現在お使いのブラウザのバージョンでは、本サービスの機能をご利用いただけない可能性があります
バージョンアップを試すか、Google ChromeやMozilla Firefoxなどの最新ブラウザをお試しください

引き続き問題が発生する場合は、 お問い合わせ までご連絡ください。

裁判所(裁判所の構成) - 解答モード

最高裁判所裁判官の国民審査 最大判昭和27年2月20日

ノートページ表示
概要
①最高裁判所裁判官任命に関する国民審査の制度は、国民が裁判官を罷免すべきか否か決定する趣旨であって、裁判官の任命を完成させるか否かを審査するものではない。
②最高裁判所裁判官任命に関する国民審査の制度は、憲法19条、憲法21条、憲法79条に違反するものではない。
判例
事案:最高裁判所裁判官任命に関する国民審査制度が憲法19条、憲法21条及び憲法79条に反するかが争われ、そのことに関連して、同国民審査制度の法的性質が問題となった。
 国民審査制度の法的性質については、①解職制(リコール制)と解する見解、②解職と同時に適任者の信任の性格を有すると解する見解、③解職と任命の事後審査の性格を併有すると解する見解及び④任命行為を完結確定させる行為と解する見解がある。
 本判決は、「投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免する」という憲法79条3項の文言に着目し、国民審査は、すでに任命が確定ないし完成されている最高裁判所裁判官の適格性を国民が判断し、不適格者を罷免する解職の制度であると解している(①の見解)。これは、憲法79条3項の文言、さらには国民の審査能力の欠如や裁判官の独立(憲法76条3項)への脅威といった問題に適う見解である。

