ぶが、国家公務員の従事する職務には公共性がある一方、法律によりその主要な勤務条件が定められ、身分が保障されているほか、適切な代償措置が講じられていることなどからすれば、法律により国家公務員の争議行為を禁止することは、勤労者をも含めた国民全体の共同利益の見地からするとやむを得ない制約というべきであって、憲法第28条に違反しない。

(正答)  

(解説)
全農林警職法事件判決(最大判昭48.4.25)は、「憲法28条の労働基本権の保障は公務員に対しても及ぶものと解すべき」としつつ、「公務員の地位の特殊性および職務の公共性」を理由として、公務員の基本労働権は一定の制約をうけるとした。さらに、「法は、…制約に見合う代償措置として身分、任免、服務、給与その他に関する勤務条件についての周到詳密な規定を設け、さらに中央人事行政機関として準司法機関的性格をもつ人事院を設けている」ことから、公務員の争議行為を禁止することは「勤労者をも含めた国民全体の共同利益の見地からするやむをえない制約というべき」とした。
総合メモ

岩教組学テ事件 最大判昭和51年5月21日

概要
①公務員の争議行為を禁止する地方公務員法37条1項は、憲法28条に違反しない。
②あおり行為等を処罰対象とする同法61条4号は、憲法18条、憲法28条に違反しない。
③同法61条4号の規定の解釈につき、争議行為に違法性の強いものと弱いものとを区別して、前者のみが同条同号にいう争議行為にあたるものとし、更にまた、右争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、又はあおる等の行為についても、いわゆる争議行為に通常随伴する行為は単なる争議参加行為と同じく可罰性を有しないものとして右規定の適用外に置かれるべきであるとの限定解釈を是認することはできない
④被告人らの行為は、同法61条4号で言う「あおり」行為又は「そそのかし」行為に、それぞれ該当する。
判例
事案:岩手県教員組合は、全国中学校一斉学力調査の実施の際、かかる実施を阻止しようとして、同組合役員らは組合員に対して実施を阻止するための具体的な方法を指示した。これは、地方公務員法37条1項にいう違法な争議行為等を「あおり」又は「そそのかす」行為にあたり、同法61条4号に違反するとして、同組合役員らが起訴された。本件では、①地方公務員の争議行為を禁止する地方公務員法37条1項の憲法適合性、②あおり行為等を処罰対象とする同法61条4号の憲法適合性、③同法61条4号でいう「あおり」「そそのかし」の限定解釈の可否、④被告人らの行為が同法61条4号でいう「そそのかし」に当たるかが問題となった。

