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手続的権利と人身の自由

成田新法事件 最大判平成4年7月1日

概要
東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(いわゆる「成田新法」)において、工作物使用禁止命令をするに当たり、その相手方に対し事前に告知、弁解、防御の機会を与える旨の規定がないことは、憲法31条の法意に反しない。
判例
事案:成田新法に基づく使用禁止命令(行政上の不利益処分)を発する際に相手方に対し事前の告知・弁解・防御の機会を与える必要があるかどうかが争点の1つとして問題になった。

判旨:「憲法31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。
 本法3条1項に基づく工作物使用禁止命令により制限される権利利益の内容、性質は、前記のとおり当該工作物の三態様における使用であり、右命令により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等は、前記のとおり、新空港の設置、管理等の安全という国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からその確保が極めて強く要請されているものであって、高度かつ緊急の必要性を有するものであることなどを総合較量すれば、右命令をするに当たり、その相手方に対し事前に告知、弁解、防御の機会を与える旨の規定がなくても、本法3条1項が憲法31条の法意に反するものということはできない。」
過去問・解説
(H18 司法 第1問 イ)
憲法第31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続についても同条の保障が及ぶと解すべき場合があり、その場合には行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えることが必要である。

(正答)  

(解説)
成田新法事件判決(最大判平4.7.1)は、「憲法31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない」としつつ、「同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である」とした。したがって、「行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えることが必要である」とする点で、本肢は誤っている。

(H30 予備 第7問 ア)
憲法第31条は「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と定めるところ、同条の定める法定手続の保障が及ぶと解すべき行政手続であっても、常に必ず、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えることを必要とするものではないと解される。

(正答)  

(解説)
成田新法事件判決(最大判平4.7.1)は、「憲法31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない」としつつ、「同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である」とした。したがって、常に必ず、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えることを必要とするものではない。

(R4 司法 第9問 ア)
憲法第31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続にも及ぶと解すべき場合があり、その場合には行政処分の相手方に常に事前の告知、弁解、防御の機会を与える必要がある。

(正答)  

(解説)
成田新法事件判決(最大判平4.7.1)は、「憲法31条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない」としつつ、「同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である」とした。したがって、「行政処分の相手方に常に事前の告知、弁解、防御の機会を与える必要がある」とする点で、本肢は誤っている。
総合メモ

第三者所有物没収事件 最大判昭和37年11月28日

概要
①関税法第118条1項(旧関税法第83条1項)の規定により第三者の所有物を没収することは、憲法31条、29条に違反する。
②かかる没収の言渡しを受けた被告人は、たとえ第三者の所有物に関する場合であっても、これを違憲として上告することができる。
判例
事案:被告人は、関税法111条2項違反の密輸出未遂で有罪判決を受け、附加刑として同法118条1項により第三者の所有にかかる船・積載貨物の没収を言い渡されたところ、告知・弁解・防御の機会を与えることなく船・積載貨物の没収を行うことは、憲法29条1項に違反すると主張した。

判旨:「旧関税法…83条1項の規定による没収は、同項所定の犯罪に関係ある船舶、貨物等で犯人の所有または占有するものにつき、その所有権を剥奪して国庫に帰属せしめる処分であつて、被告人以外の第三者が所有者である場合においても、被告人に対する附加刑としての没収の言渡により、当該第三者の所有権剥奪の効果を生ずる趣旨であると解するのが相当である。
 しかし、第三者の所有物を没収する場合において、その没収に関して当該所有者に対し、何ら告知、弁解、防禦の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは、著しく不合理であつて、憲法の容認しないところであるといわなければならない。けだし、憲法29条1項は、財産権は、これを侵してはならないと規定し、また同31条は、何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられないと規定しているが、前記第三者の所有物の没収は、被告人に対する附加刑として言い渡され、その刑事処分の効果が第三者に及ぶものであるから、所有物を没収せられる第三者についても、告知、弁解、防禦の機会を与えることが必要であつて、これなくして第三者の所有物を没収することは、適正な法律手続によらないで、財産権を侵害する制裁を科するに外ならないからである。そして、このことは、右第三者に、事後においていかなる権利救済の方法が認められるかということとは、別個の問題である。然るに、旧関税法83条1項は、同項所定の犯罪に関係ある船舶、貨物等が被告人以外の第三者の所有に属する場合においてもこれを没収する旨規定しながら、その所有者たる第三者に対し、告知、弁解、防禦の機会を与えるべきことを定めておらず、また刑訴法その他の法令においても、何らかかる手続に関する規定を設けていないのである。従つて、…旧関税法83条1項によつて第三者の所有物を没収することは、憲法31条、29条に違反するものと断ぜざるをえない。
 そして、かかる没収の言渡を受けた被告人は、たとえ第三者の所有物に関する場合であつても、被告人に対する附加刑である以上、没収の裁判の違憲を理由として上告をなしうることは当然である。のみならず、被告人としても没収に係る物の占有権を剥奪され、またはこれが使用、収益をなしえない状態におかれ、更には所有権を剥奪された第三者から賠償請求権等を行使される危険に曝される等、利害関係を有することが明らかであるから、上告によりこれが救済を求めることができるものと解すべきである。これと矛盾する昭和28年(あ)第3026号、同29年(あ)第3655号、各同35年10月19日当裁判所大法廷言渡の判例は、これを変更するを相当と認める。」
過去問・解説
(H29 司法 第9問 ア)
第三者所有物没収事件(最判大昭和37年11月28日)は、被告人以外の第三者の所有物(以下「第三者所有物」という。)を没収する場合において、当該第三者に対し告知、弁解、防御の機会を与えることなくその所有物を没収することは、適正な法律手続によらないで財産権を侵害する制裁を科するに外ならない旨判示した。

(正答)  

(解説)
第三者所有物没収事件判決(最大判昭37.11.28)は、「所有物を没収せられる第三者についても、告知、弁解、防禦の機会を与えることが必要であつて、これなくして第三者の所有物を没収することは、適正な法律手続によらないで、財産権を侵害する制裁を科するに外ならない」としている。

(H29 司法 第9問 イ)
第三者所有物没収事件(最判大昭和37年11月28日)は、被告人に対する附加刑として科される第三者所有物に対する没収の言渡により、当該第三者の占有権が剥奪されるにとどまり、所有権剥奪の効果は生じないことを、その判断の前提としている。

(正答)  

(解説)
第三者所有物没収事判決件(最大判昭37.11.28)は、「第三者の所有物を没收する場合において、その没收に関して当該所有者に対し、何ら告知、弁解、防禦の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは、著しく不合理であつて、憲法の容認しないところであるといわなければならない」としているため、第三者の所有権剥奪効果が生じていることを判断の前提としている。
総合メモ

旭川覚せい剤密売電話傍受事件 最三小決平成11年12月16日

概要
重大な犯罪に係る被疑事件について、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があり、かつ、当該電話により被疑事実に関連する通話の行われる蓋然性があるとともに、電話傍受以外の方法によってはその罪に関する重要かつ必要な証拠を得ることが著しく困難であるなどの事情が存する場合において、電話傍受により侵害される利益の内容、程度を慎重に考慮した上で、なお電話傍受を行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められるときには、法律の定める手続に従ってこれを行うことも憲法上許される。
判例
事案:平成11年法律第138号による刑訴法222条の2の追加前において、氏名不詳の被疑者らに対する覚せい剤取締法違反被疑事件について行われた検証許可状に基づく本件電話傍受について、本件当時捜査の手段として法律上認められておらず、憲法31条、35条、13条、21条2項に違反するかが問題となった。

判旨:「所論は、電話の通話内容を通話当事者双方の同意を得ずに傍受すること(以下「電話傍受」という。)は、本件当時、捜査の手段として法律に定められていない強制処分であるから、それを許可する令状の発付及びこれに基づく電話傍受は、刑訴法197条1項ただし書に規定する強制処分法定主義に反し違法であるのみならず、憲法31条、35条に違反し、ひいては、憲法13条、21条2項に違反すると主張する。
 電話傍受は、通信の秘密を侵害し、ひいては、個人のプライバシーを侵害する強制処分であるが、一定の要件の下では、捜査の手段として憲法上全く許されないものではないと解すべきであって、このことは所論も認めるところである。そして、重大な犯罪に係る被疑事件について、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があり、かつ、当該電話により被疑事実に関連する通話の行われる蓋然性があるとともに、電話傍受以外の方法によってはその罪に関する重要かつ必要な証拠を得ることが著しく困難であるなどの事情が存する場合において、電話傍受により侵害される利益の内容、程度を慎重に考慮した上で、なお電話傍受を行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められるときには、法律の定める手続に従ってこれを行うことも憲法上許されると解するのが相当である。
 そこで、本件当時、電話傍受が法律に定められた強制処分の令状により可能であったか否かについて検討すると、電話傍受を直接の目的とした令状は存していなかったけれども、次のような点にかんがみると、前記の一定の要件を満たす場合に、対象の特定に資する適切な記載がある検証許可状により電話傍受を実施することは、本件当時においても法律上許されていたものと解するのが相当である。」
過去問・解説
(R6 司法 第5問 イ)
電話傍受は、憲法第21条第2項後段の定める通信の秘密を侵害し、ひいては個人のプライバシーを侵害する強制処分であるが、一定の要件の下では、捜査の手段として憲法上全く許されないものではなく、法律の定める手続に従って電話傍受を行うことも、憲法上許される。

