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行政法 通商産業大臣が石炭鉱山におけるじん肺発生防止のための鉱山保安法上の保安規制の権限を行使しなかったこと 最三小判平成16年4月27日
概要
国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である。
判例
事案:炭坑で粉じん作業に従事し、じん肺に罹患したと主張する者又はその承継人であるXらが、国に対し、鉱山保安法に基づく規制権限を行使することを怠ったことが違法であるなどと主張して、国家賠償を求めた事案において、通商産業大臣が石炭鉱山におけるじん肺発生防止のための鉱山保安法上の保安規制の権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法となるかが問題となった。
判旨:「国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である…。
これを本件についてみると、鉱山保安法は、鉱山労働者に対する危害の防止等をその目的とするものであり(1条)、鉱山における保安、すなわち、鉱山労働者の労働災害の防止等に関しては、同法のみが適用され、労働安全衛生法は適用されないものとされており(同法115条1項)、鉱山保安法は、職場における労働者の安全と健康を確保すること等を目的とする労働安全衛生法の特別法としての性格を有する。そして、鉱山保安法は、鉱業権者は、粉じん等の処理に伴う危害又は鉱害の防止のため必要な措置を講じなければならないものとし(4条2号)、同法30条は、鉱業権者が同法4条の規定によって講ずべき具体的な保安措置を省令に委任しているところ、同法30条が省令に包括的に委任した趣旨は、規定すべき鉱業権者が講ずべき保安措置の内容が、多岐にわたる専門的、技術的事項であること、また、その内容を、できる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正していくためには、これを主務大臣にゆだねるのが適当であるとされたことによるものである。
同法の目的、上記各規定の趣旨にかんがみると、同法の主務大臣であった通商産業大臣の同法に基づく保安規制権限、特に同法30条の規定に基づく省令制定権限は、鉱山労働者の労働環境を整備し、その生命、身体に対する危害を防止し、その健康を確保することをその主要な目的として、できる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正すべく、適時にかつ適切に行使されるべきものである。
前記の事実関係によれば、次のことが明らかである。
労働省が昭和30年9月から昭和32年3月にかけて実施した大規模なけい肺健康診断の結果により、昭和34年ころには、全有所見者の約30%、1万人を超える炭鉱労働者の有所見者が存在することなど、炭坑労働者のじん肺り患の実情が相当深刻なものであることが明らかになっていた。
じん肺に関する医学的知見に関しては、けい肺審議会医学部会が、昭和34年9月、じん肺に関する当時の医学的知見に基づき、炭じん等のあらゆる種類の粉じんの吸入によるじん肺発症の可能性、危険性を肯定し、その症状が高度なものとなった場合の健康被害の重大性を指摘した上で、けい肺の原因となる遊離けい酸を含有する粉じんに限定せず、あらゆる種類の粉じんに対する被害の予防と健康管理の必要性を指摘する旨の意見を公表した。
上記のとおり、炭鉱労働者のじん肺り患の深刻な実情が明らかとなり、じん肺に関する上記医学部会の意見が公表されたことから、けい肺に限定していた従来のじん肺に関する施策を根本的に見直す必要があると認識されるようになり、政府は、昭和34年12月、上記医学部会の意見に基づくけい肺審議会の答申を受けて、じん肺法案を国会に提出したが、同法案は、じん肺を、遊離けい酸を含有する粉じんの吸入によるけい肺に限定せず、炭じん等の鉱物性粉じんの吸入によって生じたものを広く含むものとして定義し、これを同法による施策の対象とするものであった。
じん肺防止のための粉じん対策の要は、粉じんの発生の抑止であるとされているが、昭和30年代初頭までには、さく岩機の湿式型化により粉じんの発生を著しく抑制することができるとの工学的知見が明らかとなっており、また、そのころまでには、軽量の手持型湿式さく岩機が実用に供されるようになっていたことから、遅くとも、昭和35年ころまでには、すべての石炭鉱山における衝撃式さく岩機の湿式型化を図ることに特段の障害はなく、現に、金属鉱山においては、昭和27年9月に金属鉱山等保安規則が改正されて以降、さく岩機の湿式型化は急速に進展し、昭和29年までにはさく岩機の湿式型化率は99.7%を達成していた。