判旨:①「地方公務員も憲法28条の勤労者として同条による労働基本権の保障を受けるが、地方公共団体の住民全体の奉仕者として、実質的にはこれに対して労務提供義務を負うという特殊な地位を有し、かつ、その労務の内容は、公務の遂行すなわち直接公共の利益のための活動の一環をなすという公共的性質を有するものであつて、地方公務員が争議行為に及ぶことは、右のようなその地位の特殊性と職務の公共性と相容れず、また、そのために公務の停廃を生じ、地方住民全体ないしは国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、又はそのおそれがある点において、国家公務員の場合と選ぶところはない。そして、地方公務員の勤務条件が、法律及び地方公共団体の議会の制定する条例によつて定められ、また、その給与が地方公共団体の税収等の財源によつてまかなわれるところから、専ら当該地方公共団体における政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮によつて決定されるべきものである点においても、地方公務員は国家公務員と同様の立場に置かれており、したがつてこの場合には、私企業における労働者の場合のように団体交渉による労働条件の決定という方式が当然には妥当せず、争議権も、団体交渉の裏づけとしての本来の機能を発揮する余地に乏しく、かえつて議会における民主的な手続によつてされるべき勤務条件の決定に対して不当な圧力を加え、これをゆがめるおそれがあることも、前記大法廷判決が国家公務員の場合について指摘するとおりである。それ故、地方公務員の労働基本権は、地方公務員を含む地方住民全体ないしは国民全体の共同利益のために、これと調和するように制限されることも、やむをえないところといわなければならない。
 ところで、他方、右大法廷判決は、国家公務員の労働基本権が国民全体の共同利益のために制約を受ける場合においても、その間に均衡が保たれる必要があり、したがつて右制約に見合う代償措置が講じられなければならないとして、国家公務員の勤務関係における法制上の具体的措置を検討し、国家公務員につき、その身分、任免、服務、給与その他に関する勤務条件についてその利益を保障するような定めがされていること、及び公務員による公正かつ妥当な勤務条件の亭受を保障する手段としての人事院の存在とその職務権限を指摘し、これを労働基本権制限の合憲性を肯定する一理由としているので、この点を地方公務員の場合についてみると、地公法上、地方公務員にもまた国家公務員の場合とほぼ同様な勤務条件に関する利益を保障する定めがされている(殊に給与については、地公法24条ないし26条など)ほか、人事院制度に対応するものとして、これと類似の性格をもち、かつ、これと同様の、又はこれに近い職務権限を有する人事委員会又は公平委員会の制度(同法7条ないし12条)が設けられているのである。もつとも、詳細に両者を比較検討すると、人事委員会又は公平委員会、特に後者は、その構成及び職務権限上、公務員の勤務条件に関する利益の保護のための機構として、必ずしも常に人事院の場合ほど効果的な機能を実際に発揮しうるものと認められるかどうかにつき問題がないではないけれども、なお中立的な第三者的立場から公務員の勤務条件に関する利益を保障するための機構としての基本的構造をもち、かつ、必要な職務権限を与えられている(同法26条、47条、50条)点においては、人事院制度と本質的に異なるところはなく、その点において、制度上、地方公務員の労働基本権の制約に見合う代償措置としての一般的要件を満たしているものと認めることができるのである。
 右の次第であるから、地公法37条1項前段において地方公務員の争議行為等を禁止し、かつ、同項後段が何人を問わずそれらの行為の遂行を共謀し、そそのかし、あおる等の行為をすることを禁止したとしても、地方住民全体ないしは国民全体の共同利益のためのやむをえない措置として、それ自体としては憲法28条に違反するものではないといわなければならない。」
 ②「次に、地公法61条4号の罰則の合憲性についてみるのに、ここでも、国公法110条1項17号の罰則の合憲性について前記大法廷判決が述べているところが、そのまま妥当する。
 原判決は、地公法の右規定が同法37条1項の争議行為の遂行それ自体を処罰の対象とせず、その共謀、そそのかし、あおり等の行為のみを処罰すべきものとしているのは、憲法上労働基本権に対して刑罰の制裁を伴う制約を課することは原則として許されないことを考慮した結果とみるべきものであるとの見地から、右の共謀等の行為の意義を限定的に解釈すべきものと論じているのであるが、しかし、公務員の争議行為が国民全体又は地方住民全体の共同利益のために制約されるのは、それが業務の正常な運営を阻害する集団的かつ組織的な労務不提供等の行為として反公共性をもつからであるところ、このような集団的かつ組織的な行為としての争議行為を成り立たせるものは、まさにその行為の遂行を共謀したり、そそのかしたり、あおつたりする行為であつて、これら共謀等の行為は、争議行為の原動力をなすもの、換言すれば、全体としての争議行為の中でもそれなくしては右の争議行為が成立しえないという意味においていわばその中核的地位を占めるものであり、このことは、争議行為がその都度集団行為として組織され、遂行される場合ばかりでなく、すでに組織体として存在する労働組合の内部においてあらかじめ定められた団体意思決定の過程を経て決定され、遂行される場合においても異なるところはないのである。それ故、法が、共謀、そそのかし、あおり等の行為のもつ右のような性格に着目してこれを社会的に責任の重いものと評価し、当該組合に所属する者であると否とを問わず、このような行為をした者に対して違法な争議行為の防止のために特に処罰の必要性を認め、罰則を設けることには十分合理性があり、これをもつて憲法18条、28条に違反するものとすることができないことは、前記大法廷判決の判示するとおりであるといわなければならない。」