(正答)  

(解説)
旭川覚せい剤密売電話傍受事件決定(最決平11.12.16)は、平成11年刑訴法222条の2の追加前の事案において、「重大な犯罪に係る被疑事件について、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる十分な理由があり、かつ、当該電話により被疑事実に関連する通話の行われる蓋然性があるとともに、電話傍受以外の方法によってはその罪に関する重要かつ必要な証拠を得ることが著しく困難であるなどの事情が存する場合において、電話傍受により侵害される利益の内容、程度を慎重に考慮した上で、なお電話傍受を行うことが犯罪の捜査上真にやむを得ないと認められるときには、法律の定める手続に従ってこれを行うことも憲法上許されると解するのが相当である。」としている。
総合メモ

法廷等の秩序維持のための監置決定及び拘束 最大判昭和33年10月15日

概要
法廷等の秩序維持に関する法律第2条に基づく監置決定および同法第3条第2項による拘束は、憲法32条、第33条、第34条及び第37条に違反するものではない。
判例
事案:Xは、法廷等の秩序維持に関する法律2条に基づく監置決定及び監置のための保全処置としての拘束は憲法32条、33条、34条、37条を無視し、右全条又はその各条項に違反してXに対してその身体の自由を拘束し、実質上刑罰または拘禁、抑留を課したものであって、違憲無効の決定処置であることを主張した。

判旨:「本法の目的とするところが、法廷等の秩序を維持し、裁判の威信を保持することに存し、そしてこのことが民主社会における法の権威確保のために必要であることは、本法1条によつて明らかにされているところである。日本国憲法の理念とする民主主義は、恣意と暴力を排斥して社会における法の支配を確立することによつて、はじめてその実現を期待することができる。法の支配こそは民主主義の程度をト知する尺度であるというも過言ではない。この故に民主主義の発達したいずれの社会においても、法の権威が大に尊重され、法を実現する裁判の威信が周到に擁護され、とくに一部の国々においては久しきにわたる伝統として、裁判所の権威を失墜させ、司法の正常な運営を阻害するようないわゆる「裁判所侮辱」の行為に対して、厳重な制裁を科してきたのである。
 本法が制定された趣旨も要するに以上述べたところに帰着する。これと趣旨を同じくする制度はわが国においてもかつて存在しなかつたわけではないが(裁判所構成法109条参照)、旧制度に比して、司法の地位を著しく高めた日本国憲法の下において本法の制定を見たのはきわめて当然だといわなければならない。
 この法によつて裁判所に属する権限は、直接憲法の精神、つまり司法の使命とその正常、適正な運営の必要に由来するものである。それはいわば司法の自己保存、正当防衛のために司法に内在する権限、司法の概念から当然に演繹される権限と認めることができる。従つてそれを厳格適正に行使することは、裁判官の権限たると同時に、その職務上の義務に属するのである。
 この権限は上述のごとく直接憲法の精神に基礎を有するものであり、そのいずれかの法条に根拠をおくものではない。それは法廷等の秩序を維持し、裁判の威信を保持し、以て民主社会における法の権威を確保することが、最も重要な公共の福祉の要請の一であることに由来するものである。
 本法による制裁は従来の刑事的行政的処罰のいずれの範疇にも属しないところの、本法によつて設定された特殊の処罰である。そして本法は、裁判所または裁判官の面前その他直接に知ることができる場所における言動つまり現行犯的行為に対し裁判所または裁判官自体によつて適用されるものである。従つてこの場合は令状の発付、勾留理由の開示、訴追、弁護人依頼権等刑事裁判に関し憲法の要求する諸手続の範囲外にあるのみならず、またつねに証拠調を要求されていることもないのである。かような手続による処罰は事実や法律の問題が簡単明瞭であるためであり、これによつて被処罰者に関し憲法の保障する人権が侵害されるおそれがない。なお損われた裁判の威信の回復は迅速になされなければ十分実効を挙げ得ないから、かような手続は迅速性の要求にも適うものである。
 以上の理由からして、本法2条による監置決定が憲法32条、33条、34条、37条に違反するものとする抗告人の主張はこれを採用することができない。」
過去問・解説
(H18 司法 第1問 エ)
法廷等の秩序維持に関する法律による制裁は従来の刑事的行政的処罰のいずれの範ちゅうにも属しないところの、同法によって設定された特殊の処罰であるが、その制裁は、通常の刑事裁判に関して憲法が要求する諸手続の範囲内において、これに準拠して科されるべきものである。

(正答)  

(解説)
判決(最大判昭33.10.15)は、「本法…による制裁は従来の刑事的行政的処罰のいずれの範疇にも属しないところの、本法によつて設定された特殊の処罰である」とする一方で、「令状の発付、勾留理由の開示、訴追、弁護人依頼権等刑事裁判に関し憲法の要求する諸手続の範囲外にあるのみならず、またつねに証拠調を要求されていることもないのである」としている。本肢は、「制裁は、通常の刑事裁判に関して憲法が要求する諸手続の範囲内において、これに準拠して科されるべきものである」とする点において、誤っている。
総合メモ

接見指定の合憲性 最大判平成11年3月24日

概要
刑訴法39条3項本文で定められている接見指定制度は、憲法34条前段、37条3項、38条1項に違反しない。
判例
事案:刑訴法39条3項本文で定められている接見指定制度は、憲法34条前段、37条3項、38条1項に反しないかが問題となった。

