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表現の自由(事前規制) - 解答モード
札幌税関検査事件 最大判昭和59年12月12日
概要
②表現の自由は、絶対無制限なものではなく、公共の福祉による制限の下にあるところ、「公安又は風俗を害すべき書籍」等の輸入を禁止している関税定率法21条1項3号による制限は、やむを得ないものとして是認せざるを得ない。
③表現の自由を規制する法律の規定について限定解釈をすることが許されるのは、その解釈により、規制の対象となるものとそうでないものとが明確に区別され、かつ、合憲的に規制しうるもののみが規制の対象となることが明らかにされる場合でなければならず、また、一般.国民の理解において、具体的場合に当該表現物が規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読みとることができるものでなければならない。関税定率法21条1項3号の「風俗を害すべき書籍、図画」等とは、猥褻な書籍、図画等を指すものと解すべきであり、右規定は広汎又は不明確の故に憲法21条1項に違反するものではない。
判例
判旨:①「憲法21条2項前段は、「検閲は、これをしてはならない。」と規定する。憲法が、表現の自由につき、広くこれを保障する旨の一般的規定を同条1項に置きながら、別に検閲の禁止についてかような特別の規定を設けたのは、検閲がその性質上表現の自由に対する最も厳しい制約となるものであることにかんがみ、これについては、公共の福祉を理由とする例外の許容(憲法12条、13条参照)をも認めない趣旨を明らかにしたものと解すべきである。けだし、諸外国においても、表現を事前に規制する検閲の制度により思想表現の自由が著しく制限されたという歴史的経験があり、また、わが国においても、旧憲法下における出版法(明治26年法律第15号)、新聞紙法(明治42年法律第41号)により、文書、図画ないし新聞、雑誌等を出版直前ないし発行時に提出させた上、その発売、頒布を禁止する権限が内務大臣に与えられ、その運用を通じて実質的な検閲が行われたほか、映画法(昭和14年法律第66号)により映画フイルムにつき内務大臣による典型的な検閲が行われる等、思想の自由な発表、交流が妨げられるに至つた経験を有するのであつて、憲法21条2項前段の規定は、これらの経験に基づいて、検閲の絶対的禁止を宣言した趣旨と解されるのである。そして、前記のような沿革に基づき、右の解釈を前提として考究すると、憲法21条2項にいう「検閲」とは、行政権が主体となつて、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきである。
②「表現の自由は、憲法の保障する基本的人権の中でも特に重要視されるべきものであるが、さりとて絶対無制限なものではなく、公共の福祉による制限の下にあることは、いうまでもない。また、性的秩序を守り、最小限度の性道徳を維持することは公共の福祉の内容をなすものであつて、猥褻文書の頒布等は公共の福祉 に反するものであり、これを処罰の対象とすることが表現の自由に関する憲法21条1項の規定に違反するものでないことも、明らかである…。そして、わが国内における健全な性的風俗を維持確保する見地からするときは、猥褻表現物がみだりに国外から流入することを阻止することは、公共の福祉に合致するものであり…表現の自由に関する 憲法の保障も、その限りにおいて制約を受けるものというほかなく、前述のような 税関検査による猥褻表現物の輸入規制は、憲法21条1項の規定に反するものではないというべきである。わが国内において猥褻文書等に関する行為が処罰の対象となるのは、その頒布、 販売及び販売の目的をもつてする所持等であつて(刑法175条)、単なる所持自体は処罰の対象とされていないから、最小限度の制約としては、単なる所持を目的とする輸入は、これを規制の対象から除外すべき筋合いであるけれども、いかなる目的で輸入されるかはたやすく識別され難いばかりでなく、流入した猥褻表現物を頒布、販売の過程に置くことが容易であることは見易い道理であるから、猥褻表現物の流入、伝播によりわが国内における健全な性的風俗が害されることを実効的に防止するには、単なる所持目的かどうかを区別することなく、その流入を一般的に、いわば水際で阻止することもやむを得ないものといわなければならない。また、このようにして猥褻表現物である書籍、図画等の輸入が一切禁止されることとなる結果、わが国内における発表の機会が奪われるとともに、国民のこれに接する機会も失われ、知る自由が制限されることとなるのは否定し難いところであるが、かかる書籍、図画等については、前述のとおり、もともとその頒布、販売は国内において禁止されており、これについての発表の自由も知る自由も、他の一般の表現物の場合に比し、著しく制限されているのであつて、このことを考慮すれば、 右のような制限もやむを得ないものとして是認せざるを得ない。」