 ③「また、原判決は、労働組合が行う争議行為は,組合幹部による闘争方針の企画、立案に始まり、民主的な組織内における自由な討議、討論を経て決定され、次いで上部機関から下部機関ないしは各組合員に対する指令、指示の発出、伝達となり、その間組合機関や組合員相互間のさまざまな行為が集積した結果として遂行されるのが通常であり、争議遂行過程におけるこれらの一連の行為は、集団的行為としての争議行為に不可欠か又は通常随伴する行為であるところ、これらの行為は多くは争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、又はあおる行為等に該当することとなるから、これらの行為者を罰することは、実質的には刑罰をもつて争議行為を全面的かつ一律に禁止することとなつて不当であると論じているが、国公法や地公法の上記各規定にいう争議行為の遂行の共謀、そそのかし、あおり等の行為は、将来における抽象的、不確定的な争議行為についてのそれではなく、具体的、現実的な争議行為に直接結びつき、このような争議行為の具体的危険性を生ぜしめるそれを指すのであつて、このような共謀、そそのかし、あおり等の行為こそが一般的に法の禁止する争議行為の遂行を現実化させる直接の働きをするものなのであるから、これを刑罰の制裁をもつて阻止することには、なんら原判決のいうような不当はないのである。
 原判決は、更に、組合の執行役員等が、組合大会の決議等に従つて指令を発するような行為は、組合規約上の義務の遂行としてされるものにすぎず、争議行為に不可欠か又は通常随伴するものとして一般組合員の争議参加行為とその可罰的評価を異にすべきものではないとも論じているが、組合の内部規約上の義務の履行としてされているかどうかは、当然にはそそのかし、あおり等の行為者の刑事責任の有無に影響すべきものではなく、右の議論は、ひつきよう、労働組合という組織体における通常の意思決定手続に基づいて決定、遂行される違法な争議行為については、実際上、当該組合の何人に対しても個人的な責任を問うことができないということに帰着するのであつて、とうてい容認することのできないところといわなければならない。 
 したがつて、地公法61条4号の規定の解釈につき、争議行為に違法性の強いものと弱いものとを区別して、前者のみが同条同号にいう争議行為にあたるものとし、更にまた、右争議行為の遂行を共謀し、そそのかし、又はあおる等の行為についても、いわゆる争議行為に通常随伴する行為は単なる争議参加行為と同じく可罰性を有しないものとして右規定の適用外に置かれるべきであると解しなければならない理由はなく、このような解釈を是認することはできないのである。いわゆる都教組事件についての当裁判所の判決(昭和41年(あ)第401号同44年4月2日大法廷判決・刑集23巻5号305頁)は、上記判示と抵触する限度において、変更すべきものである。そうすると、原判決の上記見解は、憲法18条、28条及び地公法61条4号の解釈を誤つたものといわなければならない。」
 ④「地公法61条4号にいう「そそのかし」とは、同法37条1項前段に定める違法行為を実行させる目的をもつて、他人に対し、その行為を実行する決意を新たに生じさせるに足りる慫慂行為をすること(最高裁昭和41年(あ)第1129号同44年4月2日大法廷判決・刑集23巻5号685頁参照)をいい、また、「あおり」とは、右の目的をもつて、他人に対し、その行為を実行する決意を生じさせるような、又はすでに生じている決意を助長させるような勢いのある刺戟を与えること(最高裁昭和33年(あ)第1413号同37年2月21日大法廷判決・刑集16巻2号107頁、同昭和43年(あ)第2780号同48年4月25日大法廷判決・刑集27巻4号547頁参照)をいうと解されるところ、右の「そそのかし」又は「あおり」に該当する行為のうち、更に原判決の説くような限定を付したもののみが、前記規定違反の罪として成立するものと解すべき理由のないことは、上に述べたとおりである。
 …前記認定事実によれば、被告人らが前記第一の一の指令、指示を発出伝達してその趣旨の実行方を慫慂した行為は、地公法37条1項違反の争議行為を実行させる目的をもつて、多数の職員に対し、その行為を実行する決意を生じさせるような、又はすでに生じている決意を助長させるような勢いのある刺戟を与えたものであつて、地公法61条4号にいう「あおり」行為に該当するものというべく、この点において、被告人らは、その余の前記中央執行委員らとともに共同正犯として同条同号による罪責を免れず、また、被告人千葉直、同態谷、同岩渕が、オルグとして組合員である各中学校長に対し前記指令、指示の実行方を慫慂した各行為は、公訴事実記載のごとき区別に従い、前同様「あおり」行為に、又は違法な争議行為を実行する決意を新たに生じさせるに足りるような慫慂行為をしたものとして同条同号の「そそのかし」行為に、それぞれ該当するものといわなければならない。」
過去問・解説
(H25 予備 第1問 ウ)
国家公務員と異なり、地方公務員は、憲法の明文で「全体の奉仕者」とされていないことや、人事院制度に対応する代償措置も置かれていないことから、争議行為を企てる行為や、これをあおる行為に対して刑罰を科することは許されないと解されている。