判旨:「 1 憲法34条前段は、「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。」と定める。この弁護人に依頼する権利は、身体の拘束を受けている被疑者が、拘束の原因となっている嫌疑を晴らしたり、人身の自由を回復するための手段を講じたりするなど自己の自由と権利を守るため弁護人から援助を受けられるようにすることを目的とするものである。したがって、右規定は、単に被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨害してはならないというにとどまるものではなく、被疑者に対し、弁護人を選任した上で、弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障しているものと解すべきである。
 刑訴法39条1項が、「身体の拘束を受けている被告人又は被疑者は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(弁護士でない者にあつては、第31条第2項の許可があつた後に限る。)と立会人なくして接見し,又は書類若しくは物の授受をすることができる。」として、被疑者と弁護人等との接見交通権を規定しているのは、憲法34条の右の趣旨にのっとり、身体の拘束を受けている被疑者が弁護人等と相談し、その助言を受けるなど弁護人等から援助を受ける機会を確保する目的で設けられたものであり、その意味で、刑訴法の右規定は、憲法の保障に由来するものであるということができる…。
 2 もっとも、憲法は、刑罰権の発動ないし刑罰権発動のための捜査権の行使が国家の権能であることを当然の前提とするものであるから、被疑者と弁護人等との接見交通権が憲法の保障に由来するからといって、これが刑罰権ないし捜査権に絶対的に優先するような性質のものということはできない。そして、捜査権を行使するためには、身体を拘束して被疑者を取り調べる必要が生ずることもあるが、憲法はこのような取調べを否定するものではないから、接見交通権の行使と捜査権の行使との間に合理的な調整を図らなければならない。憲法34条は、身体の拘束を受けている被疑者に対して弁護人から援助を受ける機会を持つことを保障するという趣旨が実質的に損なわれない限りにおいて、法律に右の調整の規定を設けることを否定するものではないというべきである。 
 3 ところで、刑訴法39条は、前記のように一項において接見交通権を規定する一方、3項本文において、「検察官、検察事務官又は司法警察職員(司法警察員及び司法巡査をいう。以下同じ。)は、捜査のため必要があるときは、公訴の提起前に限り、第1項の接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができる。」と規定し、接見交通権の行使につき捜査機関が制限を加えることを認めている。この規定は、刑訴法において身体の拘束を受けている被疑者を取り調べることが認められていること(198条1項)、被疑者の身体の拘束については刑訴法上最大でも23日間(内乱罪等に当たる事件については28日間)という厳格な時間的制約があること(203条から205条まで、208条、208条の2参照)などにかんがみ、被疑者の取調べ等の捜査の必要と接見交通権の行使との調整を図る趣旨で置かれたものである。そして、刑訴法39条3項ただし書は、「但し、その指定は、被疑者が防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならない。」と規定し、捜査機関のする右の接見等の日時等の指定は飽くまで必要やむを得ない例外的措置であって、被疑者が防御の準備をする権利を不当に制限することは許されない旨を明らかにしている。
 このような刑訴法39条の立法趣旨、内容に照らすと、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申出があったときは、原則としていつでも接見等の機会を与えなければならないのであり、同条3項本文にいう「捜査のため必要があるとき」とは、右接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られ、右要件が具備され、接見等の日時等の指定をする場合には、捜査機関は、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければならないものと解すべきである。そして、弁護人等から接見等の申出を受けた時に、捜査機関が現に被疑者を取調べ中である場合や実況見分、検証等に立ち会わせている場合、また、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などは、原則として右にいう取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に当たると解すべきである…。
 なお、所論は、憲法38条1項が何人も自己に不利益な供述を強要されない旨を定めていることを根拠に、逮捕、勾留中の被疑者には捜査機関による取調べを受忍する義務はなく、刑訴法198条1項ただし書の規定は、それが逮捕、勾留中の被疑者に対し取調べ受忍義務を定めているとすると違憲であって、被疑者が望むならいつでも取調べを中断しなければならないから、被疑者の取調べは接見交通権の行使を制限する理由にはおよそならないという。しかし、身体の拘束を受けている被疑者に取調べのために出頭し、滞留する義務があると解することが、直ちに被疑者からその意思に反して供述することを拒否する自由を奪うことを意味するものでないことは明らかであるから、この点についての所論は、前提を欠き、採用することができない。
 4 以上のとおり、刑訴法は、身体の拘束を受けている被疑者を取り調べることを認めているが、被疑者の身体の拘束を最大でも23日間(又は28日間)に制限しているのであり、被疑者の取調べ等の捜査の必要と接見交通権の行使との調整を図る必要があるところ、(一)刑訴法39条3項本文の予定している接見等の制限は、弁護人等からされた接見等の申出を全面的に拒むことを許すものではなく、単に接見等の日時を弁護人等の申出とは別の日時とするか、接見等の時間を申出より短縮させることができるものにすぎず、同項が接見交通権を制約する程度は低いというべきである。また、前記のとおり、(二)捜査機関において接見等の指定ができるのは、弁護人等から接見等の申出を受けた時に現に捜査機関において被疑者を取調べ中である場合などのように、接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られ、しかも、(三)右要件を具備する場合には、捜査機関は、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければならないのである。このような点からみれば、刑訴法39条4項本文の規定は、憲法34条前段の弁護人依頼権の保障の趣旨を実質的に損なうものではないというべきである。
 なお、刑訴法39条3項本文が被疑者側と対立する関係にある捜査機関に接見等の指定の権限を付与している点も、刑訴法430条1項及び2項が、捜査機関のした39条3項の処分に不服がある者は、裁判所にその処分の取消し又は変更を請求することができる旨を定め、捜査機関のする接見等の制限に対し、簡易迅速な司法審査の道を開いていることを考慮すると、そのことによって39条3項本文が違憲であるということはできない。」
過去問・解説
(R5 共通 第9問 ア)
憲法第34条前段の弁護人依頼権の規定は、単に被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨害してはならないというにとどまるものではなく、弁護人から援助を受ける機会を実質的に保障しているものと解すべきであり、刑事訴訟法第39条第1項の接見交通権は、憲法第34条の趣旨にのっとり設けられたものである。

(正答)  

(解説)
判例(最大判平11.3.24)は、「憲法34条前段は、「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。」と定める。この弁護人に依頼する権利は、身体の拘束を受けている被疑者が、拘束の原因となっている嫌疑を晴らしたり、人身の自由を回復するための手段を講じたりするなど自己の自由と権利を守るため弁護人から援助を受けられるようにすることを目的とするものである。したがって、右規定は、単に被疑者が弁護人を選任することを官憲が妨害してはならないというにとどまるものではなく、被疑者に対し、弁護人を選任した上で、弁護人に相談し、その助言を受けるなど弁護人から援助を受ける機会を持つことを実質的に保障しているものと解すべきである。」としている。
総合メモ

川崎民商事件 最大判昭和47年11月22日

概要
①旧所得税法70条10号・63条に規定する検査があらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといって、憲法35条の法意に反するものではない。
②旧所得税法70条10号、12号、63条の検査、質問は、憲法38条1項にいう「自己に不利益な供述」を強要するものではない。
判例
事案:旧所得税法63条に基づく収税官吏の質問・検査について裁判所の令状(憲法35条1項)を要するかと、黙秘権の保障(憲法38条1項)が及ぶかという点が問題になった。

判旨①「所論のうち、憲法35条違反をいう点は、旧所得税法70条10号、63条の規定が裁判所の令状なくして強制的に検査することを認めているのは違憲である旨の主張である。
 たしかに、旧所得税法70条10号の規定する検査拒否に対する罰則は、同法63条所定の収税官吏による当該帳簿等の検査の受忍をその相手方に対して強制する作用を伴なうものであるが、同法63条所定の収税官吏の検査は、もつぱら、所得税の公平確実な賦課徴収のために必要な資料を収集することを目的とする手続であつて、その性質上、刑事責任の追及を目的とする手続ではない、
 また、右検査の結果過少申告の事実が明らかとなり、ひいて所得税逋脱の事実の発覚にもつながるという可能性が考えられないわけではないが、そうであるからといつて、右検査が、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものと認めるべきことにはならない。けだし、この場合の検査の範囲は、前記の目的のため必要な所得税に関する事項にかぎられており、また、その検査は、同条各号に列挙されているように、所得税の賦課徴収手続上一定の関係にある者につき、その者の事業に関する帳簿その他の物件のみを対象としているのであつて、所得税の逋脱その他の刑事責任の嫌疑を基準に右の範囲が定められているのではないからである。
 さらに、この場合の強制の態様は、収税官吏の検査を正当な理由がなく拒む者に対し、同法70条所定の刑罰を加えることによつて、間接的心理的に右検査の受忍を強制しようとするものであり、かつ、右の刑罰が行政上の義務違反に対する制裁として必ずしも軽微なものとはいえないにしても、その作用する強制の度合いは、それが検査の相手方の自由な意思をいちじるしく拘束して、実質上、直接的物理的な強制と同視すべき程度にまで達しているものとは、いまだ認めがたいところである。国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現するために収税官吏による実効性のある検査制度が欠くべからざるものであることは、何人も否定しがたいものであるところ、その目的、必要性にかんがみれば、右の程度の強制は、実効性確保の手段として、あながち不均衡、不合理なものとはいえないのである。
 憲法35条1項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。しかしながら、前に述べた諸点を総合して判断すれば、旧所得税法70条10号、63条に規定する検査は、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといつて、これを憲法35条の法意に反するものとすることはできず、前記規定を違憲であるとする所論は、理由がない。」
 ②「所論のうち、憲法38条違反をいう点は、旧所得税法70条10号、12号、63条の規定に基づく検査、質問の結果、所得税逋脱(旧所得税法69条)の事実が明らかになれば、税務職員は右の事実を告発できるのであり、右検査、質問は、刑事訴追をうけるおそれのある事項につき供述を強要するもので違憲である旨の主張である。
 しかし、同法70条10号、63条に規定する検査が、もつぱら所得税の公平確実な賦課徴収を目的とする手続であつて、刑事責任の追及を目的とする手続ではなく、また、そのための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもないこと、および、このような検査制度に公益上の必要性と合理性の存することは、前示のとおりであり、これらの点については、同法70条12号、63条に規定する質問も同様であると解すべきである。そして、憲法38条1項の法意が、何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものであると解すべきことは、当裁判所大法廷の判例(昭和27年(あ)第838号同32年2月20日判決・刑集11巻2号802頁)とするところであるが、右規定による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする。しかし、旧所得税法70条10号、12号、63条の検査、質問の性質が上述のようなものである以上、右各規定そのものが憲法38条1項にいう「自己に不利益な供述」を強要するものとすることはできず、この点の所論も理由がない。
 なお、憲法35条、38条1項に関して右に判示したところによつてみれば、右各条項が刑事手続に関する規定であつて直ちに行政手続に適用されるものではない旨の原判断は、右各条項についての解釈を誤つたものというほかはないのであるが、旧所得税法70条10号、63条の規定が、憲法35条、38条1項との関係において違憲とはいえないとする原判決の結論自体は正当であるから、この点の憲法解釈の誤りが判決に影響を及ぼさないことは、明らかである。」
過去問・解説
(H30 予備 第7問 イ)
憲法第35条第1項は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、刑事責任追及を目的とする手続においてばかりでなく、それ以外の手続においても、同項による保障が等しく及ぶと解される。