③「同法21条1項3号は、輸入を禁止すべき物品として、「風俗を害すべき書籍、図画」等と規定する。この規定のうち、「風俗」という用語そのものの意味内容は、性的風俗、社会的風俗、宗教的風俗等多義にわたり、その文言自体から直ちに一義的に明らかであるといえないことは所論のとおりであるが、およそ法的規制の対象として「風俗を害すべき書籍、図画」等というときは、性的風俗を害すべきもの、すなわち猥褻な書籍、図画等を意味するものと解することができるのであつて、この間の消息は、旧刑法…が「風俗ヲ害スル罪」の章の中に書籍、図画等の表現物に関する罪として猥褻物公然陳列と同販売の罪のみを規定し、また、現行刑法上、表現物で風俗を害すべきものとして規制の対象とされるのは175条の猥褻文書、図画等のみであることによつても窺うことができるのである。したがつて、関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等との規定を合理的に解釈すれば、右にいう「風俗」とは専ら性的風俗を意味し、右規定により輸入禁止の対象とされるのは猥褻な書籍、図画等に限られるものということができ、このような限定的な解釈が可能である以上、右規定は、何ら明確性に欠けるものではなく、憲法21条1項の規定に反しない合憲的なものというべきである。以下、これを詳述する。
過去問・解説
(H19 司法 第7問 小問2第3肢改題)
「風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」を輸入禁制品として掲げる関税定率法の規定が憲法21条に違反しないとした判決(最大判昭和59年12月12日)は、「このように限定して解する限り、当該規制は、他の基本的人権に対する侵害を回避し、防止するために必要かつ合理的なものとして、憲法第21条に違反するものではない。」とする泉佐野市市民会館事件(最判平成7年3月7日)と、同じ法律解釈の方法をとった最高裁判所の判決である。
(正答) 〇
(解説)
札幌税関検査事件判決(最大判昭59.12.12)は、「関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等との規定を合理的に解釈すれば、右にいう「風俗」とは専ら性的風俗を意味し、右規定により輸入禁止の対象とされるのは猥褻な書籍、図画等に限られるものということができ、このような限定的な解釈が可能である以上、右規定は、何ら明確性に欠けるものではなく、憲法21条1項の規定に反しない合憲的なものというべきである。」として、合憲限定解釈により、漠然性ゆえ無効の主張を退けた。
また、泉佐野市民会館事件判決(最判平7.3.7)も、「本件条例7条1号は、「公の秩序をみだすおそれがある場合」を本件会館の使用を許可してはならない事由として規定しているが、同号は、広義の表現を採っているとはいえ、右のような趣旨からして、本件会館における集会の自由を保障することの重要性よりも、本件会館で集会が開かれることによって、人の生命、身体又は財産が侵害され、公共の安全が損なわれる危険を回避し、防止することの必要性が優越する場合をいうものと限定して解すべきであり、その危険性の程度としては、前記各大法廷判決の趣旨によれば、単に危険な事態を生ずる蓋然性があるというだけでは足りず、明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されることが必要であると解するのが相当である…。そう解する限り、このような規制は、他の基本的人権に対する侵害を回避し、防止するために必要かつ合理的なものとして、憲法21条に違反するものではな…いというべきである。」としており、合憲限定解釈による本件条例の憲法21条1項違反を回避している。
(H25 司法 第6問 ウ)
憲法の禁ずる検閲とは、公権力が主体となって、表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上で不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものをいう。
(R1 司法 第5問 ウ)
関税法第69条の11第1項第7号(旧関税定率法第21条第1項第3号)は、輸入を禁止する物品として「風俗を害すべき書籍、図画」等と規定しているが、我が国内における健全な性的風俗を維持確保すべきことは公共の福祉に合致するものである上、「風俗」という用語が「性的風俗」を意味することはその文言自体から明らかであるので、明確性の原則にも反せず、このような制限はやむを得ない。
(正答) ✕
(解説)
札幌税関検査事件判決(最大判昭59.12.12)は、「同法21条1項3号は、輸入を禁止すべき物品として、「風俗を害すべき書籍、図画」等と規定する。この規定のうち、「風俗」という用語そのものの意味内容は、性的風俗、社会的風俗、宗教的風俗等多義にわたり、その文言自体から直ちに一義的に明らかであるといえないことは所論のとおりである」とする一方で、「関税定率法21条1項3号にいう「風俗を害すべき書籍、図画」等との規定を合理的に解釈すれば、右にいう「風俗」とは専ら性的風俗を意味し、右規定により輸入禁止の対象とされるのは猥褻な書籍、図画等に限られるものということができ、このような限定的な解釈が可能である以上、右規定は、何ら明確性に欠けるものではなく、憲法21条1項の規定に反しない合憲的なものというべきである。としている。