(正答)  

(解説)
岩教組学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「地方公務員も憲法28条の勤労者として同条による労働基本権の保障を受けるが、地方公共団体の住民全体の奉仕者として、実質的にはこれに対して労務提供義務を負うという特殊な地位を有し、かつ、その労務の内容は、公務の遂行すなわち直接公共の利益のための活動の一環をなすという公共的性質を有するものであつて、地方公務員が争議行為に及ぶことは、右のようなその地位の特殊性と職務の公共性と相容れず、また、そのために公務の停廃を生じ、地方住民全体ないしは国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、又はそのおそれがある点において、国家公務員の場合と選ぶところはない。」として、地方公務員も「地方公共団体の住民全体の奉仕者」であることを認めている。
また、「地方公務員の勤務条件が、法律及び地方公共団体の議会の制定する条例によつて定められ、また、その給与が地方公共団体の税収等の財源によつてまかなわれるところから、専ら当該地方公共団体における政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮によつて決定されるべきものである点においても、地方公務員は国家公務員と同様の立場に置かれており、したがつてこの場合には、私企業における労働者の場合のように団体交渉による労働条件の決定という方式が当然には妥当せず、争議権も、団体交渉の裏づけとしての本来の機能を発揮する余地に乏しく、かえつて議会における民主的な手続によつてされるべき勤務条件の決定に対して不当な圧力を加え、これをゆがめるおそれがあることも、前記大法廷判決が国家公務員の場合について指摘するとおりである。」として、地方公務員についても勤務条件法定主義を認めている。
さらに、「地公法上、地方公務員にもまた国家公務員の場合とほぼ同様な勤務条件に関する利益を保障する定めがされている(殊に給与については、地公法24条ないし26条など)ほか、人事院制度に対応するものとして、これと類似の性格をもち、かつ、これと同様の、又はこれに近い職務権限を有する人事委員会又は公平委員会の制度(同法7条ないし12条)が設けられているのである。もつとも、詳細に両者を比較検討すると、人事委員会又は公平委員会、特に後者は、その構成及び職務権限上、公務員の勤務条件に関する利益の保護のための機構として、必ずしも常に人事院の場合ほど効果的な機能を実際に発揮しうるものと認められるかどうかにつき問題がないではないけれども、なお中立的な第三者的立場から公務員の勤務条件に関する利益を保障するための機構としての基本的構造をもち、かつ、必要な職務権限を与えられている(同法26条、47条、50条)点においては、人事院制度と本質的に異なるところはなく、その点において、制度上、地方公務員の労働基本権の制約に見合う代償措置としての一般的要件を満たしているものと認めることができるのである。」として、地方公務員について人事院制度に対応する代償措置が置かれていることも認めている。
本判決は、これらの理由から、地方公務員の争議行為を企てる行為や、これをあおる行為に対して刑罰を科することについて、合憲であると判断している。