判旨:「最高裁判所裁判官任命に関する国民審査の制度はその実質において所謂解職の制度と見ることが出来る。それ故本来ならば罷免を可とする投票が有権者の総数の過半数に達した場合に罷免されるものとしてもよかつたのである。それを憲法は投票数の過半数とした処が他の解職の制度と異るけれどもそのため解職の制度でないものとする趣旨と解することは出来ない。只罷免を可とする投票数との比較の標準を投票の総数に採つただけのことであつて、根本の性質はどこ迄も解職の制度である。このことは憲法第79条3項の規定にあらわれている。同条第2項の字句だけを見ると一見そうでない様にも見えるけれども、これを第3項の字句と照し会せて見ると、国民が罷免すべきか否かを決定する趣旨であつて、所論の様に任命そのものを完成させるか否かを審査するものでないこと明瞭である。この趣旨は1回審査投票をした後更に10年を経て再び審査をすることに見ても明であろう。1回の投票によつて完成された任命を再び完成させるなどということは考えられない。論旨では期限満了後の再任であるというけれども、期限がきれた後の再任ならば再び天皇又は内閣の任命行為がなければならない。国民の投票だけで任命することは出来ない。最高裁判所裁判官は天皇又は内閣が任命すること憲法第六条及び第七九条の明定する処だからである。なお論旨では憲法第78条の規定を云為するけれども、第79条の罷免は裁判官弾劾法の規定する事由がなくても、国民が裁判官の人格識見能力等各種の方面について審査し、罷免しなければならないと思うときは罷免の投票をするのであつて、第78条とは異るものである。しかのみならず一つ事項を別の人により、又別の方法によつて二重に審査することも少しも差支ないことであるから、第七九条の存するが故に第78条は解職の制度でないということは出来ない。最高裁判所裁判官国民審査法(以下単に法と書く)は右の趣旨に従つて出来たものであつて、憲法の趣旨に合し、少しも違憲の処はない。かくの如く解職の制度であるから、積極的に罷免を可とするものと、そうでないものとの二つに分かれるのであつて、前者が後者より多数であるか否かを知らんとするものである。論旨にいう様な罷免する方がいいか悪いかわからない者は、積極的に「罷免を可とするもの」に属しないこと勿論だから、そういう者の投票は前記後者の方に入るのが当然である。それ故法が連記投票にして、特に罷免すべきものと思う裁判官にだけ×印をつけ、それ以外の裁判官については何も記さずに投票させ、×印のないものを「罷免を可としない投票」(この用語は正確でない、前記の様に「積極的に罷免する意思を有する者でない」という消極的のものであつて、「罷免しないことを可とする」という積極的の意味を持つものではない、ーー以下仮りに白票と名づける)の数に算えたのは前記の趣旨に従つたものであり、憲法の規定する国民審査制度の趣旨に合するものである。罷免する方がいいか悪いかわからない者は、積極的に「罷免を可とする」という意思を持たないこと勿論だから、かかる者の投票に対し「罷免を可とするものではない」との効果を発生せしめることは、何等意思に反する効果を発生せしめるものではない。解職制度の精神からいえば寧ろ意思に合する効果を生ぜしめるものといつて差支ないのである。それ故論旨のいう様に思想の自由や良心の自由を制限するものでないこと勿論である。
 最高裁判所の長たる裁判官は内閣の指名により天皇が、他の裁判官は内閣が任命するのであつて、その任命行為によつて任命は完了するのである。このことは憲法第6条及び第79条の明に規定する処であり、此等の規定は単純明瞭で何等の制限も条件もない。所論の様に、国民の投票ある迄は任命は完了せず、投票によつて初めて完了するのだという様な趣旨はこれを窺うべき何等の字句も存在しない。それ故裁判官は内閣が全責任を以て適当の人物を選任して、指名又は任命すべきものであるが、若し内閣が不適当な人物を選任した場合には、国民がその審査権によつて罷免をするのである。この場合においても、飽く迄罷免であつて選任行為自体に関係するものではない。国民が裁判官の任命を審査するということは右の如き意味でいうのである。それ故何等かの理由で罷免をしようと思う者が罷免の投票をするので、特に右の様な理由を持たない者は総て(罷免した方がいいか悪いかわからない者でも)内閣が全責任を以てする選定に信頼して前記白票を投ずればいいのであり、又そうすべきものなのである。(若しそうでなく、わからない者が総て棄権する様なことになると、極く少数の者の偏見或は個人的憎悪等による罷免投票によつて適当な裁判官が罷免されるに至る虞があり、国家最高機関の一である最高裁判所が極めて少数者の意思によつて容易に破壊される危険が多分に存するのである)、これが国民審査制度の本質である。それ故所論の様に法が連記の制度を採つたため、23名の裁判官だけに×印の投票をしようと思う者が、他の裁判官については当然白票を投ずるの止むなきに至つたとしても、それは寧ろ前に書いた様な国民審査の制度の精神に合し、憲法の趣旨に適するものである。決して憲法の保障する自由を不当に侵害するなどというべきものではない。総ての投票制度において、棄権はなるべく避けなければならないものであるが、殊に裁判官国民審査の制度は前記の様な次第で棄権を出来るだけ少なくする必要があるのである。そして普通の選挙制度においては、投票者が何人を選出すべきかを決するのであるから、誰を選んでいいかわからない者は良心的に棄権せざるを得なくなるということも考えられるのであるが、裁判官国民審査の場合は、投票者が直接裁判官を選ぶのではなく、内閣がこれを選定するのであり、国民は只或る裁判官が罷免されなければならないと思う場合にその裁判官に罷免の投票をするだけで、その他については内閣の選定に任かす建前であるから、通常の選挙の場合における所謂良心的棄権という様なことも考慮しないでいいわけである。又投票紙に「棄権」という文字を書いてもそれは余事記入にならず、有効の投票と解すべきものであるとの論があるけれども現行法の下では無理と思う。原判決は措辞において多少異る処があるけれども、結局本判決と同趣旨に出たもので正当であり、論旨は理由なきに帰する。」
過去問・解説
全体の正答率 : 55.5%

(H23 司法 第17問 ア)
最高裁判所裁判官の国民審査は、最高裁判所の判例の趣旨に照らせば、内閣の任命を国民が確認する意味を含むので、白票は罷免を可とするものとして扱われてはならない。

(正答)  