(正答)  

(解説)
川崎民商事件判決(最判昭47.11.22)は、 「憲法35条1項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。」とする一方で、「しかしながら、前に述べた諸点を総合して判断すれば、旧所得税法70条10号、63条に規定する検査は、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといつて、これを憲法35条の法意に反するものとすることはでき…ない。」としている。本肢は、「刑事責任追及を目的とする手続においてばかりでなく、それ以外の手続においても、同項による保障が等しく及ぶと解される。」としている点において、誤っている。
総合メモ

国税犯則取締法事件 最大判昭和30年4月27日

概要
国税犯則取締法第3条1項が司法官憲によらず、また、司法官憲の発した令状によらずその犯行の現場において捜索・押収等をなし得べきことを規定していることは、憲法第35条に違反しない。
判例
事案:国税犯則取締法第3条1項が司法官憲によらず、また、司法官憲の発した令状によらずその犯行の現場において捜索・押収等をなし得べきことを規定していることは、憲法第35条に違反するかが問題となった。

判旨:「憲法35条は同法33条の場合を除外して住居、書類及び所持品につき侵入、捜索及び押収を受けることのない権利を保障している。この法意は同法33条による不逮捕の保障の存しない場合においては捜索押収等を受けることのない権利も亦保障されないことを明らかにしたものなのである。然るに右33条は現行犯の場合にあつては同条所定の令状なくして逮捕されてもいわゆる不逮捕の保障には係りなきことを規定しているのであるから、同35条の保障も亦現行犯の場合には及ばないものといわざるを得ない。それ故少くとも現行犯の場合に関する限り、法律が司法官憲によらずまた司法官憲の発した令状によらずその犯行の現場において捜索、押収等をなし得べきことを規定したからとて、立法政策上の当否の問題に過ぎないのであり、憲法35条違反の問題を生ずる余地は存しないのである。」
過去問・解説
(H18 司法 第1問 ウ)
憲法第35条は同法第33条の場合を除外しているから、少なくとも現行犯の場合に関する限り、法律が司法官憲の発した令状によらずにその犯行の現場において捜索押収等をなし得べきことを規定したからといって、憲法第35条違反の問題を生じる余地はない。

(正答)  

(解説)
国税犯則取締法事件判決(最大判昭30.4.27)は、「憲法…33条は現行犯の場合にあつては同条所定の令状なくして逮捕されてもいわゆる不逮捕の保障には係りなきことを規定しているのであるから、同35条の保障も亦現行犯の場合には及ばないものといわざるを得ない。それ故少くとも現行犯の場合に関する限り、法律が司法官憲によらずまた司法官憲の発した令状によらずその犯行の現場において捜索、押収等をなし得べきことを規定したからとて、立法政策上の当否の問題に過ぎないのであり、憲法35条違反の問題を生ずる余地は存しないのである」としている。

(R5 共通 第9問 イ)
憲法第35条の下で令状なく住居に侵入し捜索・押収ができるのは、裁判官が発した令状による逮捕の場合、現行犯逮捕の場合及び緊急逮捕の場合に限られ、現行犯として逮捕する要件は備わっていたが、現実には逮捕しない場合は含まれない。

(正答)  

(解説)
国税犯則取締法事件判決(最大判昭30.4.27)は、「憲法35条は同法33条の場合を除外して住居、書類及び所持品につき侵入、捜索及び押収を受けることのない権利を保障している。この法意は同法33条による不逮捕の保障の存しない場合においては捜索押収等を受けることのない権利も亦保障されないことを明らかにしたものなのである」としている。すなわち、33条の場合は令状なくして住居に侵入し捜索・押収ができる。現行犯の場合、33条の場合にあたるが、同判決は、33条の場合は33条の場合は令状なくして住居に侵入し捜索・押収ができるとしているのであって、現行犯として逮捕する要件は備わっていたが、現実には逮捕しない場合は含まれないとは述べていない。
総合メモ

GPS捜査 最大判平成29年3月15日

概要
車両に使用者らの承諾なく秘かにGPS端末を取り付けて位置情報を検索し把握する刑事手続上の捜査であるGPS捜査は、個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって、合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法であり、令状がなければ行うことができない強制の処分である。
判例
事案:窃盗の共犯事件に関する組織性の有無・程度や組織内におけるXの役割を含む犯行の全容を解明するための捜査の一環として、約6か月半の間、X、共犯者のほか、Xの知人女性も使用する蓋然性があった自動車等合計19台に、同人らの承諾なく、かつ、令状を取得することなく、GPS端末を取り付けた上、その所在を検索して移動状況を把握するという方法によりGPS捜査が実施された。
 
判旨:「(1)GPS捜査は、対象車両の時々刻々の位置情報を検索し、把握すべく行われるものであるが、その性質上、公道上のもののみならず、個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間に関わるものも含めて、対象車両及びその使用者の所在と移動状況を逐一把握することを可能にする。このような捜査手法は、個人の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴うから、個人のプライバシーを侵害し得るものであり、また、そのような侵害を可能とする機器を個人の所持品に秘かに装着することによって行う点において、公道上の所在を肉眼で把握したりカメラで撮影したりするような手法とは異なり、公権力による私的領域への侵入を伴うものというべきである。
(2)憲法35条は、「住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利」を規定しているところ、この規定の保障対象には、「住居、書類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に「侵入」されることのない権利が含まれるものと解するのが相当である。そうすると、前記のとおり、個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって、合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法であるGPS捜査は、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして、刑訴法上、特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たる(最高裁昭和50年(あ)第146号同51年3月16日第三小法廷決定・刑集30巻2号187頁参照)とともに、一般的には、現行犯人逮捕等の令状を要しないものとされている処分と同視すべき事情があると認めるのも困難であるから、令状がなければ行うことのできない処分と解すべきである。
(3)原判決は、GPS捜査について、令状発付の可能性に触れつつ、強制処分法定主義に反し令状の有無を問わず適法に実施し得ないものと解することも到底できないと説示しているところ、捜査及び令状発付の実務への影響に鑑み、この点についても検討する。
GPS捜査は、情報機器の画面表示を読み取って対象車両の所在と移動状況を把握する点では刑訴法上の「検証」と同様の性質を有するものの、対象車両にGPS端末を取り付けることにより対象車両及びその使用者の所在の検索を行う点において、「検証」では捉えきれない性質を有することも否定し難い。仮に、検証許可状の発付を受け、あるいはそれと併せて捜索許可状の発付を受けて行うとしても、GPS捜査は、GPS端末を取り付けた対象車両の所在の検索を通じて対象車両の使用者の行動を継続的、網羅的に把握することを必然的に伴うものであって、GPS端末を取り付けるべき車両及び罪名を特定しただけでは被疑事実と関係のない使用者の行動の過剰な把握を抑制することができず、裁判官による令状請求の審査を要することとされている趣旨を満たすことができないおそれがある。さらに、GPS捜査は、被疑者らに知られず秘かに行うのでなければ意味がなく、事前の令状呈示を行うことは想定できない。刑訴法上の各種強制の処分については、手続の公正の担保の趣旨から原則として事前の令状呈示が求められており(同法222条1項、110条)、他の手段で同趣旨が図られ得るのであれば事前の令状呈示が絶対的な要請であるとは解されないとしても、これに代わる公正の担保の手段が仕組みとして確保されていないのでは、適正手続の保障という観点から問題が残る。
 これらの問題を解消するための手段として、一般的には、実施可能期間の限定、第三者の立会い、事後の通知等様々なものが考えられるところ、捜査の実効性にも配慮しつつどのような手段を選択するかは、刑訴法197条1項ただし書の趣旨に照らし、第一次的には立法府に委ねられていると解される。仮に法解釈により刑訴法上の強制の処分として許容するのであれば、以上のような問題を解消するため、裁判官が発する令状に様々な条件を付す必要が生じるが、事案ごとに、令状請求の審査を担当する裁判官の判断により、多様な選択肢の中から的確な条件の選択が行われない限り是認できないような強制の処分を認めることは、「強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない」と規定する同項ただし書の趣旨に沿うものとはいえない。
 以上のとおり、GPS捜査について、刑訴法197条1項ただし書の「この法律に特別の定のある場合」に当たるとして同法が規定する令状を発付することには疑義がある。GPS捜査が今後も広く用いられ得る有力な捜査手法であるとすれば、その特質に着目して憲法、刑訴法の諸原則に適合する立法的な措置が講じられることが望ましい。」
過去問・解説
(R4 共通 第9問 イ)
憲法第35条は、住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利を規定しているが、この規定の保障対象には、住居、書類及び所持品に準ずる私的領域に侵入されることのない権利が含まれる。