(H29 司法 第1問 ア)
公務員の労働基本権の制限に関し、全農林警職法事件判決(最大判昭和48年4月25日)以降の最高裁判所の判例は、職務の内容にかかわらず公務員の争議行為を一律に禁止することについて、合憲とする判断を維持している。

(正答)  

(解説)
全農林警職法事件判決(最大判昭48.4.25)では、それまでの全逓中郵便事件判決(最大判昭41.10.26)を踏襲した全司法仙台事件判決(最大判昭44.4.2)を変更し、公務員の争議行為を一律に禁止することを合憲にした。そして、その後、岩手教組学テ判決(最大判昭51.5.21)や全逓名古屋中郵判決(最大判昭52.5.4)も公務員の争議行為の一律禁止は合憲であるとし、全農林警職法事件判決を維持している。
総合メモ

全逓名古屋中郵事件 最大判昭和52年5月4日

概要
①公労法17条1項による五現業・三公社の職員の争議行為の禁止は、憲法28条に違反しない。
②公労法17条1項違反の争議行為については、労組法1条2項の適用による刑事免責が認められない。
③公労法17条1項違反の争議行為が他の法規の罰則の構成要件を充たすことがあつても、それが同盟罷業、怠業その他単なる労務不提供のような不作為を内容とする争議行為である場合には、それを違法としながらも後に判示するような限度で単純参加者についてはこれを刑罰から解放して指導的行為に出た者のみを処罰する趣旨のものであると解するのが、相当である。
判例
事案:公共企業体等労働関係法17条1項は、「職員及び組合は、公共企業体等に対して同盟罷業、怠業、その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない。又職員並びに組合の組合員及び役員は、このような禁止された行為を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない」と規定している。本件では、①公労法17条1項による五現業・三公社の職員の争議行為の禁止が憲法28条に違反するか、②公労法17条1項違反の争議行為についても労組法1条2項の適用による刑事免責が認められるか、③公労法17条1項に違反する争議行為の単純参加行為につき刑事法上の処罰の阻却を認めるべき範囲が問題となった。