(解説)
判例(最大判昭27.2.20)は、「最高裁判所裁判官任命に関する国民審査の制度はその実質において所謂解職の制度と見ることが出来る。」とした上で、「かくの如く解職の制度であるから、積極的に罷免を可とするものと、そうでないものとの二つに分かれるのであつて、前者が後者より多数であるか否かを知らんとするものである。…罷免する方がいいか悪いかわからない者は、積極的に「罷免を可とする」という意思を持たないこと勿論だから、かかる者の投票に対し「罷免を可とするものではない」との効果を発生せしめることは、何等意思に反する効果を発生せしめるものではない。解職制度の精神からいえば寧ろ意思に合する効果を生ぜしめるものといつて差支ないのである。」としている。

該当する過去問がありません

在外日本人国民審査権制限事件 最大判令和4年5月25日

ノートページ表示
概要
①国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことは、憲法15条1項、79条2項、3項に違反するものというべきである。
②国会が、平成18年公選法改正や平成19年の国民投票法の制定から平成29年国民審査の施行まで約10年の長きにわたって、在外審査制度を創設する立法措置をとらなかった本件立法不作為は、平成29年国民審査の当時において、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものというべきである。
判例
事案:憲法79条2項は、最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行われる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後10年を経過した後初めて行われる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする旨規定し、同条3項は、同条2項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は罷免される旨規定している。そして、同条4項は、審査に関する事項は法律でこれを定める旨規定し、これを受けて、最高裁判所裁判官国民審査法(以下「国民審査法」という。)が制定されている。
国民審査法4条は、「衆議院議員の選挙権を有する者は、審査権を有する。」と規定し、同法8条は、「審査には、公職選挙法…に規定する選挙人名簿及び在外選挙人名簿で衆議院議員総選挙について用いられるものを用いる。」と規定しているが、同法4条、8条により国外に居住していて国内の市町村の区域内に住所を有していない日本国民(以下「在外国民」という。)に審査権の行使が認められていると解することはできず、現行法上、在外国民について審査権の行使を認める規定を欠いている状態にあった。
本件は、在外国民に国民審査に係る審査権の行使が認められていないことの適否等が争われた。