したがって、本肢のうち「「風俗」という用語が「性的風俗」を意味することはその文言自体から明らかである」という部分は、誤っている。
「北方ジャーナル」事件 最大判昭和61年6月11日
概要
②人格権としての名誉権は、物権と同様の排他性を有する権利であるから、実体法上の差止請求権の根拠になる。
③言論・出版等の表現行為により名誉侵害を来す場合には、人格権としての個人の名誉の保護(憲法13条)と表現の自由の保障(同21条)とが衝突し、その調整を要することとなるので、いかなる場合に侵害行為としてその規制が許されるかについて憲法上慎重な考慮が必要である。
④出版物の頒布等の事前差止めは、右出版物が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等に関するものである場合には、原則として許されず、その表現内容が真実でないか又は専ら公益を図る目的のものでないことが明白であつて、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときに限り、例外的に許される。また、事前差止めを仮処分によつて命ずる場合には、原則として口頭弁論又は債務者の審尋を経ることを要するが、債権者の提出した資料によつて、表現内容が真実でないか又は専ら公益を図る目的のものでないことが明白であり、かつ、債権者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があると認められるときは、口頭弁論又は債務者の審尋を経なくても憲法21条の趣旨に反するものとはいえない。
判例
補足意見:「私は、多数意見に示された結論とその理由についてともに異論がなく、これに同調するものであるが、本件は、表現行為に対して裁判所の行う事前の規制にかかわる憲法上の重要な論点を提起するものであるから、それが憲法によつて禁止されるものであるかどうか、また憲法上許容されうるとしてもその許否を判断する基準をどこに求めるか、というこの問題の実体的側面を中心として、私の考えるところを述べて、多数意見を補足することとしたい。
一 多数意見の説示するとおり、当裁判所は、憲法21条2項前段に定める検閲とは、行政権が主体となつて、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物について網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解し、「検閲」を右のように古くから典型的な検閲と考えられてきたものに限定するとともに、それは憲法上絶対的に禁止されるものと判示している(昭和57年(行ツ)第156号同59年12月12日大法廷判決・民集38巻12号1308頁)。この見解は、憲法の定める検閲の意味を狭く限定するものであるが、憲法によるその禁止に例外を認めることなく、およそ「検閲」に該当するとされるかぎり憲法上許容される余地がないという厳格な解釈と表裏をなすものであつて、妥当な見解であるといつてよいと思われる。
しかし、右の判示は、表現行為に対する公権力による事前の規制と考えられるもののすべてが「検閲」に当たるという理由によつて憲法上許されないと解することはできない、とするものであつて、一般に表現行為に対する事前の規制が表現の自由を侵害するおそれのきわめて大であることにかんがみると、憲法の規定する「検閲」の絶対的禁止には、憲法上事前の規制一般について消極的な評価がされているという趣旨が含まれていることはいうまでもないところであろう。そして、このような趣旨は、表現の自由を保障する憲法二一条一項の解釈のうちに、当然に生かされなければならないものと考える。もとより、これは同項による憲法上の規律の問題であつて、同条二項前段のような絶対的禁止のそれではないから、事前の抑制であるという一事をもつて直ちに違憲の烙印を押されるものではないが、それが許容されるかどうかについての判断基準の設定においては、厳格な要件が求められることとなるのである。
そもそも表現の自由の制約の合憲性を考えるにあたつては、他の人権とくに経済的な自由権の制約の場合と異なつて、厳格な基準が適用されるのであるが(最高裁昭和45年(あ)第23号同47年11月22日大法廷判決・刑集26巻9号576頁、昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)、同じく表現の自由を制約するものの中にあつても、とりわけ事前の規制に関する場合には、それが合憲とされるためにみたすべき基準は、事後の制裁の場合に比していつそう厳しいものとならざるをえないと解される。当裁判所は、すでに、法律の規制により表現の自由が不当に制限されるという結果を招くことがないよう配慮する必要があるとしつつ、「事前規制的なものについては特に然りというべきである」と判示している(前記昭和59年12月12日大法廷判決)。これは、表現の自由を規制する法律の規定の明確性に関連して論じたものではあるが、表現の自由の規制一般について妥当する考え方であると思われる。もとより、事前の規制といつても多様なものがあるから、これを画一的に判断する基準を設定することは困難であるし、画一的な基準はむしろ適切とはいえない。私は、この場合には、当該事前の規制の性質や機能と右に示された「検閲」のもつ性質や機能との異同の程度を図つてみることが有益であろうと考えている。