判旨:①「憲法28条は、「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利」、すなわち、いわゆる労働基本権を保障している。この労働基本権の保障は、憲法25条のいわゆる生存権の保障を基本理念とし、憲法27条の勤労の権利及び勤労条件に関する基準の法定の保障と相まつて勤労者の経済的地位の向上を目的とするものである。このような労働基本権の根本精神に即して考えると、国家公務員の身分を有しない三公社の職員も、その身分を有する五現業の職員も、自己の労務を提供することにより生活の資を得ている点においては、一般の勤労者と異なるところがないのであるから、共に憲法28条にいう勤労者にあたるものと解される。
 しかしながら、ここで、全農林事件判決が、非現業の国家公務員につき、これを憲法28条の勤労者にあたるとしつつも、その憲法上の地位の特殊性から労働基本権の保障が重大な制約を受けている旨を説示していることに、留意しなければならないであろう。すなわち、「公務員の場合は、その給与の財源は国の財政とも関連して主として税収によつて賄われ、私企業における労働者の利潤の分配要求のごときものとは全く異なり、その勤務条件はすべて政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮により適当に決定されなければならず、しかもその決定は民主国家のルールに従い、立法府において論議のうえなされるべきもので、同盟罷業等争議行為の圧力による強制を容認する余地は全く存しないのである。これを法制に即して見るに、公務員については、憲法自体がその73条4号において『法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること』は内閣の事務であると定め、その給与は法律により定められる給与準則に基づいてなされることを要し、これに基づかずにはいかなる金銭または有価物も支給することはできないとされており(国公法63条1項参照)、このように公務員の給与をはじめ、その他の勤務条件は、私企業の場合のごとく労使間の自由な交渉に基づく合意によつて定められるものではなく、原則として、国民の代表者により構成される国会の制定した法律、予算によつて定められることとなつているのである。その場合、使用者としての政府にいかなる範囲の決定権を委任するかは、まさに国会みずからが立法をもつて定めるべき労働政策の問題である。したがつて、これら公務員の勤務条件の決定に関し、政府が国会から適法な委任を受けていない事項について、公務員が政府に対し争議行為を行うことは、的はずれであつて正常なものとはいいがたく、もしこのような制度上の制約にもかかわらず、公務員による争議行為が行われるならば、使用者としての政府によつては解決できない立法問題に逢着せざるをえないこととなり、ひいては民主的に行われるべき公務員の勤務条件決定の手続過程を歪曲することともなつて、憲法の基本原則である議会制民主主義(憲法41条、83条等参照)に背馳し、国会の議決権を侵す虞れすらなしとしないのである。」これを要するに、非現業の国家公務員の場合、その勤務条件は、憲法上、国民全体の意思を代表する国会において法律、予算の形で決定すべきものとされており、労使間の自由な団体交渉に基づく合意によつて決定すべきものとはされていないので、私企業の労働者の場合のような労使による勤務条件の共同決定を内容とする団体交渉権の保障はなく、右の共同決定のための団体交渉過程の一環として予定されている争議権もまた、憲法上、当然に保障されているものとはいえないのである。
 右の理は、公労法の適用を受ける五現業及び三公社の職員についても、直ちに又は基本的に妥当するものということができる。それは、五現業の職員は、現業の職務に従事している国家公務員なのであるから、勤務条件の決定に関するその憲法上の地位は上述した非現業の国家公務員のそれと異なるところはなく、また、三公社の職員も、国の全額出資によつて設立、運営させる公法人のために勤務する者であり、勤務条件の決定に関するその憲法上の地位の点では右の非現業の国家公務員のそれと基本的に同一であるからである。三公社は、このような公法人として、その法人格こそ国とは別であるが、その資産はすべて国のものであつて、憲法八三条に定める財政民主主義の原則上、その資産の処分、運用が国会の議決に基づいて行われなければならないことはいうまでもなく、その資金の支出を国会の議決を経た予算の定めるところにより行うことなどが法律によつて義務づけられた場合には、当然これに服すべきものである。そして、三公社の職員の勤務条件は、直接、間接の差はあつても、国の資産の処分、運用と密接にかかわるものであるから、これを国会の意思とは無関係に労使間の団体交渉によつて共同決定することは、憲法上許されないところといわなければならないのである。
 ……以上の理由により、公労法17条1項による争議行為の禁止は、憲法28条に違反するものではない。