しかるに、石炭鉱山においては、前記のとおり、いわば国策としての強力な石炭増産政策が推進されるなどしてきたのに、上記金属鉱山等保安規則の改正後も、石炭鉱山保安規則によるけい酸質区域指定制度が維持され、その後、前記答申に基づきじん肺法が制定された昭和35年3月以降も、指定の基準も含め、保安規制に関する大きな見直しもされずに、上記制度が存続し、せん孔前の散水、衝撃式さく岩機の湿式型化を義務付ける旨の保安規制が、一般的な保安規制に改められたのは、昭和61年11月であった。そのため、石炭鉱山においては、その大部分を占める非指定坑におけるさく岩機の湿式型化率、せん孔前の散水実施率は極めて低い状態で推移したのであり、じん肺防止対策の実施状況は、一般的な粉じん対策も含めて、極めて不十分なものであった。
以上の諸点に照らすと、通商産業大臣は、遅くとも、昭和35年3月31日のじん肺法成立の時までに、前記のじん肺に関する医学的知見及びこれに基づくじん肺法制定の趣旨に沿った石炭鉱山保安規則の内容の見直しをして、石炭鉱山においても、衝撃式さく岩機の湿式型化やせん孔前の散水の実施等の有効な粉じん発生防止策を一般的に義務付ける等の新たな保安規制措置を執った上で、鉱山保安法に基づく監督権限を適切に行使して、上記粉じん発生防止策の速やかな普及、実施を図るべき状況にあったというべきである。そして、上記の時点までに、上記の保安規制の権限(省令改正権限等)が適切に行使されていれば、それ以降の炭坑労働者のじん肺の被害拡大を相当程度防ぐことができたものということができる。
本件における以上の事情を総合すると、昭和35年4月以降、鉱山保安法に基づく上記の保安規制の権限を直ちに行使しなかったことは、その趣旨、目的に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。」
判旨:「国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である…。
これを本件についてみると、鉱山保安法は、鉱山労働者に対する危害の防止等をその目的とするものであり(1条)、鉱山における保安、すなわち、鉱山労働者の労働災害の防止等に関しては、同法のみが適用され、労働安全衛生法は適用されないものとされており(同法115条1項)、鉱山保安法は、職場における労働者の安全と健康を確保すること等を目的とする労働安全衛生法の特別法としての性格を有する。そして、鉱山保安法は、鉱業権者は、粉じん等の処理に伴う危害又は鉱害の防止のため必要な措置を講じなければならないものとし(4条2号)、同法30条は、鉱業権者が同法4条の規定によって講ずべき具体的な保安措置を省令に委任しているところ、同法30条が省令に包括的に委任した趣旨は、規定すべき鉱業権者が講ずべき保安措置の内容が、多岐にわたる専門的、技術的事項であること、また、その内容を、できる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正していくためには、これを主務大臣にゆだねるのが適当であるとされたことによるものである。
同法の目的、上記各規定の趣旨にかんがみると、同法の主務大臣であった通商産業大臣の同法に基づく保安規制権限、特に同法30条の規定に基づく省令制定権限は、鉱山労働者の労働環境を整備し、その生命、身体に対する危害を防止し、その健康を確保することをその主要な目的として、できる限り速やかに、技術の進歩や最新の医学的知見等に適合したものに改正すべく、適時にかつ適切に行使されるべきものである。
前記の事実関係によれば、次のことが明らかである。
労働省が昭和30年9月から昭和32年3月にかけて実施した大規模なけい肺健康診断の結果により、昭和34年ころには、全有所見者の約30%、1万人を超える炭鉱労働者の有所見者が存在することなど、炭坑労働者のじん肺り患の実情が相当深刻なものであることが明らかになっていた。
じん肺に関する医学的知見に関しては、けい肺審議会医学部会が、昭和34年9月、じん肺に関する当時の医学的知見に基づき、炭じん等のあらゆる種類の粉じんの吸入によるじん肺発症の可能性、危険性を肯定し、その症状が高度なものとなった場合の健康被害の重大性を指摘した上で、けい肺の原因となる遊離けい酸を含有する粉じんに限定せず、あらゆる種類の粉じんに対する被害の予防と健康管理の必要性を指摘する旨の意見を公表した。