二 本件で問題とされているのは、表現行為に対する裁判所の仮処分手続による差止めである。これは、行政機関ではなく、司法裁判所によつてされるものであつて、前示のような「検閲」に当たらないことは明らかである。したがつて、それが当然に、憲法によつて禁止されるものに当たるということはできない。しかし、単に規制を行う機関が裁判所であるという一事によつて、直ちにその差止めが「検閲」から程遠いものとするのは速断にすぎるのであつて、問題の検討にあたつては、その実質を考慮する必要がある。「検閲」の大きな特徴は、一般的包括的に一定の表現を事前の規制の枠のうちにとりこみ、手続上も概して密行的に処理され、原則として処分の理由も示されず、この処分を法的に争う手段が存在しないか又はきわめて乏しいところに求められる。裁判所の仮処分は、多数意見も説示するとおり、網羅的一般的な審査を行うものではなく、当事者の申請に基づいて司法的な手続によつて審理判断がされるもので、理由を付して発せられ、さらにそれが発せられたときにも、法的な手続で争う手段が認められているのであつて、単に担当の機関を異にするというだけではなく、その実質もまた「検閲」と異なるものというべきである。
しかしながら、他面において、裁判所の仮処分による差止めが「検閲」に類似する側面を帯有していることも、否定することはできない。第一に、それは、表現行為が受け手に到達するに先立つて公権力をもつて抑止するものであつて、表現内容の同一のものの再発行のような場合を除いて、差止めをうけた表現は、思想の自由市場、すなわち、いかなる表現も制限なしにもち出され、表現には表現をもつて対抗することが予定されている場にあらわれる機会を奪われる点において、「検閲」と共通の性質をもつている。第二に、裁判所の審査は、表現の外面上の点のみならず、その思想内容そのものにも及ぶのであつて、この点では、当裁判所が、表現物を「容易に判定し得る限りにおいて審査しようとするものにすぎ」ないと判断した税関による輸入品の検査に比しても、「検閲」に近い要素をもつている。第三に、仮の地位を定める仮処分の手続は、司法手続とはいつても非訟的な要素を帯びる手続で、ある意味で行政手続に近似した性格をもつており、またその手続も簡易で、とくに不利益を受ける債務者の意見が聞かれる機会のないこともある点も注意しなければならない。
三 このように考えてくると、裁判所の仮処分による表現行為の事前の差止めは、憲法の絶対的に禁止する「検閲」に当たるものとはいえないが、それと類似するいくつかの面をそなえる事前の規制であるということができ、このような仮処分によつて仮の満足が図られることになる差止請求権の要件についても、憲法の趣旨をうけて相当に厳しい基準によつて判断されなければならないのである。多数意見は、このような考え方に基づくものということができる。私として、以下にこの基準について検討することとしたい。
1 まず考えられるのは、利益較量によつて判断する方法である。およそ人権の制約の合憲性を判断する場合に、その人権とそれに対立する利益との調整が問題となり、そこに利益較量の行われるべきことはいうまでもないところであろう(憲法制定者が制定時においてすでに利益較量を行つたうえでその結論を成文化したと考えられる場合、例えば「検閲」の禁止はそれに当たるが、かかる場合には、ある規制が「検閲」に当たるかどうかは問題となりうるとしても、それに当たるとされる以上絶対的に禁止され、もはや解釈適用の過程で利益較量を行うことは排除されることとなる。しかし、これはきわめて例外的な事例である。)。本件のように、人格権としての名誉権と表現の自由権とが対立する場合、いかに精神的自由の優位を説く立場にあつても、利益較量による調整を図らなければならないことになる。その意味で、判断の過程において利益が較量されるべきこと自体は誤りではない。しかし、利益較量を具体的事件ごとにそこでの諸事情を総合勘案して行うこととすると、それはむしろ基準を欠く判断となり、いずれの利益を優先させる結論に到達するにしても、判断者の恣意に流れるおそれがあり、表現の自由にあつては、それに対する萎縮的効果が大きい。したがつて、合理性の基準をもつて判断してよいときは別として、精神的自由権にかかわる場合には、単に事件ごとに利益較量によつて判断することで足りるとすることなく、この較量の際の指標となるべき基準を求めなければならないと思われる。