 なお、上述したところは、公労法17条1項が憲法28条に違反するものではないことを憲法上の解釈として判示したにとどまるのであつて、公労法17条1項その他公務員等の労働基本権にかかわる現行法規につきその立法政策的な当否を論ずるものではない。非現業の国家公務員に関して全農林事件判決が、また非現業の地方公務員に関して岩手県教組事件判決が、そうして五現業の国家公務員及び三公社の職員に関して本判決がそれぞれ判示するところは、(イ)公務員及び三公社その他の公共的職務に従事する職員は、財政民主主義に表れている議会制民主主義の原則により、その勤務条件の決定に関し国会又は地方議会の直接、間接の判断を待たざるをえない特殊な地位に置かれていること、(ロ)そのため、これらの者は、労使による勤務条件の共同決定を内容とするような団体交渉権ひいては争議権を憲法上当然には主張することのできない立場にあること、(ハ)さらに、公務員及び三公社の職員は、その争議行為により適正な勤務条件を決定しうるような勤務上の関係にはなく、かつ、その職務は公共性を有するので、全勤労者を含めた国民全体の共同利益の保障という見地からその争議行為を禁止しても、憲法28条に違反するものとはいえないこと、に帰するのである。これを言い換えるならば、国会が、その立法、財政の権限に基づき、一定範囲の公務員その他の公共的職務に従事する職員の勤務条件に関し、職員との交渉によりこれを決定する権限を使用者としての政府その他の当局に委任し、さらにはこれらの職員に対し争議権を付与することも、憲法上の権限行使の範囲内にとどまる限り、違憲とされるわけはないのである。現行法制が、非現業の公務員、現業公務員・三公社職員、それ以外の公共的職務に従事する職員の三様に区分し、それぞれ程度を異にして労働基本権を保障しているのも、まさに右の限度における国会の立法裁量に基づくものにほかならない。」
 ②「……以上の理由により、公労法17条1項違反の争議行為についても労組法1条2項の適用があり、原則としてその刑事法上の違法性が阻却されるとした点において、東京中郵事件判決は、変更を免れないこととなるのである。」
 ③「公労法17条1項に違反する争議行為が郵便法79条1項などの罰則の構成要件に該当する場合に労組法1条2項の適用がないことは、上述したとおりであるが、そのことから直ちに、原則としてその行為を処罰するのが法律秩序全体の趣旨であると結論づけるのは、早計に失する。すなわち、罰則の構成要件に該当し、違法性があり、責任もある行為は、これを処罰するのが刑事法上の原則であるが、公労法の制定に至る立法経過とそこに表れている立法意思を仔細に検討するならば、たとい同法17条1項違反の争議行為が他の法規の罰則の構成要件を充たすことがあつても、それが同盟罷業、怠業その他単なる労務不提供のような不作為を内容とする争議行為である場合には、それを違法としながらも後に判示するような限度で単純参加者についてはこれを刑罰から解放して指導的行為に出た者のみを処罰する趣旨のものであると解するのが、相当である。
 ……公労法17条1項に違反する争議行為の単純参加行為につき刑事法上の処罰の阻却を認めるべき範囲は、処罰の阻却を認める根拠の面から、これを限定しなければならない、ということについて述べておきたい。
 まず、国公法の罰則があおり、そそのかしなどの指導的行為に処罰対象を絞つているのは、東京中郵事件判決が指摘するとおり、同盟罷業、怠業その他単なる労務不提供のような不作為を内容とする争議行為に対する刑事制裁をいかにするかを念頭に置いてのことであるので、単純参加行為に対する処罰の阻却も、そのような不作為的行為についてのみその事由があるとしなければならない。ここで単純参加行為に対する処罰の阻却を肯定するのは、もとよりその行為を適法、正当なものと認めるからではなく、違法性を阻却しないけれども、右に述べた諸般の考慮から刑事法上不処罰とするのが相当であると解されるからなのである。
 さらに、この場合の処罰の阻却は、その根拠となる立法経過からみるとき、公労法17条1項の争議行為の禁止規定が存在しなければ正当な争議行為として処罰を受けることのないような行為に限定される。けだし、政令第201号が施行される以前においては、前述のとおり、現業公務員の争議行為は許されていたが、その当時においても、違法な争議行為に対しては、それが単純参加行為であつても、争議行為として行われたものでない一般の行為に対するのと同様に、郵便法79条1項その他の罰則が適用されていたのであるから、争議行為が禁止されるようになつて、かえつてその処罰が阻却されることになつたと解するのは、明らかに不合理であるからである。」
過去問・解説
(H26 予備 第7問 ウ)
非権力的な労務に従事する現業の国家公務員は憲法第28条の勤労者にほかならず、労働基本権の保障を受けるから、全体の奉仕者であることを理由として、非現業の国家公務員と同様に争議行為を全面的に禁止することは、合理的な理由を欠く。