(正答)  

(解説)
判例(最大判平29.3.15)は、「憲法35条は、「住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利」を規定しているところ、この規定の保障対象には、「住居、書類及び所持品」に限らずこれらに準ずる私的領域に「侵入」されることのない権利が含まれるものと解するのが相当である。」としている。
総合メモ

被告人の訴訟費用の負担 最大判昭和23年12月27日

概要
憲法37条2項は、有罪の宣告を受けた刑事被告人にも訴訟費用を負担せしめてはならないという趣意の規定ではない。
判例
事案:有罪判決を受けた刑事被告人に訴訟費用の負担を命ずることができるのかが問題となった。

判旨:「憲法第37条第2項は「刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与えられ、又公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する」と規定している。右規定の公費で自己のために、証人を求める権利を有するという意義は、刑事被告人は、裁判所に対して証人の喚問を請求するには、何等財産上の出捐を必要としない、証人訊問に要する費用、すなわち、証人の旅費、日当等は、すべて国家がこれを支給するのであつて、訴訟進行の過程において、被告人にこれを支弁せしむることはしない。被告人の無資産などの事情のために、充分に証人の喚問を請求するの自由が妨げられてはならないという趣旨であつて、もつぱら、刑事被告人をして、訴訟上の防禦権を遺憾なく行使せしめんとする法意にもとずくものである。しかしながら、それは、要するに、被告人をして、訴訟の当事者たる地位にある限度において、その防禦権を充分に行使せしめんとするのであつて、その被告人が、判決において有罪の言渡を受けた場合にも、なおかつ、その被告人に訴訟費用の負担を命じてはならないという趣意の規定ではない。すなわち、論旨のいうように、訴訟に要する費用は、すべてこれを公費として国家において負担することとし、有罪の宣告を受けた刑事被告人にも訴訟費用を負担せしめてはならないという趣意の規定ではないのである。」
過去問・解説
(H28 司法 第10問 ウ)
有罪判決を受けた刑事被告人に対し、裁判所に出廷させた証人に旅費、日当及び宿泊料を負担させることは、「刑事被告人は、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する」と定める憲法第37条第2項の規定に違反しない。

(正答)  

(解説)
判例(最大判昭23.12.27)は、「憲法第37条第2項は、…被告人をして、訴訟の当事者たる地位にある限度において、その防禦権を充分に行使せしめんとするのであつて、その被告人が、判決において有罪の言渡を受けた場合にも、なおかつ、その被告人に訴訟費用の負担を命じてはならないという趣意の規定ではない」としている。したがって、有罪判決を受けた刑事被告人に対し、裁判所に出廷させた証人に旅費、日当及び宿泊料を負担させることは、37条2項に違反しない。
総合メモ

刑事裁判における証人の喚問 最大判昭和23年7月29日

概要
憲法37条2項は、不正不当の理由に基づくものでない限り、裁判所には被告人又は弁護人が証人申請をした証人を全て喚問すべき義務があるという趣旨に解すべきではない。
判例
事案:裁判所は、被告人又は弁護人の証人申請に基づいて全ての証人を喚問しなければならないのかが問題となった。

判旨:「刑事裁判における証人の喚問は、被告人にとりても又検察官にとりても重要な関心事であることは言うを待たないが、さればといつて被告人又は弁護人からした証人申請に基きすべての証人を喚問し不必要と思われる証人までをも悉く訊問しなければならぬという訳のものではなく、裁判所は当該事件の裁判をなすに必要適切な証人を喚問すればそれでよいものと言うべきである。そして、いかなる証人が当該事件の裁判に必要適切であるか否か、従つて証人申請の採否は、各具体的事件の性格、環境、属性、その他諸般の事情を深く斟酌して、当該裁判所が決定すべき事柄である。しかし、裁判所は、証人申請の採否について自由裁量を許されていると言つても主観的な専制ないし独断に陥ることは固より許され難いところであり、実験則に反するに至ればここに不法を招来することとなるのである。そこで、憲法第37条第2項の趣旨もまた上述するところと相背馳するものではない。同条からして直ちに所論のように、不正不当の理由に基かざる限り弁護人の申請した証人はすべて裁判所が喚問すべき義務があると論定し去ることは、当を得たものと言うことができない。証人の採否はどこまでも前述のごとく事案に必要適切であるか否かの自由裁量によつて当該裁判所が決定すべき事柄である。さて、本件において原裁判所は弁護人から申請のあつた証人中村隆幸について申請を却下したのであるが、つぶさに本件の具体的性質、環境その他諸般の事情を斟酌すれば、該証人の喚問は必ずしも裁判に必要適切なものでないと認めても実験則に反するところはないから、右却下は何等の違法を生ずることがない。」
過去問・解説
(H28 司法 第10問 イ)
刑事被告人は、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する(憲法第37条第2項)から、裁判所は刑事被告人が自身の弁護のために必要であると主張している証人全員の尋問を採用しなければならない。

(正答)  

(解説)
判例(最大判昭23.7.29)は、「被告人又は弁護人からした証人申請に基きすべての証人を喚問し不必要と思われる証人までをも悉く訊問しなければならぬという訳のものではなく、裁判所は当該事件の裁判をなすに必要適切な証人を喚問すればそれでよいものと言うべきである。」としている。
総合メモ

高田事件 最大判昭和47年12月20日

概要
憲法37条1項は、単に迅速な裁判を一般的に保障するために必要な立法上および司法行政上の措置をとるべきことを要請するにとどまらず、さらに個々の刑事事件について、現実に右の保障に明らかに反し、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判をうける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じた場合には、その審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべきことをも認めている趣旨の規定である。
判例
事案:裁判が審理の途中で中断し、そのまま15年余にわたり審理が再開されなかったことが、憲法37条1項によって保障される被告人の迅速な裁判を受ける権利を侵害するものであるか否かが問題となった。