表現行為には多種多様のものがあるが、これを類型に分類してそれぞれの類型別に利益較量を行う考え方は、右に述べた事件ごとに個別的に較量を行うのに比して、較量に一定のルールを与え、規制の許される場合を明確化するものであつて、有用な見解であると思われる。本件のような名誉毀損の事案において、その被害者とされる対象の社会的地位を考慮し、例えば公的な人物に対する批判という類型に属するとき、その表現のもつ公益性を重視して判断するのはその一例であるが、この方法によれば、表現の自由と名誉権との調和について相当程度に客観的とみられる判断を確保できることになろう。大橋裁判官の補足意見はこの考え方を支持するものであつて、示唆に富む見解である。そして、このような類型を重視する利益較量を行うならば、本件においては、多数意見と同じ結論になるといえるし、多数意見も、基本的にはこの考え方に共通する立場に立つものといつてもよい。ただ、私見によれば、本件のような事案は別として、一般的に類型別の利益較量によつて判断すべきものとすれば、表現の類型をどのように分類するか、それぞれの類型についてどのような判断基準を採用するか、の点において複雑な問題を生ずるおそれがあり、また、もし類型別の基準が硬直化することになると、妥当な判断を保障しえないうらみがある。そして、何よりも、類型別の利益較量は、表現行為に対する事後の制裁の合憲性を判断する際に適切であるとしても、事前の規制の場合には、まさに、事後ではなく「事前の」規制であることそれ自体を重視すべきものと思われる。ここで表現の類型を考えることも有用ではあるが、かえつて事前の規制である点の考慮を稀薄にするのではあるまいか。
2 つぎに、谷口裁判官の意見に示された「現実の悪意」の基準が考えられる。これは、表現の自由のもつ重要な価値に着目して、その保障を強くする理論であつて、この見解に対して深い敬意を表するものである。そして、同裁判官が本件における多数意見の結論に賛成されることでも明らかなように、この見解をとつても本件において結論は変ることはなく、あえていえば、異なる視角から同じ結論に到達するものといえなくもない。ただ私としては、たとえ公的人物を対象とする名誉毀損の場合に限るとしても、これを事前の規制に対する判断基準として用いることに若干の疑問をもつている。客観的な事実関係から現実の悪意を推認することも可能ではあるが、それが表現行為者の主観に立ち入るものであるだけに、仮処分のような迅速な処理を要する手続において用いる基準として適当でないことも少なくなく、とくに表現行為者の意見を聞くことなしにこの基準を用いることは、妥当性を欠くものと思われる。私は、この基準を、公的な人物に対する名誉毀損に関する事後の制裁を考える場合の判断の指標として、その検討を将来に保留しておきたいと思う。
3 多数意見の採用する基準は、表現の自由と名誉権との調整を図つている実定法規である刑法230条ノ2の規定の趣旨を参酌しながら、表現行為が公職選挙の候補者又は公務員に対する評価批判等に関するものである場合に、それに事前に規制を加えることは裁判所といえども原則として許されないとしつつ、例外的に、表現内容が真実でなく又はそれが専ら公益に関するものでないことが明白であつて、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれのある場合に限つて、事前の差止めを許すとするものである。このように、表現内容が明白に真実性を欠き公益目的のために作成されたものでないと判断され、しかも名誉権について事後的には回復し難い重大な損害を生ずるおそれのある場合に、裁判所が事前に差し止めることを許しても、事前の規制に伴う弊害があるということはできず、むしろ、そのような表現行為は価値において名誉権に劣るとみられてもやむをえないというべきであり、このような表現行為が裁判によつて自由市場にあらわれえないものとされることがあつても、憲法に違背するとは考えられない。そして、顕著な明白性を要求する限り、この基準は、谷口裁判官の説かれるように、不確定の要件をもつて表現行為を抑えるもので表現の自由の保障に対する歯止めとなりえない、ということはできないように思われる。
四 以上のような厳格な基準を適用することにすれば、実際上、立証方法が疎明に限定される仮処分によつて表現行為の事前の差止めが許される場合は、著しく制限されることになろう。公的な人物、とりわけ公職選挙の候補者、公務員とくに公職選挙で選ばれる公務員や政治ないし行政のあり方に影響力を行使できる公務員に対する名誉毀損は、本件のような特異な例外的場合を除いて、仮処分によつて事前に差し止めることはできないことになると思われる。私も、名誉権が重要な人権であり,また、名誉を毀損する表現行為が公にされると名誉は直ちに侵害をうけるものであるため、名誉を真に保護するために事前の差止めが必要かつ有効なものであることを否定するものではない。しかし、少なくとも公的な人物を対象とする場合には、表現の自由の価値が重視され、被害者が救済をうけることができるとしても、きわめて限られた例外を除いて、その救済は、事後の制裁を通じてされるものとするほかはないと思われる。なお、わが国において名誉毀損に対する損害賠償は、それが認容される場合においても、しばしば名目的な低額に失するとの非難を受けており、関係者の反省を要することについては、大橋裁判官の補足意見に指摘されるとおりである。またさらに、このような事後の救済手段として、現在認められているよりもいつそう有効適切なものを考える必要があるようにも考えられるが、それは本件のような仮処分による事前の規制の許否とは別個の問題である。