(正答)  

(解説)
全逓名古屋中郵事件判決(最大判昭52.5.4)は、「非現業の国家公務員の場合、その勤務条件は、憲法上、国民全体の意思を代表する国会において法律、予算の形で決定すべきものとされており、労使間の自由な団体交渉に基づく合意によつて決定すべきものとはされていないので、私企業の労働者の場合のような労使による勤務条件の共同決定を内容とする団体交渉権の保障はなく、右の共同決定のための団体交渉過程の一環として予定されている争議権もまた、憲法上、当然に保障されているものとはいえないのである。右の理は、公労法の適用を受ける5現業及び3公社の職員についても、直ちに又は基本的に妥当するものということができる」として、非権力的な労務に従事する5現業の国家公務員の争議行為の全面禁止は違憲ではないとした。したがって、「非現業の国家公務員と同様に争議行為を全面的に禁止することは、合理的な理由を欠く」とする点で、本肢は誤っている。
総合メモ

全農林人勧凍結反対スト事件 最二小判平成12年3月17日

概要
人事院勧告の安全実施等の要求を掲げて行われたストライキに関与したことを理由としてされた農林水産省職員らに対する停職6月ないし3月の各懲戒処分は、憲法28条に違反しない。
判例
事案:人事院勧告の安全実施等の要求を掲げて行われたストライキに関与したことを理由としてされた農林水産省職員らに対して、争議行為を共謀し、そそのかし、あおったものとして、停職6月ないし3月とそれぞれ懲戒処分をしたため、これらの職員は公務員の争議行為を全面一律に禁止した国家公務員法98条2項は憲法28条に違反するとして、本件各懲戒処分の取消しを求めた。

判旨:本判決は、国家公務員の一切の争議行為を禁じた国家公務員法98条2項の規定が憲法28条に違反しないと述べた全農林警職法事件判決(最大判S48.4.25)確認した上で、「ストライキの当時、国家公務員の労働基本権の制約に対する代償措置がその本来の機能を果たしていなかった」と認めつつも、「右代償措置が本来の機能を果たしていなかったことを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く」として、たとえ代償措置が本来の機能を果たしていなくとも、国家公務員の一切の争議行為を禁じることは違憲とはいえないとした。
過去問・解説
(H23 司法 第10問 ア)
最高裁判所の判例の趣旨によれば、公務員の労働基本権の制限については、制度上整備された代償措置が講じられていることがその合憲性の根拠とされているから、人事院勧告実施の凍結に抗議して行われた争議行為は適法である。

(正答)  

(解説)
全農林人勧凍結反対スト事件判決(最判平12.3.17)は、「代償措置が本来の機能を果たしていなかったことを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く」としており、たとえ代償措置が本来の機能を果たしていなくとも、国家公務員の一切の争議行為を禁じることは違憲とはいえない。そのため、争議行為に関与した職員の懲戒処分は適法とした。したがって、「人事院勧告実施の凍結に抗議して行われた争議行為は適法である」とする点で、本肢は誤っている。

(H26 予備 第7問 イ)
人事院勧告の実施が凍結され、労働基本権の制約の代償措置がその本来の機能を果たさず実際上画餅に等しいとみられる事態が生じた場合には、国家公務員がその正常な運用を要求して相当な手段態様で争議行為を行うことは、憲法上保障される。

(正答)  

(解説)
全農林人勧凍結反対スト事件判決(最判平12.3.17)によれば、「代償措置が本来の機能を果たしていなかったことを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く」として、たとえ代償措置が本来の機能を果たしていなくとも、国家公務員の一切の争議行為を禁じることは違憲とはいえない。そのため、争議行為に関与した職員の懲戒処分は適法とした。したがって、労働基本権の制約の代償措置がその本来の機能を果たさず実際上画餅に等しいとみられる事態が生じた場合においても、国家公務員の争議行為は憲法上保障されるとはいえない。
総合メモ