①公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法3条1項又は公害健康被害補償法(昭和62年法律第97号による改正前のもの)4条2項に基づき水俣病患者認定申請をした者が相当期間内に応答処分されることにより焦燥、不安の気持ちを抱かされないという利益は、内心の静穏な感情を害されない利益として、不法行為法上の保護の対象になる。
②右認定申請を受けた処分庁には、不当に長期間にわたちないうちに応答処分をすべき条理上の作為義務があり、右の作為義務に違反したというためには、客観的に処分庁がその処分のために手続上必要と考えられる期間内に処分ができなかったことだけでは足りず、その期間に比して更に長期間にわたり遅延が続き、かつ、その間、処分庁として通常期待される努力によって遅延を解消できたのに、これを回避するための努力を尽くさなかったことが必要である。
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行政法 水俣病認定申請に関する熊本県知事の不作為 最二小判平成3年4月26日
概要
判例
事案: 水俣病と認定すべき旨の申請を、国から認定業務の委任を受けている県知事に対してしたXらが、知事の長期間の不作為により精神的苦痛を被ったとして、国及び県に対し慰謝料を請求した事案において、①公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法3条1項又は公害健康被害補償法(昭和62年法律第97号による改正前のもの)4条2項に基づき水俣病患者認定申請をした者が相当期間内に応答処分されることにより焦燥、不安の気持ちを抱かされない利益が法的保護の対象となるか、②右認定申請を受けた処分庁が不当に長期間にわたらないうちに応答処分をすべき条理上の作為義務に違反したといえるための要件は何かなどが問題となった。
判旨:①「一般的には、各人の価値観が多様化し、精神的な摩擦が様々な形で現れている現代社会においては、各人が自己の行動について他者の社会的活動との調和を充分に図る必要があるから、人が社会生活において他者から内心の静穏な感情を害され精神的苦痛を受けることがあっても、一定の限度では甘受すべきものというべきではあるが、社会通念上その限度を超えるものについては人格的な利益として法的に保護すべき場合があり、それに対する侵害があれば、その侵害の態様、程度いかんによっては、不法行為が成立する余地があるものと解すべきである。これを本件についてみるに、既に検討したように、認定申請者としての、早期の処分により水俣病にかかっている疑いのままの不安定な地位から早期に解放されたいという期待、その期待の背後にある申請者の焦燥、不安の気持を抱かされないという利益は、内心の静穏な感情を害されない利益として、これが不法行為法上の保護の対象になり得るものと解するのが相当である。」
②「救済法及び補償法の下で、申請者から認定申請を受けた知事は、それに対する処分を迅速、適正にすべき行政手続上の作為義務があることはいうまでもなく、これに対応して、認定申請者には、申請に対して迅速、適正に処分を受ける手続上の権利を有することになる。しかしながら、知事の負っている右作為義務は、申請者の地位にある者の内心の静穏な感情を害されないという私的利益の保護に直接向けられたものではないから、右の行政手続上の作為義務が直ちに後者の利益に対応するものとはいえず、これについては別途の考察が必要である。 そして、救済法及び補償法からは、認定申請に対する処分の遅延そのものに対する申請者の内心の不安感、焦燥感等に対して、これに特別の配慮を加え、その利益のために一定期間内に処分すべき旨を定めた法意を見いだすことはできない。もっとも、…被上告人らと知事との間には、…水俣病不作為の違法確認請求事件の確定判決がある…が、この訴訟の性質からすれば、その違法であることの確認の趣旨は、右訴訟の弁論終結時点において、知事が処分をすべき行政手続上の作為義務に違反していることを確認することにあるから、これが直ちに認定申請者の右の法的利益に向けた作為義務を認定し、その利益侵害という意味での不作為の違法性を確認するものではないと解すべきである。
…しかし、救済法及び補償法の中に、認定申請者の右のような私的利益に直接向けられた作為義務の根拠を見いだし難いとしても、一般に、処分庁が認定申請を相当期間内に処分すべきは当然であり、これにつき不当に長期間にわたって処分がされない場合には、早期の処分を期待していた申請者が不安感、焦燥感を抱かされ内心の静穏な感情を害されるに至るであろうことは容易に予測できることであるから、処分庁には、こうした結果を回避すべき条理上の作為義務があるということができる。 そして、処分庁が右の意味における作為義務に違反したといえるためには、客観的に処分庁がその処分のために手続上必要と考えられる期間内に処分できなかったことだけでは足りず、その期間に比してさらに長期間にわたり遅延が続き、かつ、その間、処分庁として通常期待される努力によって遅延を解消できたのに、これを回避するための努力を尽くさなかったことが必要であると解すべきである。 そこで、本件において、処分庁たる知事が、故意又は過失により右のような条理上の作為義務に違反しているかどうかについて検討するに、原審が確定した前記…の事実によれば、被上告人らの認定申請については、その申請時から処分時まで、あるいは未処分のまま第1審の口頭弁論終結時に至るまで長期間経過したものがあり、申請の中には最高9年余の期間を経過したものもあるというのであるから、その時間的経過だけでみる限り、知事が右作為義務に違反しているかのように考えられないわけではない。しかし、その間、知事が処分することが可能であったかどうか、また知事が遅延解消のための通常期待される努力を尽くさなかったかどうかについての原審の認定判断は、次に検討するとおり、にわかに是認することができない。」
