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憲法 ノンフィクション「逆転」事件 最三小判平成6年2月8日

概要
①ある者が刑事事件につき被疑者とされ、さらには被告人として公訴を提起されて判決を受け、とりわけ有罪判決を受け、服役したという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であるから、その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有する。
②ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して著作物で公表したことが不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるものといわなければならない。
判例
事案:喧嘩により被害者1名を死亡・もう1名を負傷させたという公訴事実の一部について有罪判決(確定)が受けたXは、服役後、バス運転手として就職し、結婚もしていたが、会社にも配偶者にも前科を秘匿していた。本件事件については、当時米国の統治下にあった沖縄(時点発生地)では大きく新聞報道されたが日本国内では新聞報道もなく、東京で暮らすXの周囲に前科にかかわる事実を知る者はいなかった。本件裁判の陪審員の一人であったYは、その体験に基づいてノンフィクション作品を執筆し、1977年8月に刊行したが、その中でXの実名が無断で使用されていたことから、XがYに対し不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起した。

判旨:「ある者が刑事事件につき被疑者とされ、さらには被告人として公訴を提起されて判決を受け、とりわけ有罪判決を受け、服役したという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であるから、その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべきである(最高裁昭和52年(オ)第323号同56年4月14日第三小法廷判決・民集35巻3号620頁参照)。この理は、右の前科等にかかわる事実の公表が公的機関によるものであっても、私人又は私的団体によるものであっても変わるものではない。そして、その者が有罪判決を受けた後あるいは服役を終えた後においては、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、その者は、前科等にかかわる事実の公表によって、新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有するというべきである。
もっとも、ある者の前科等にかかわる事実は、他面、それが刑事事件ないし刑事裁判という社会一般の関心あるいは批判の対象となるべき事項にかかわるものであるから、事件それ自体を公表することに歴史的又は社会的な意義が認められるような場合には、事件の当事者についても、その実名を明らかにすることが許されないとはいえない。また、その者の社会的活動の性質あるいはこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては、その社会的活動に対する批判あるいは評価の一資料として、右の前科等にかかわる事実が公表されることを受忍しなければならない場合もあるといわなければならない(最高裁昭和55年(あ)第273号同56年4月16日第一小法廷判決・刑集35巻3号84頁参照)。さらにまた、その者が選挙によって選出される公職にある者あるいはその候補者など、社会一般の正当な関心の対象となる公的立場にある人物である場合には、その者が公職にあることの適否などの判断の一資料として右の前科等にかかわる事実が公表されたときは、これを違法というべきものではない(最高裁昭和37年(オ)第815号同41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号118頁参照)。
 そして、ある者の前科等にかかわる事実が実名を使用して著作物で公表された場合に、以上の諸点を判断するためには、その著作物の目的、性格等に照らし、実名を使用することの意義及び必要性を併せ考えることを要するというべきである。
 要するに、前科等にかかわる事実については、これを公表されない利益が法的保護に値する場合があると同時に、その公表が許されるべき場合もあるのであって、ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して著作物で公表したことが不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるものといわなければならない。なお、このように解しても、著作者の表現の自由を不当に制限するものではない。けだし、表現の自由は、十分に尊重されなければならないものであるが、常に他の基本的人権に優越するものではなく、前科等にかかわる事実を公表することが憲法の保障する表現の自由の範囲内に属するものとして不法行為責任を追求される余地がないものと解することはできないからである。この理は、最高裁昭和28年(オ)第1214号同31年7月4日大法廷判決・民集10巻7号785頁の趣旨に徴しても明らかであり、原判決の違憲をいう論旨を採用することはできない。
 そこで、以上の見地から本件をみると、まず、本件事件及び本件裁判から本件著作が刊行されるまでに12年余の歳月を経過しているが、その間、被上告人が社会復帰に努め、新たな生活環境を形成していた事実に照らせば、被上告人は、その前科にかかわる事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有していたことは明らかであるといわなければならない。しかも、被上告人は、地元を離れて大都会の中で無名の1市民として生活していたのであって、公的立場にある人物のようにその社会的活動に対する批判ないし評価の1資料として前科にかかわる事実の公表を受忍しなければならない場合ではない。…本件著作は、被上告人ら4名に対してされた陪審の答申と当初の公訴事実との間に大きな相違があり、また、言い渡された刑が陪審の答申した事実に対する量刑として重いという印象を強く与えるものではあるが、被上告人が本件事件 に全く無関係であったとか、被上告人ら4名の行為が正当防衛であったとかいう意味において、その無実を訴えたものであると解することはできない。以上を総合して考慮すれば、本件著作が刊行された当時、被上告人は、その前科にかかわる事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有していたところ、本件著作において、上告人が被上告人の実名を使用して右の事実を公表したことを正当とするまでの理由はないといわなければならない。そして、上告人が本件著作で被上告人の実名を使用すれば、その前科にかかわる事実を公表する結果になることは必至であって、実名使用の是非を上告人が判断し得なかったものとは解されないから、上告人は、被上告人に対する不法行為責任を免れないものというべきである。」
過去問・解説
(R5 予備 第2問 イ)
ある者が刑事事件について被疑者とされ、被告人として公訴提起されて有罪判決を受け、服役した事実は、その者の名誉あるいは信用に直接に関わる事項であり、その者は、みだりに上記の前科等に関わる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有すると考えられ、この点は、前科等に関わる事実の公表が公的機関によるものであっても、私人又は私的団体によるものであっても違いはない。

(正答)  

(解説)
ノンフィクション「逆転」事件判決(最判平6.2.8)は、「ある者が刑事事件につき被疑者とされ、さらには被告人として公訴を提起されて判決を受け、とりわけ有罪判決を受け、服役したという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であるから、その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべきである…。この理は、右の前科等にかかわる事実の公表が公的機関によるものであっても、私人又は私的団体によるものであっても変わるものではない。」としている。
総合メモ
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