判旨:「当裁判所は、憲法37条1項の保障する迅速な裁判をうける権利は、憲法の保障する基本的な人権の一つであり、右条項は、単に迅速な裁判を一般的に保障するために必要な立法上および司法行政上の措置をとるべきことを要請するにとどまらず、さらに個々の刑事事件について、現実に右の保障に明らかに反し、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判をうける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じた場合には、これに対処すべき具体的規定がなくても、もはや当該被告人に対する手続の続行を許さず、その審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべきことをも認めている趣旨の規定であると解する。
 刑事事件について審理が著しく遅延するときは、被告人としては長期間罪責の有無未定のまま放置されることにより、ひとり有形無形の社会的不利益を受けるばかりでなく、当該手続においても、被告人または証人の記憶の減退・喪失、関係人の死亡、証拠物の滅失などをきたし、ために被告人の防禦権の行使に種々の障害を生ずることをまぬがれず、ひいては、刑事司法の理念である、事案の真相を明らかにし、罪なき者を罰せず罪ある者を逸せず、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現するという目的を達することができないことともなるのである。上記憲法の迅速な裁判の保障条項は、かかる弊害発生の防止をその趣旨とするものにほかならない。
 もつとも、「迅速な裁判」とは、具体的な事件ごとに諸々の条件との関連において決定されるべき相対的な観念であるから、憲法の右保障条項の趣旨を十分に活かすためには、具体的な補充立法の措置を講じて問題の解決をはかることが望ましいのであるが、かかる立法措置を欠く場合においても、あらゆる点からみて明らかに右保障条項に反すると認められる異常な事態が生じたときに、単に、これに対処すべき補充立法の措置がないことを理由として、救済の途がないとするがごときは、右保障条項の趣旨を全うするゆえんではないのである。
 それであるから、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判の保障条項によつて憲法がまもろうとしている被告人の諸利益が著しく害せられると認められる異常な事態が生ずるに至つた場合には、さらに審理をすすめても真実の発見ははなはだしく困難で、もはや公正な裁判を期待することはできず、いたずらに被告人らの個人的および社会的不利益を増大させる結果となるばかりであつて、これ以上実体的審理を進めることは適当でないから、その手続をこの段階において打ち切るという非常の救済手段を用いることが憲法上要請されるものと解すべきである。
 翻つて本件をみるに、原判決は、「たとえ当初弁護人側から本件審理中断の要請があり、その後訴訟関係人から審理促進の申出がなかつたにせよ、15年余の間全く本件の審理を行なわないで放置し、これがため本件の裁判を著しく遅延させる事態を招いたのは、まさにこの憲法によつて保障された本件被告人らの迅速な裁判を受ける権利を侵害したものといわざるを得ない。」という前提に立ちながら、「刑事被告人の迅速な裁判を受ける憲法上の権利を現実に保障するためには、いわゆる補充立法により、裁判の遅延から被告人を救済する方法が具体的に定められていることが先決である。ところが、現行法制のもとにおいては、未だかような補充立法がされているものとは認められないから、裁判所としては救済の仕様がないのである。」との見解のもとに、公訴時効が完成した場合に準じ刑訴法337条4号により被告人らを免訴すべきものとした第一審判決を破棄し、本件を第一審裁判所に差し戻すこととしたものであり、原判決の判断は、この点において憲法37条1項の迅速な裁判の保障条項の解釈を誤つたものといわなければならない。
 そこで、本件において、審理の著しい遅延により憲法の定める迅速な裁判の保障条項に反する異常な事態が生じているかどうかを、次に審案する。
 そもそも、具体的刑事事件における審理の遅延が右の保障条項に反する事態に至つているか否かは、遅延の期間のみによつて一律に判断されるべきではなく、遅延の原因と理由などを勘案して、それ遅延がやむをえないものと認められないかどうか、これにより右の保障条項がまもろうとしている諸利益がどの程度実際に害せられているかなど諸般の情況を総合的に判断して決せられなければならないのであつて、たとえば、事件の複雑なために、結果として審理に長年月を要した場合などはこれに該当しないこともちろんであり、さらに被告人の逃亡、出廷拒否または審理引延しなど遅延の主たる原因が被告人側にあった場合には、被告人が迅速な裁判をうける権利を自ら放棄したものと認めるべきであつて、たとえその審理に長年月を要したとしても,迅速な裁判をうける被告人の権利が侵害されたということはできない。
 ところで、公訴提起により訴訟係属が生じた以上は、裁判所として、これを放置しておくことが許されないことはいうまでもないが、当事者主義を高度にとりいれた現行刑事訴訟法の訴訟構造のもとにおいては、検察官および被告人側にも積極的な訴訟活動が要請されるのである。しかし、少なくとも検察官の立証がおわるまでの間に訴訟進行の措置が採られなかつた場合において、被告人側が積極的に期日指定の申立をするなど審理を促す挙に出なかつたとしても、その一事をもつて、被告人が迅速な裁判をうける権利を放棄したと推定することは許されないのである。
 …(中略)…
以上の次第で、被告人らが迅速な裁判をうける権利を自ら放棄したとは認めがたいこと、および迅速な裁判の保障条項によつてまもられるべき被告人の諸利益が実質的に侵害されたと認められることは、前述したとおりであるから、本件は、昭和四四年第一審裁判所が公判手続を更新した段階においてすでに、憲法37条1項の迅速な裁判の保障条項に明らかに違反した異常な事態に立ち至つていたものと断ぜざるを得ない。したがつて、本件は、冒頭説示の趣旨に照らしても、被告人らに対して審理を打ち切るという非常救済手段を用いることが是認されるべき場合にあたるものといわなければならない。
 刑事事件が裁判所に係属している間に迅速な裁判の保障条項に反する事態が生じた場合において、その審理を打ち切る方法については現行法上よるべき具体的な明文の規定はないのであるが、前記のような審理経過をたどつた本件においては、これ以上実体的審理を進めることは適当でないから、判決で免訴の言渡をするのが相当である。」
過去問・解説
(H20 司法 第9問 ア)
迅速な裁判を一般的に保障する憲法第37条第1項は、それ自体が裁判規範性を有するものではないので、現実にこの保障に明らかに反し、迅速な裁判を受ける被告人の権利が害されたと認められる事態が生じた場合には、これに対処すべき法律上の規定があるときに限ってその審理を打ち切ることができる。

(正答)  

(解説)
高田事件判決(最大判昭47.12.20)は、「憲法37条1項の保障する迅速な裁判をうける権利は、憲法の保障する基本的な人権の一つであり、右条項は、単に迅速な裁判を一般的に保障するために必要な立法上および司法行政上の措置をとるべきことを要請するにとどまらず、さらに個々の刑事事件について、現実に右の保障に明らかに反し、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判をうける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じた場合には、これに対処すべき具体的規定がなくても、もはや当該被告人に対する手続の続行を許さず、その審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべきことをも認めている趣旨の規定であると解する」としている。
本肢は、「迅速な裁判を一般的に保障する憲法第37条第1項は、それ自体が裁判規範性を有するものではない」、「これに対処すべき法律上の規定があるときに限って」としている点において、誤っている。

(R1 司法 第8問 イ)
迅速な裁判を受ける権利を保障する憲法第37条第1項は、それ自体が裁判規範性を有しており、審理の著しい遅延の結果、被告人の上記権利が害される異常な事態が生じた場合には、法律上の具体的な根拠がなくても審理を打ち切るべきである。

(正答)  

(解説)
高田事件判決(最大判昭47.12.20)は、「憲法37条1項の保障する迅速な裁判をうける権利は、憲法の保障する基本的な人権の一つであり、右条項は、単に迅速な裁判を一般的に保障するために必要な立法上および司法行政上の措置をとるべきことを要請するにとどまらず、さらに個々の刑事事件について、現実に右の保障に明らかに反し、審理の著しい遅延の結果、迅速な裁判をうける被告人の権利が害せられたと認められる異常な事態が生じた場合には、これに対処すべき具体的規定がなくても、もはや当該被告人に対する手続の続行を許さず、その審理を打ち切るという非常救済手段がとられるべきことをも認めている趣旨の規定であると解する」としている。
総合メモ

京成電鉄事件 最大判昭和32年2月20日

概要
憲法38条1項の法意は、何人も自己が刑事上の責任を問われる虞ある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきであるところ、氏名は、原則としてここでいう不利益な事項に該当しない。
判例
事案:氏名の黙秘にも憲法38条1項に基づく黙秘権の保障が及ぶかが問題となった。

判旨:「所論は要するに被告人等が憲法38条1項に基づきその氏名を黙秘し、監房番号の自署、拇印等により自己を表示し弁護人が署名押印した弁護人選任届を適法な弁護人選任届でないとしてこれを却下し結局自己の氏名を裁判所に開示しなければならないようにした第一審の訴訟手続及びこれを認容した原判決は憲法38条1項の解釈を誤り、且つ同37条3項に違反するものであるというに帰着する。
 記録によれば第一審において被告人等はそれぞれ被疑者又は被告人として所論のような弁護人選任届を提出したが、その届出はいずれも不適法として却下され、裁判所において各被告人のため国選弁護人を選任したところ、被告人等はそれぞれその氏名を開示して私選弁護人選任の届出をなすに至つたことは所論のとおりである。
 しかし、被告人申を除くその余の被告人等については、いずれも第一審第一回公判期日以降その私選弁護人立会の下に審理が行われているのであり、また被告人申についても第一回公判期日は国選弁護人立会の下に開廷され若干の審理がなされ弁論の続行となつたのであるが、第二回公判期日以降はその私選弁護人立会の下に証拠調をはじめその他すべての弁論が行われているのであり、しかも、所論弁護人選任届却下決定に対して被告人の一部からなされた特別抗告も取下げられ、この点については爾後別段の異議もなく訴訟は進行され第一審の手続を了えたのであつて、被告人等においてその弁護権の行使を妨げられたとは認められない。それ故憲法37条3項違反の所論は採るを得ない…。
 次にいわゆる黙秘権を規定した憲法38条1項の法文では、単に「何人も自己に不利益な供述を強要されない。」とあるに過ぎないけれど、その法意は、何人も自己が刑事上の責任を問われる虞ある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきであることは、この制度発達の沿革に徴して明らかである。されば、氏名のごときは、原則としてここにいわゆる不利益な事項に該当するものではない。そして、本件では、論旨主張にかかる事実関係によつてもただその氏名を黙秘してなされた弁護人選任届が却下せられたためその選任の必要上その氏名を開示するに至つたというに止まり、その開示が強要されたものであることを認むべき証跡は記録上存在しない…。それ故、論旨はすべて理由がない。」
過去問・解説
(R4 共通 第9問 ウ)
憲法第38条第1項は、自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障するものであり、氏名の供述も、これによって自己が刑事上の責任を問われるおそれがあることから、原則として保障が及ぶ。