判旨:①「本件地位確認の訴えは、公法上の当事者訴訟のうち公法上の法律関係に関する確認の訴えと解され、X1は、憲法の趣旨を踏まえた解釈をすべきであること等を前提としつつも、結局は、国民審査法4条、8条の解釈に基づいて、次回の国民審査において審査権を行使することができる地位にあることの確認を求めているものと解される。
憲法は、前文及び1条において、主権が国民に存することを明らかにし、15条1項において、公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利であるとした上で、79条2項において、最高裁判所の裁判官の任命について、衆議院議員総選挙の際に国民の審査に付する旨規定し、同条3項において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は罷免される旨規定している。この国民審査の制度は、国民が最高裁判所の裁判官を罷免すべきか否かを決定する趣旨のものであるところ(最高裁昭和24年(オ)第332号同27年2月20日大法廷判決・民集6巻2号122頁参照)、憲法は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である(憲法81条)などの最高裁判所の地位と権能に鑑み、この制度を設け、主権者である国民の権利として審査権を保障しているものである。そして、このように、審査権が国民主権の原理に基づき憲法に明記された主権者の権能の一内容である点において選挙権と同様の性質を有することに加え、憲法が衆議院議員総選挙の際に国民審査を行うこととしていることにも照らせば、憲法は、選挙権と同様に、国民に対して審査権を行使する機会を平等に保障しているものと解するのが相当である。
 憲法の以上の趣旨に鑑みれば、国民の審査権又はその行使を制限することは原則として許されず、審査権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そして、そのような制限をすることなしには国民審査の公正を確保しつつ審査権の行使を認めることが事実上不可能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記のやむを得ない事由があるとはいえず、このような事由なしに審査権の行使を制限することは、憲法15条1項、79条2項、3項に違反するといわざるを得ない。また、このことは、国が審査権の行使を可能にするための所要の立法措置をとらないという不作為によって国民が審査権を行使することができない場合についても、同様である。
 在外国民は、…現行法上、審査権の行使を認める規定を欠いている状態にあるため、審査権を行使することができないが、憲法によって審査権を保障されていることには変わりがないから、国民審査の公正を確保しつつ、在外国民の審査権の行使を可能にするための所要の立法措置をとることが事実上不可能ないし著しく困難であると認められる場合に限り、当該立法措置をとらないことについて、上記やむを得ない事由があるというべきである(以上につき、平成17年大法廷判決参照)。
国民審査法は、衆議院議員総選挙の期日の公示の日に、国民審査に付される裁判官が定まり、その氏名が告示されることを前提として、都道府県の選挙管理委員会が、国民審査に付される裁判官の氏名を印刷するとともに、それぞれの裁判官に対する×の記号を記載する欄を設けた投票用紙を調製することとした上で、投票の方式につき、上記投票用紙を用いた記号式投票によることを原則としている。このような投票用紙の調製や投票の方式に関する取扱い等を前提とすると、平成28年法律第94号による国民審査法の改正の前後を問わず、在外審査制度を創設することについては、在外国民による国民審査のための期間を十分に確保し難いといった運用上の技術的な困難があることを否定することができない。
 しかしながら、前記…のとおり審査権と同様の性質を有する選挙権については、平成10年公選法改正により在外選挙制度が創設され、平成17年大法廷判決を経て平成18年公選法改正がされた後、衆議院小選挙区選出議員の選挙及び参議院選挙区選出議員の選挙をも対象に含めた在外選挙制度の下で、現に複数回にわたり国政選挙が実施されていることも踏まえると、上記のような技術的な困難のほかに在外審査制度を創設すること自体について特段の制度的な制約があるとはいい難い。そして、国民審査法16条1項が、点字による国民審査の投票を行う場合においては、記号式投票ではなく、自書式投票によることとしていることに鑑みても、在外審査制度において、上記のような技術的な困難を回避するために、現在の取扱いとは異なる投票用紙の調製や投票の方式等を採用する余地がないとは断じ難いところであり、具体的な方法等のいかんを問わず、国民審査の公正を確保しつつ、在外国民の審査権の行使を可能にするための立法措置をとることが、事実上不可能ないし著しく困難であるとは解されない。そうすると、在外審査制度の創設に当たり検討すべき課題があったとしても、在外国民の審査権の行使を可能にするための立法措置が何らとられていないことについて、やむを得ない事由があるとは到底いうことができない。
 したがって、国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことは、憲法15条1項、79条2項、3項に違反するものというべきである。
…前記…のとおり国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことは違憲であるから、国がX1に対して国外に住所を有することをもって次回の国民審査において審査権を行使させないことは違法である。そうすると、本件違法確認の訴えに係る請求は理由があり、これを認容すべきものである。」
②「国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個々の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるところ、国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは、国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したかどうかの問題であり、立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきものである。そして、上記行動についての評価は原則として国民の政治的判断に委ねられるべき事柄であって、仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反するものであるとしても、そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに同項の適用上違法の評価を受けるものではない。もっとも、法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては、国会議員の立法過程における行動が上記職務上の法的義務に違反したものとして、例外的に、その立法不作為は、同項の適用上違法の評価を受けることがあるというべきである。そして、国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するための立法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠るときは、上記の例外的な場合に当たるものと解するのが相当である(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁、平成17年大法廷判決、最高裁平成25年(オ)第1079号同27年12月16日大法廷判決・民集69巻8号2427頁参照)。
 …在外国民であった第1審原告らも審査権を行使する機会を与えられることを憲法上保障されていたのであり、国会において、その権利行使の機会を確保するための立法措置をとることが必要であったと解される。そして、現在に至るまで、在外審査制度の創設に係る法律案が国会に提出されたことはないものの、国会においては、在外選挙制度を創設する平成10年公選法改正に係る法律案に関連して在外審査制度についての質疑がされている。また、平成17年大法廷判決により在外国民に対する選挙権の制約に係る憲法適合性について判断が示され、これを受けて、平成18年公選法改正により在外選挙制度の対象が広げられ、平成19年には、憲法に明記された主権者の権能の一内容である点において審査権と同様の性質を有する国民投票の投票権について、在外国民にその行使を認める国民投票法も制定されるに至っている。そのような中で、在外審査制度の創設に当たり検討すべき課題があったものの、その課題は運用上の技術的な困難にとどまり、これを解決することが事実上不可能ないし著しく困難であったとまでは考え難いことに加え、上記のとおり、国会において在外国民の審査権に関する憲法上の問題を検討する契機もあったといえるにもかかわらず、国会は、平成18年公選法改正や平成19年の国民投票法の制定から平成29年国民審査の施行まで約10年の長きにわたって、在外審査制度の創設について所要の立法措置を何らとらなかったというのである。
 以上の事情を考慮すれば、遅くとも平成29年国民審査の当時においては、在外審査制度を創設する立法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠ったものといえる。
 そうすると、本件立法不作為は、平成29年国民審査の当時において、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものというべきである。」
過去問・解説
全体の正答率 : 25%