裁判官大橋進の補足意見は、次のとおりである。」(伊藤正己裁判官の補足意見)
過去問・解説
(H18 司法 第5問 小問1第2肢改題)
公職候補者を厳しく批判する雑誌の刊行、販売、配布等を差し止める仮処分が争われた事例についての判決は、事実の報道の自由が憲法21条の保障の下にあると述べるにあたり、報道機関の報道が国民の「知る権利」に奉仕することを指摘している。
(H24 司法 第3問 ア)
裁判所の事前差止めは、思想内容等の表現物につき、その発表の禁止を目的として、対象となる表現物の内容を網羅的一般的に審査する性質を有するものではあるが、裁判所という司法機関により行われるものであるから、憲法21条2項前段の「検閲」には当たらない。
(正答) ✕
(解説)
「北方ジャーナル」事件判決(最大判昭61.6.11)は、「憲法21条2項前段にいう検閲とは、行政権が主体となつて、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべき…である。」とした上で、「一定の記事を掲載した雑誌その他の出版物の印刷、製本、販売、頒布等の仮処分による事前差止めは、裁判の形式によるとはいえ、…非訟的な要素を有することを否定することはできない」と述べているから、「裁判所という司法機関により行われるもの」(本肢)であることを理由に「検閲」に当たらないと判断しているのではない。
本判決が裁判所の事前差止めが「検閲」に当たらないと判断した理由は、「表現物の内容の網羅的一般的な審査に基づく事前規制が行政機関によりそれ自体を目的として行われる場合とは異なり、個別的な私人間の紛争について、司法裁判所により、当事者の申請に基づき差止請求権等の私法上の被保全権利の存否、保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであ」ることにある。
(H24 司法 第3問 イ)
裁判所の事前差止めは、表現行為が公共の利害に関する事項の場合は原則として許されないが、表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白で、かつ、被害者が重大で著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときは、例外的に許される。
(正答) 〇
(解説)
「北方ジャーナル」事件判決(最大判昭61.6.11)は、「出版物の頒布等の事前差止めは、このような事前抑制に該当するものであつて、とりわけ、その対象が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関するものである場合には、そのこと自体から、一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができ、前示のような憲法21条1項の趣旨(前記…参照)に照らし、その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み憲法上特に保護されるべきであることにかんがみると、当該表現行為に対する事前差止めは、原則として許されないものといわなければならない。ただ、右のような場合においても、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものではないことが明白であつて、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは、当該表現行為はその価値が被害者の名誉に劣後することが明らかであるうえ、有効適切な救済方法としての差止めの必要性も肯定されるから、かかる実体的要件を具備するときに限つて、例外的に事前差止めが許されるものというべきであ…る」としている。
(H24 司法 第3問 ウ)
公共の利害に関する事項についての表現行為に対し事前差止めを命ずる仮処分命令を発する際には、口頭弁論又は債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることが原則として必要である。
(正答) 〇
(解説)