(正答)  

(解説)
京成電鉄事件判決(最大判昭32.2.20)は、「黙秘権を規定した憲法38条1項…の法意は、何人も自己が刑事上の責任を問われる虞ある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきである…」とした上で、「氏名のごときは、原則としてここにいわゆる不利益な事項に該当するものではない。」としている。
総合メモ

自動車事故報告義務事件 最大判昭和37年5月2日

概要
道路交通取締法施行令67条2項における事故の内容の報告義務を定める部分は、憲法38条1項に違反しない。
判例
事案:道路交通取締法は、交通事故の際に「命令の定めるところにより、被害者の救護その他必要な措置を講じ」ることを操縦者等に義務付け(24条1項)、その違反について罰則を定めていた(28条1号)。そして、同法24条1項の委任を受けた同法施行令67条2項は同条1項の措置後に警察官が現場にいない場合には「直ちに事故の内容及び…講じた措置を…警察官に報告し、…指示を受けなければならない」と定めていた。本事件では、同法施行令67条2項中の報告義務を定める部分が憲法38条1項に違反しないという問題との関係で、報告を要する「事故の内容」の解釈が争点となった。

判旨:「道路交通取締法…は、道路における危険防止及びその他交通の安全を図ることを目的とするものであり、法24条1項…の委任に基づき、同法施行令…67条は、…要するに、交通事故発生の場合において、右操縦者、乗務員その他の従業者の講ずべき応急措置を定めているに過ぎない。法の目的に鑑みるときは、令同条は、警察署をして、速に、交通事故の発生を知り、被害者の救護、交通秩序の回復につき適切な措置を執らしめ、以つて道路における危険とこれによる被害の増大とを防止し、交通の安全を図る等のため必要かつ合理的な規定として是認せられねばならない。しかも、同条2項掲記の「事故の内容」とは、その発生した日時、場所、死傷者の数及び負傷の程度並に物の損壊及びその程度等、交通事故の態様に関する事項を指すものと解すべきである。したがつて、右操縦者、乗務員その他の従業者は、警察官が交通事故に対する前叙の処理をなすにつき必要な限度においてのみ、右報告義務を負担するのであつて、それ以上、所論の如くに、刑事責任を問われる虞のある事故の原因その他の事項までも右報告義務ある事項中に含まれるものとは、解せられない。また、いわゆる黙秘権を規定した憲法38条1項の法意は、何人も自己が刑事上の責任を問われる虞ある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきことは、既に当裁判所の判例とするところである。したがつて、令67条2項により前叙の報告を命ずることは、憲法38条1項にいう自己に不利益な供述の強要に当らない。」
過去問・解説
(R5 共通 第9問 ウ)
交通事故を起こした運転者は、警察官に対し、交通事故発生の日時、場所、死傷者の数などを報告する義務を負うが、道路における危険とこれによる被害の増大を防止し、交通の安全を図るという目的のためには、刑事責任を負うことにつながるような自己に不利益な供述をさせることもやむを得ないから、この報告義務を定めた法律は、憲法第38条第1項に違反しない。

(正答)  

(解説)
自動車事故報告義務事件判決(最大判昭37.5.2)は、「操縦者、乗務員その他の従業者は、警察官が交通事故に対する前叙の処理をなすにつき必要な限度においてのみ、右報告義務を負担するのであつて、それ以上、所論の如くに、刑事責任を問われる虞のある事故の原因その他の事項までも右報告義務ある事項中に含まれるものとは、解せられない。」との理由から、「令67条2項により前叙の報告を命ずることは、憲法38条1項にいう自己に不利益な供述の強要に当らない」としている。
総合メモ

尾崎所得税法事件 最三小判昭和59年3月27日

概要
①憲法38条1項の規定による供述拒否権の保障は、国税犯則取締法上の犯則嫌疑者に対する質問調査の手続にも及ぶ。
②憲法38条1項は供述拒否権の告知を義務づけるものではなく、右規定による保障の及ぶ手続について供述拒否権の告知を要するものとすべきかどうかは、その手続の趣旨・目的等により決められるべき立法政策の問題と解される。
判例
事案:国税犯則取締法に基づく犯則被疑者に対する質問調査手続に憲法38条1項の保障は及ぶか、憲法38条1項は供述拒絶権の告知を義務付けるものであるかが問題となった。

判旨:①「憲法38条1項の規定によるいわゆる供述拒否権の保障は、純然たる刑事手続においてばかりでなく、それ以外の手続においても、対象となる者が自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を求めることになるもので、実質上刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続にはひとしく及ぶものと解される。
 国税犯則取締法は、収税官吏に対し、犯則事件の調査のため、犯則嫌疑者等に対する質問のほか、検査、領置、臨検、捜索又は差押等をすること(以下これらを総称して「調査手続」という。)を認めている。しかして、右調査手続は、国税の公平確実な賦課徴収という行政目的を実現するためのものであり、その性質は、一種の行政手続であって、刑事手続ではないと解されるが…、その手続自体が捜査手続と類似し、これと共通するところがあるばかりでなく、右調査の対象となる犯則事件は、間接国税以外の国税については同法12条ノ2又は同法17条各所定の告発により被疑事件となって刑事手続に移行し、告発前の右調査手続において得られた質問顛末書等の資料も、右被疑事件についての捜査及び訴追の証拠資料として利用されることが予定されているのである。このような諸点にかんがみると、右調査手続は、実質的には租税犯の捜査としての機能を営むものであって、租税犯捜査の特殊性、技術性等から専門的知識経験を有する収税官吏に認められた特別の捜査手続としての性質を帯有するものと認められる。したがって、国税犯則取締法上の質問調査の手続は、犯則嫌疑者については、自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項についても供述を求めることになるもので、「実質上刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する」ものというべきであって、前記昭和47年等の当審大法廷判例及びその趣旨に照らし、憲法38条1項の規定による供述拒否権の保障が及ぶものと解するのが相当である。」
 ②「しかしながら、憲法38条1項は供述拒否権の告知を義務づけるものではなく、右規定による保障の及ぶ手続について供述拒否権の告知を要するものとすべきかどうかは、その手続の趣旨・目的等により決められるべき立法政策の問題と解されるところから、国税犯則取締法に供述拒否権告知の規定を欠き、収税官吏が犯則嫌疑者に対し同法1条の規定に基づく質問をするにあたりあらかじめ右の告知をしなかったからといって、その質問手続が憲法38条1項に違反することとなるものでないことは、当裁判所の判例…の趣旨に徴して明らかであるから…、憲法38条1項の解釈の誤りをいう所論は理由がない。」
過去問・解説
(H30 予備 第7問 ウ)
憲法第38条第1項は、「何人も、自己に不利益な供述を強要されない。」と規定するところ、自己が刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障するとともに、その実効性を担保するため、供述拒否権の告知を義務付けていると解される。

(正答)  

(解説)
尾崎所得税法事件判決(最判昭59.3.27)は、「憲法38条1項は供述拒否権の告知を義務づけるものではなく、右規定による保障の及ぶ手続について供述拒否権の告知を要するものとすべきかどうかは、その手続の趣旨・目的等により決められるべき立法政策の問題と解される。」としている。
総合メモ

堺呼気検査拒否事件 最一小判平成9年1月30日

概要
呼気検査拒否罪を定める道路交通法120条1項11号の呼気検査拒否罪は、憲法38条1項に違反しない。
判例
事案:呼気検査拒否罪を定める道路交通法120条1項11号の呼気検査拒否罪は憲法38条1項に違反するかが問題となった。

判旨:「弁護人半田和朗の上告趣意は、道路交通法67条2項の規定による警察官の呼気検査を拒んだ者を処罰する同法120条1項11号の規定が憲法38条1項に違反するというものである。しかしながら、憲法38条1項は、刑事上責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきところ、右検査は、酒気を帯びて車両等を運転することの防止を目的として運転者らから呼気を採取してアルコール保有の程度を調査するものであって、その供述を得ようとするものではないから、右検査を拒んだ者を処罰する右道路交通法の規定は、憲法38条1項に違反するものではない。」
過去問・解説
(H20 司法 第9問 イ)
道路交通法上の警察官の呼気検査は、飲酒運転を防止するために運転者から呼気を採取してアルコール保有の程度を調査するものであって、その者から供述を得ようとするものではないから、これを拒んだ者を処罰する旨の規定は、憲法第38条第1項に違反しない。