上記のとおり、炭鉱労働者のじん肺り患の深刻な実情が明らかとなり、じん肺に関する上記医学部会の意見が公表されたことから、けい肺に限定していた従来のじん肺に関する施策を根本的に見直す必要があると認識されるようになり、政府は、昭和34年12月、上記医学部会の意見に基づくけい肺審議会の答申を受けて、じん肺法案を国会に提出したが、同法案は、じん肺を、遊離けい酸を含有する粉じんの吸入によるけい肺に限定せず、炭じん等の鉱物性粉じんの吸入によって生じたものを広く含むものとして定義し、これを同法による施策の対象とするものであった。
じん肺防止のための粉じん対策の要は、粉じんの発生の抑止であるとされているが、昭和30年代初頭までには、さく岩機の湿式型化により粉じんの発生を著しく抑制することができるとの工学的知見が明らかとなっており、また、そのころまでには、軽量の手持型湿式さく岩機が実用に供されるようになっていたことから、遅くとも、昭和35年ころまでには、すべての石炭鉱山における衝撃式さく岩機の湿式型化を図ることに特段の障害はなく、現に、金属鉱山においては、昭和27年9月に金属鉱山等保安規則が改正されて以降、さく岩機の湿式型化は急速に進展し、昭和29年までにはさく岩機の湿式型化率は99.7%を達成していた。
しかるに、石炭鉱山においては、前記のとおり、いわば国策としての強力な石炭増産政策が推進されるなどしてきたのに、上記金属鉱山等保安規則の改正後も、石炭鉱山保安規則によるけい酸質区域指定制度が維持され、その後、前記答申に基づきじん肺法が制定された昭和35年3月以降も、指定の基準も含め、保安規制に関する大きな見直しもされずに、上記制度が存続し、せん孔前の散水、衝撃式さく岩機の湿式型化を義務付ける旨の保安規制が、一般的な保安規制に改められたのは、昭和61年11月であった。そのため、石炭鉱山においては、その大部分を占める非指定坑におけるさく岩機の湿式型化率、せん孔前の散水実施率は極めて低い状態で推移したのであり、じん肺防止対策の実施状況は、一般的な粉じん対策も含めて、極めて不十分なものであった。
以上の諸点に照らすと、通商産業大臣は、遅くとも、昭和35年3月31日のじん肺法成立の時までに、前記のじん肺に関する医学的知見及びこれに基づくじん肺法制定の趣旨に沿った石炭鉱山保安規則の内容の見直しをして、石炭鉱山においても、衝撃式さく岩機の湿式型化やせん孔前の散水の実施等の有効な粉じん発生防止策を一般的に義務付ける等の新たな保安規制措置を執った上で、鉱山保安法に基づく監督権限を適切に行使して、上記粉じん発生防止策の速やかな普及、実施を図るべき状況にあったというべきである。そして、上記の時点までに、上記の保安規制の権限(省令改正権限等)が適切に行使されていれば、それ以降の炭坑労働者のじん肺の被害拡大を相当程度防ぐことができたものということができる。
本件における以上の事情を総合すると、昭和35年4月以降、鉱山保安法に基づく上記の保安規制の権限を直ちに行使しなかったことは、その趣旨、目的に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法というべきである。」
過去問・解説
(H20 司法 第21問 ア)
規制権限の不行使は、当該権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、違法となるものと解するのが相当である。
規制権限の不行使は、当該権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、違法となるものと解するのが相当である。
(正答)〇
(解説)
判例(最判平16.4.27)は、「国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である…。」としている。
判例(最判平16.4.27)は、「国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である…。」としている。
(H29 予備 第22問 ア)
国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法第1条第1項の適用上違法となる。
国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法第1条第1項の適用上違法となる。
(正答)〇
(解説)
判例(最判平16.4.27)は、「国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である…。」としている。
判例(最判平16.4.27)は、「国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使により被害を受けた者との関係において、国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解するのが相当である…。」としている。