「北方ジャーナル」事件判決(最大判昭61.6.11)は、「表現行為の事前抑制につき以上説示するところによれば、公共の利害に関する事項についての表現行為に対し、その事前差止めを仮処分手続によつて求める場合に、一般の仮処分命令手続のように、専ら迅速な処理を旨とし、口頭弁論ないし債務者の審尋を必要的とせず、立証についても疎明で足りるものとすることは、表現の自由を確保するうえで、その手続的保障として十分であるとはいえず、しかもこの場合、表現行為者側の主たる防禦方法は、その目的が専ら公益を図るものであることと当該事実が真実であることとの立証にあるのである…から、事前差止めを命ずる仮処分命令を発するについては、口頭弁論又は債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることを原則とすべきものと解するのが相当である。」としている。
(R3 予備 第3問 ア)
裁判所による出版物の頒布等の事前差止めは、憲法21条2項にいう検閲に当たり原則として禁じられるが、出版等の表現の自由が個人の名誉の保護と衝突する場合には、厳格かつ明確な要件の下、例外的に事前差止めが許容されることがある。
(R5 司法 第3問 イ)
公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関する事前差止めは、原則として許されず、例外的に、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものではないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときにのみ許されるが、その場合には迅速を旨とする仮処分手続による以上、原則として、口頭弁論や債務者審尋を経る必要はない。
(正答) ✕
(解説)
「北方ジャーナル」事件判決(最大判昭61.6.11)は、「表現行為の事前抑制につき以上説示するところによれば、公共の利害に関する事項についての表現行為に対し、その事前差止めを仮処分手続によつて求める場合に、一般の仮処分命令手続のように、専ら迅速な処理を旨とし、口頭弁論ないし債務者の審尋を必要的とせず、立証についても疎明で足りるものとすることは、表現の自由を確保するうえで、その手続的保障として十分であるとはいえず、しかもこの場合、表現行為者側の主たる防禦方法は、その目的が専ら公益を図るものであることと当該事実が真実であることとの立証にあるのである…から、事前差止めを命ずる仮処分命令を発するについては、口頭弁論又は債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることを原則とすべきものと解するのが相当である。」とした上で、「ただ、差止めの対象が公共の利害に関する事項についての表現行為である場合においても、口頭弁論を開き又は債務者の審尋を行うまでもなく、債権者の提出した資料によつて、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものではないことが明白であり、かつ、債権者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があると認められるときは、口頭弁論又は債務者の審尋を経ないで差止めの仮処分命令を発したとしても、憲法21条の前示の趣旨に反するものということはできない。」としている。このように、本判決は、「公共の利害に関する事項についての表現行為に対し、その…事前差止めを命ずる仮処分命令を発するにについては、口頭弁論又は債務者の審尋を行い、表現内容の真実性等の主張立証の機会を与えることを原則とすべき」としているから、本肢における「原則として、口頭弁論や債務者審尋を経る必要はない。」という部分は、誤っている。
(R5 予備 第2問 ウ)
人格権としての個人の名誉を害する内容を含む表現行為の事前差止めは、その対象が公務員や公職選挙の候補者に対する評価、批判等である場合には原則として許されないが、その表現内容が真実でなく、又は専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときは、例外的に許される。
(正答) 〇
(解説)
「北方ジャーナル」事件判決(最大判昭61.6.11)は、「出版物の頒布等の事前差止めは、このような事前抑制に該当するものであつて、とりわけ、その対象が公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関するものである場合には、そのこと自体から、一般にそれが公共の利害に関する事項であるということができ、前示のような憲法21条1項の趣旨(前記…参照)に照らし、その表現が私人の名誉権に優先する社会的価値を含み憲法上特に保護されるべきであることにかんがみると、当該表現行為に対する事前差止めは、原則として許されないものといわなければならない。ただ、右のような場合においても、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものではないことが明白であつて、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは、当該表現行為はその価値が被害者の名誉に劣後することが明らかであるうえ、有効適切な救済方法としての差止めの必要性も肯定されるから、かかる実体的要件を具備するときに限つて、例外的に事前差止めが許されるものというべきであ…る」としている。