(正答)  

(解説)
堺呼気検査拒否事件判決(最判平9.1.30)は、「呼気検査…は、気を帯びて車両等を運転することの防止を目的として運転者らから呼気を採取してアルコール保有の程度を調査するものであって、その供述を得ようとするものではないから、右検査を拒んだ者を処罰する右道路交通法の規定は、憲法38条1項に違反するものではない」としている。

(H28 司法 第10問 ア)
警察官が、酒気を帯びて車両を運転するおそれがあると認めて呼気検査を求めたのに対し、これを拒否した者を処罰する道路交通法の規定は、「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」と定める憲法第38条第1項の規定に違反しない。

(正答)  

(解説)
堺呼気検査拒否事件判決(最判平9.1.30)は、「呼気検査…は、気を帯びて車両等を運転することの防止を目的として運転者らから呼気を採取してアルコール保有の程度を調査するものであって、その供述を得ようとするものではないから、右検査を拒んだ者を処罰する右道路交通法の規定は、憲法38条1項に違反するものではない」としている。
総合メモ

余罪を量刑の資料として考慮することの可否 最大判昭和41年7月13日

概要
起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮することは許されないが、単に被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知するための資料としてこれを考慮することは必ずしも禁じられるものではない。
判例
事案:起訴されていない犯罪事実を量刑資料として考慮することは憲法31条及び憲法39条に違反するかが問題となった。

判旨:「刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、これがため被告人を重く処罰することは許されないものと解すべきである。けだし、右のいわゆる余罪は、公訴事実として起訴されていない犯罪事実であるにかかわらず、右の趣旨でこれを認定考慮することは、刑事訴訟法の基本原理である不告不理の原則に反し、憲法31条にいう、法律に定める手続によらずして刑罰を科することになるのみならず、刑訴法317条に定める証拠裁判主義に反し、かつ、自白と補強証拠に関する憲法38条3項、刑訴法319条2項、3項の制約を免かれることとなるおそれがあり、さらにその余罪が後日起訴されないという保障は法律上ないのであるから、若しその余罪について起訴され有罪の判決を受けた場合は、既に量刑上責任を問われた事実について再び刑事上の責任を問われることになり、憲法39条にも反することになるからである。
 しかし、他面刑事裁判における量刑は、被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等すべての事情を考慮して、裁判所が法定刑の範囲内において、適当に決定すべきものであるから、その量刑のための一情状として、いわゆる余罪をも考慮することは、必ずしも禁ぜられるところではない(もとより、これを考慮する程度は、個々の事案ごとに合理的に検討して必要な限度にとどめるべきであり、従つてその点の証拠調にあたつても、みだりに必要な限度を越えることのないよう注意しなければならない。)。このように量刑の一情状として余罪を考慮するのは、犯罪事実として余罪を認定して、これを処罰しようとするものではないから、これについて公訴の提起を必要とするものではない。余罪を単に被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等の情状を推知するための資料として考慮することは、犯罪事実として認定し、これを処罰する趣旨で刑を重くするのとは異なるから、事実審裁判所としては、両者を混淆することのないよう慎重に留意すべきは当然である。
 本件についてこれを見るに、原判決に「被告人が本件以前にも約6か月間多数回にわたり同様な犯行をかさね、それによつて得た金員を飲酒、小使銭、生活費等に使用したことを考慮すれば、云々」と判示していることは、所論のとおりである。しかし、右判示は、余罪である窃盗の回数およびその窃取した金額を具体的に判示していないのみならず、犯罪の成立自体に関係のない窃取金員の使途について比較的詳細に判示しているなど、その他前後の判文とも併せ熟読するときは、右は本件起訴にかかる窃盗の動機、目的および被告人の性格等を推知する一情状として考慮したものであつて、余罪を犯罪事実として認定し、これを処罰する趣旨で重く量刑したものではないと解するのが相当である。従つて、所論違憲の主張は前提を欠き採るを得ない。」
過去問・解説
(H18 司法 第1問 ア)
刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、これに基づいて被告人を重く処罰することは、不告不理の原則に反し、憲法第31条に違反する

(正答)  

(解説)
判例(最大判昭41.7.13)は、「「刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、これがため被告人を重く処罰することは…、刑事訴訟法の基本原理である不告不理の原則に反し、憲法31条にいう、法律に定める手続によらずして刑罰を科することになる…。としている。

(R1 司法 第8問 ア)
起訴されていない余罪を被告人が自認している場合に余罪を実質上処罰する趣旨で被告人を重く処罰することは、憲法第31条に由来する不告不理の原則に反するが、憲法第38条第3項の規定する補強法則との関係では問題は生じない。

(正答)  

(解説)
判例(最大判昭41.7.13)は、「刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、これがため被告人を重く処罰することは…、刑事訴訟法の基本原理である不告不理の原則に反し、憲法31条にいう、法律に定める手続によらずして刑罰を科することになるのみならず、刑訴法317条に定める証拠裁判主義に反し、かつ、自白と補強証拠に関する憲法38条3項、刑訴法319条2項、3項の制約を免かれることとなるおそれがあ…る。」としている。
本肢は、「憲法第38条第3項の規定する補強法則との関係では問題は生じない。」としている点において、誤っている。
総合メモ

判例変更による処罰 最二小判平成8年11月18日

概要
行為当時の最高裁判所の判例の示す法解釈に従えば無罪となるべき行為を処罰することは、憲法39条に違反しない。
判例
事案:行為当時の最高裁判所の判例の示す法解釈に従えば無罪となるべき行為を処罰することが憲法39条に違反するかが問題となった。

判旨:「弁護人柳沼八郎ほか8名の上告趣意のうち…行為当時の最高裁判所の判例の示す法解釈に従えば無罪となるべき行為を処罰することが憲法39条に違反する旨をいう点は、そのような行為であっても、これを処罰することが憲法の右規定に違反しないことは、当裁判所の判例…の趣旨に徴して明らかであ…る。」

補足意見:「判例、ことに最高裁判所が示した法解釈は、下級審裁判所に対し事実上の強い拘束力を及ぼしているのであり、国民も、それを前提として自己の行動を定めることが多いと思われる。この現実に照らすと、最高裁判所の判例を信頼し、適法であると信じて行為した者を、事情の如何を問わずすべて処罰するとすることには問題があるといわざるを得ない。しかし、そこで問題にすべきは、所論のいうような行為後の判例の「遡及的適用」の許否ではなく、行為時の判例に対する国民の信頼の保護如何である。私は、判例を信頼し、それゆえに自己の行為が適法であると信じたことに相当な理由のある者については、犯罪を行う意思、すなわち、故意を欠くと解する余地があると考える。もっとも、違法性の錯誤は故意を阻却しないというのが当審の判例であるが…、私は、少なくとも右に述べた範囲ではこれを再検討すべきであり、そうすることによって、個々の事案に応じた適切な処理も可能となると考えるのである。
 この観点から本件をみると、被告人が犯行に及んだのは昭和四九年三月であるが、当時、地方公務員法の分野ではいわゆる都教組事件に関する最高裁昭和41年(あ)第401号同44年4月2日大法廷判決・刑集23巻5号305頁が当審の判例となってはいたものの、国家公務員法の分野ではいわゆる全農林警職法事件に関する最高裁昭和43年(あ)第2780号同48年4月25日大法廷判決・刑集27巻4号547頁が出され、都教組事件判例の基本的な法理は明確に否定されて、同判例もいずれ変更されることが予想される状況にあったのであり、しかも、記録によれば、被告人は、このような事情を知ることができる状況にあり、かつ知った上であえて犯行に及んだものと認められるのである。したがって、本件は、被告人が故意を欠いていたと認める余地のない事案であるというべきである。」(河合伸一裁判官の補足意見)
過去問・解説
(H20 司法 第9問 ウ)
憲法第39条前段は、何人も、実行の時に適法であった行為については刑事上の責任を問われない旨を規定しているが、行為の時に最高裁判所の判例が示していた法解釈に従えば無罪となるべき行為を処罰することは、同規定に違反するものではない。

(正答)  

(解説)
判例(最判平8.11.18)は、「弁護人柳沼八郎ほか8名の上告趣意のうち…行為当時の最高裁判所の判例の示す法解釈に従えば無罪となるべき行為を処罰することが憲法39条に違反する旨をいう点は、そのような行為であっても、これを処罰することが憲法の右規定に違反しないことは、当裁判所の判例…の趣旨に徴して明らかであ…る。」としている。
総合メモ