(R7 司法 第16問 ア)
最高裁判所裁判官国民審査法が在外国民に最高裁判所裁判官の国民審査権の行使を全く認めていないことの憲法適合性について判断した最高裁判所の判決(最高裁判所令和4年5月25日大法廷判決、民集76巻4号711頁)は、審査権が、議会制民主主義の根幹をなす不可欠な権利である選挙権とはその意義、沿革等を異にし、憲法上の位置付けに差異があるとしつつも、審査権が最高裁判所に対する民主的統制の手段としての意義を有することや、憲法が衆議院議員総選挙の際に国民審査を行うこととしていることにも照らせば、憲法は、国民に対して審査権を行使する機会を平等に保障しているものと解するのが相当であるとした。

(正答)

(解説)
判例(最大判令4.5.25)は、「審査権が国民主権の原理に基づき憲法に明記された主権者の権能の一内容である点において選挙権と同様の性質を有することに加え、憲法が衆議院議員総選挙の際に国民審査を行うこととしていることにも照らせば、憲法は、選挙権と同様に、国民に対して審査権を行使する機会を平等に保障しているものと解するのが相当である。」としている。
したがって、審査権と選挙権とで、憲法上の位置付けに差異はない。


全体の正答率 : 86.6%

(R7 司法 第16問 イ)
最高裁判所裁判官国民審査法が在外国民に最高裁判所裁判官の国民審査権の行使を全く認めていないことの憲法適合性について判断した最高裁判所の判決(最高裁判所令和4年5月25日大法廷判決、民集76巻4号711頁)は、国民の審査権又はその行使の制限をすることなしには国民審査の公正を確保しつつ審査権の行使を認めることが事実上不可能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、そのような制限をするやむを得ない事由があるとはいえず、このような事由なしに審査権の行使を制限することは憲法に違反するとした上で、最高裁判所裁判官国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことは、憲法に違反するものと判断した。

(正答)

(解説)
判例(最大判令4.5.25)は、「国民の審査権又はその行使を制限することは原則として許されず、審査権又はその行使を制限するためには、そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そして、そのような制限をすることなしには国民審査の公正を確保しつつ審査権の行使を認めることが事実上不可能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り、上記のやむを得ない事由があるとはいえず、このような事由なしに審査権の行使を制限することは、憲法15条1項、79条2項、3項に違反するといわざるを得ない。」とした上で、「国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことは、憲法15条1項、79条2項、3項に違反するものというべきである。」としている。


全体の正答率 : 43.7%

(R7 司法 第16問 ウ)
最高裁判所裁判官国民審査法が在外国民に最高裁判所裁判官の国民審査権の行使を全く認めていないことの憲法適合性について判断した最高裁判所の判決(最高裁判所令和4年5月25日大法廷判決、民集76巻4号711頁)は、在外国民に審査権の行使を認める制度に関する議論の状況等に照らすと、当該国民審査の当時、国会において、最高裁判所裁判官国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことの違憲性が明白であったものということはできず、在外国民の審査権の行使を可能にするための立法措置が何らとられていないとしても、その当時において国家賠償法の適用上違法の評価を受けるものではないとした。