週刊文春記事差止事件 東京高決平成16年3月31日
概要
判例
判旨:原審は、プライバシー侵害を理由とする出版物の頒布等の事前差止めについて、名誉権侵害を理由とする出版物の事前差止目に関する「北方ジャーナル」事件判決(最大判昭和61年6月11日)の判例理論を転用し、「プライバシーは極めて重大な保護法益であり、人格権としてのプライバシー権は物権の場合と同様に排他性を有する権利として、その侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である」として、その要件として、①本件記事が「公共の利害に関する事項に係るものといえないこと、②本件記事が「専ら公益を図る目的のものでないことが明白であること、③本件記事によって「被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあること」という3要件を挙げているところ、本決定は原審の判断枠組みを維持している。
過去問・解説
(H24 予備 第2問 ア)
国会議員の娘の離婚記事の出版差止めを認めた仮処分の保全異議に対する決定(東京地決平成16年3月19日)と、その抗告審決定(東京高決平成16年3月31日)は、いずれも、差止めの実質的要件について、「北方ジャーナル」事件(最大判昭和61年6月11日))を参照し、公共性、公益性、重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれ、という3要件を用いた。
(正答) 〇
(解説)
週刊文春記事差止事件決定(東京地決平16.3.19)は、この点について、「〔1〕本件記事が「公共の利害に関する事項に係るものといえないこと」、〔2〕本件記事が「専ら公益を図る目的のものでないことが明白であること」、〔3〕本件記事によって「被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあること」、という三つの要件を挙げている。」。そして、国会議員の娘の離婚記事の出版差止めを認めた仮処分の保全異議に対する決定(東京地決平16.3.19)は「当裁判所としても、本件保全抗告事件においては、上記3要件を判断の枠組みとするところに沿って判断するのが相当であると解する。」と同様の枠組みを用いている。したがって、本肢と同様の枠組みを用いた判示がなされているといえる。
(H24 予備 第2問 イ)
国会議員の娘の離婚記事の出版差止めを認めた仮処分の保全異議に対する決定(東京地決平成16年3月19日)と、その抗告審決定(東京高決平成16年3月31日)は、記事内容の公共性について判断を異にした。抗告審は、婚姻や離婚という出来事自体は私事であるが、娘は政治家一家の長女であって後継者となる可能性があることを理由に、記事内容の公共性を認めた。
福島県青少年健全育成条例16条1項にいう「自動販売機」の該当性(R6) 最二小判平成21年3月9日
概要
判例
判旨:「本条例の定めるような有害図書類が、一般に思慮分別の未熟な青少年の性に関する価値観に悪い影響を及ぼすなどして、青少年の健全な育成に有害であることは社会共通の認識であり、これを青少年に販売することには弊害があるということができる。自動販売機によってこのような有害図書類を販売することは、売手と対面しないため心理的に購入が容易であること、昼夜を問わず販売が行われて購入が可能となる上、どこにでも容易に設置でき、本件のように周囲の人目に付かない場所に設置されることによって、一層心理的規制が働きにくくなると認められることなどの点において、書店等における対面販売よりもその弊害が大きいといわざるを得ない。本件のような監視機能を備えた販売機であっても、その監視及び販売の態勢等からすれば、監視のための機器の操作者において外部の目にさらされていないために18歳未満の者に販売しないという動機付けが働きにくいといった問題があるなど、青少年に有害図書類が販売されないことが担保されているとはいえない。以上の点からすれば、本件機器を含めて自動販売機に有害図書類を収納することを禁止する必要性が高いということができる。その結果、青少年以外の者に対する関係においても、有害図書類の流通を幾分制約することにはなるが、それらの者に対しては、書店等における販売等が自由にできることからすれば、有害図書類の「自動販売機」への収納を禁止し、その違反に対し刑罰を科すことは、青少年の健全な育成を阻害する有害な環境を浄化するための必要やむを得ないものであって、憲法21条1項、22条1項、31条に違反するものではない。」
過去問・解説
(R6 司法 第5問 ウ)
青少年保護育成条例による有害図書の自動販売機への収納の禁止は、青少年との関係では、その健全な育成を保護するための必要やむを得ない制約であり、憲法第21条第1項に反しないし、成人との関係でも、設置を禁止する場所を指定するなど、一定の限定が付加される限り、同項に反しない。