(正答)

(解説)
判例(最大判令4.5.25)は、「遅くとも平成29年国民審査の当時においては、在外審査制度を創設する立法措置をとることが必要不可欠であり、それが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠ったものといえる。」としている。

該当する過去問がありません

レペタ事件 最大判平成元年3月8日

ノートページ表示
概要
憲法82条1項は、法廷で傍聴人がメモを取ることを権利として保障しているものではない。
判例
事案:アメリカの弁護士Xは、日本における証券市場及びこれに関する法的規制に関する研究のために来日し、東京地方裁判所における所得税法違反被告事件の公判を傍聴し、各公判期日に先立ち担当裁判長にメモを取ることの許可を求めたところ、裁判長は傍聴人にメモを取ることを一般的に禁止していたため、Xに許可を与えなかった。なお、裁判長は、司法記者クラブ所属の報道機関の記者に対してはメモを取ることを許可していた。Xは、裁判長が公判廷でメモを取ることを許可しなかった措置は憲法21条1項、82条、14条、国際人権規約B規約19条、刑事訴訟規則のそれぞれに違反するとして、国に対して国家賠償を求めて出訴した。
 憲法82条1項違反以外の問題点については、表現の自由のカテゴリに属するレペタ事件の判旨として掲載している(https://law-lib.jp/subjects/1/precedents/82)。

判旨:「憲法82条1項の規定は、裁判の対審及び判決が公開の法廷で行われるべきことを定めているが、その趣旨は、裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを制度として保障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとすることにある。裁判の公開が制度として保障されていることに伴い、各人は、裁判を傍聴することができることとなるが、右規定は、各人が裁判所に対して傍聴することを権利として要求できることまでを認めたものでないことはもとより、傍聴人に対して法廷においてメモを取ることを権利として保障しているものではないことも、いうまでもないところである。」
過去問・解説
全体の正答率 : 76.7%

(H18 司法 第18問 ウ)
憲法82条1項は、裁判の公開を制度として保障することにより、国民に裁判を傍聴する権利を認め、その一環として傍聴した内容についてメモを取る権利も保障したものというべきであるから、裁判長は、特段の事情のない限り、傍聴人がメモを取ることを禁止してはならない。

(正答)  

(解説)
レペタ事件判決(最大判平元.3.8)は、「憲法82条1項の規定は、…各人が裁判所に対して傍聴することを権利として要求できることまでを認めたものでないことはもとより、傍聴人に対して法廷においてメモを取ることを権利として保障しているものではないことも、いうまでもないところである。」としている。


全体の正答率 : 65.4%

(H27 予備 第10問 ウ)
憲法82条1項の公開原則が制度としての保障であるか、権利としての保障であるかについて争いがあるが、判例もそれを権利としての保障と位置付けるようになった。

(正答)  

(解説)
レペタ事件判決(最大判平元.3.8)は、「憲法82条1項の規定は、…各人が裁判所に対して傍聴することを権利として要求できることまでを認めたものでないことはもとより、傍聴人に対して法廷においてメモを取ることを権利として保障しているものではないことも、いうまでもないところである。」としている。


全体の正答率 : 82.1%

(R3 共通 第16問 ア)
判例によれば、憲法82条にいう「公開」は、国民一般に裁判の傍聴が許されるということを意味するから、何人も、裁判所に対して裁判を傍聴することを権利として要求することができる。

(正答)  

(解説)
レペタ事件判決(最大判平元.3.8)は、「憲法82条1項の規定は、…各人が裁判所に対して傍聴することを権利として要求できることまでを認めたものでないことはもとより、傍聴人に対して法廷においてメモを取ることを権利として保障しているものではないことも、いうまでもないところである。」としている。

該当する過去問がありません

前のカテゴリへ 次のカテゴリへ