判旨:①「一般的には、各人の価値観が多様化し、精神的な摩擦が様々な形で現れている現代社会においては、各人が自己の行動について他者の社会的活動との調和を充分に図る必要があるから、人が社会生活において他者から内心の静穏な感情を害され精神的苦痛を受けることがあっても、一定の限度では甘受すべきものというべきではあるが、社会通念上その限度を超えるものについては人格的な利益として法的に保護すべき場合があり、それに対する侵害があれば、その侵害の態様、程度いかんによっては、不法行為が成立する余地があるものと解すべきである。これを本件についてみるに、既に検討したように、認定申請者としての、早期の処分により水俣病にかかっている疑いのままの不安定な地位から早期に解放されたいという期待、その期待の背後にある申請者の焦燥、不安の気持を抱かされないという利益は、内心の静穏な感情を害されない利益として、これが不法行為法上の保護の対象になり得るものと解するのが相当である。」
②「救済法及び補償法の下で、申請者から認定申請を受けた知事は、それに対する処分を迅速、適正にすべき行政手続上の作為義務があることはいうまでもなく、これに対応して、認定申請者には、申請に対して迅速、適正に処分を受ける手続上の権利を有することになる。しかしながら、知事の負っている右作為義務は、申請者の地位にある者の内心の静穏な感情を害されないという私的利益の保護に直接向けられたものではないから、右の行政手続上の作為義務が直ちに後者の利益に対応するものとはいえず、これについては別途の考察が必要である。 そして、救済法及び補償法からは、認定申請に対する処分の遅延そのものに対する申請者の内心の不安感、焦燥感等に対して、これに特別の配慮を加え、その利益のために一定期間内に処分すべき旨を定めた法意を見いだすことはできない。もっとも、…被上告人らと知事との間には、…水俣病不作為の違法確認請求事件の確定判決がある…が、この訴訟の性質からすれば、その違法であることの確認の趣旨は、右訴訟の弁論終結時点において、知事が処分をすべき行政手続上の作為義務に違反していることを確認することにあるから、これが直ちに認定申請者の右の法的利益に向けた作為義務を認定し、その利益侵害という意味での不作為の違法性を確認するものではないと解すべきである。
…しかし、救済法及び補償法の中に、認定申請者の右のような私的利益に直接向けられた作為義務の根拠を見いだし難いとしても、一般に、処分庁が認定申請を相当期間内に処分すべきは当然であり、これにつき不当に長期間にわたって処分がされない場合には、早期の処分を期待していた申請者が不安感、焦燥感を抱かされ内心の静穏な感情を害されるに至るであろうことは容易に予測できることであるから、処分庁には、こうした結果を回避すべき条理上の作為義務があるということができる。 そして、処分庁が右の意味における作為義務に違反したといえるためには、客観的に処分庁がその処分のために手続上必要と考えられる期間内に処分できなかったことだけでは足りず、その期間に比してさらに長期間にわたり遅延が続き、かつ、その間、処分庁として通常期待される努力によって遅延を解消できたのに、これを回避するための努力を尽くさなかったことが必要であると解すべきである。 そこで、本件において、処分庁たる知事が、故意又は過失により右のような条理上の作為義務に違反しているかどうかについて検討するに、原審が確定した前記…の事実によれば、被上告人らの認定申請については、その申請時から処分時まで、あるいは未処分のまま第1審の口頭弁論終結時に至るまで長期間経過したものがあり、申請の中には最高9年余の期間を経過したものもあるというのであるから、その時間的経過だけでみる限り、知事が右作為義務に違反しているかのように考えられないわけではない。しかし、その間、知事が処分することが可能であったかどうか、また知事が遅延解消のための通常期待される努力を尽くさなかったかどうかについての原審の認定判断は、次に検討するとおり、にわかに是認することができない。」
過去問・解説
(H23 共通 第36問 エ)
公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法又は公害健康被害の補償等に関する法律に基づき、水俣病と認定すべき旨の申請を知事に行ったものの、何らの応答処分を相当期間内に受けなかったという場合において、認定要件を満たす者が被る損害は、認定されることにより解消されることになるから、申請処理の遅延による精神的苦痛について国家賠償法に基づく慰謝料請求は認められない。
公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法又は公害健康被害の補償等に関する法律に基づき、水俣病と認定すべき旨の申請を知事に行ったものの、何らの応答処分を相当期間内に受けなかったという場合において、認定要件を満たす者が被る損害は、認定されることにより解消されることになるから、申請処理の遅延による精神的苦痛について国家賠償法に基づく慰謝料請求は認められない。
(正答)✕
(解説)
判例(最判平3.4.26)は、「一般的には、各人の価値観が多様化し、精神的な摩擦が様々な形で現れている現代社会においては、各人が自己の行動について他者の社会的活動との調和を充分に図る必要があるから、人が社会生活において他者から内心の静穏な感情を害され精神的苦痛を受けることがあっても、一定の限度では甘受すべきものというべきではあるが、社会通念上その限度を超えるものについては人格的な利益として法的に保護すべき場合があり、それに対する侵害があれば、その侵害の態様、程度いかんによっては、不法行為が成立する余地があるものと解すべきである。これを本件についてみるに、既に検討したように、認定申請者としての、早期の処分により水俣病にかかっている疑いのままの不安定な地位から早期に解放されたいという期待、その期待の背後にある申請者の焦燥、不安の気持を抱かされないという利益は、内心の静穏な感情を害されない利益として、これが不法行為法上の保護の対象になり得るものと解するのが相当である。」としている。
したがって、水俣病と認定されたとしても慰謝料請求が認められる余地がある。
判例(最判平3.4.26)は、「一般的には、各人の価値観が多様化し、精神的な摩擦が様々な形で現れている現代社会においては、各人が自己の行動について他者の社会的活動との調和を充分に図る必要があるから、人が社会生活において他者から内心の静穏な感情を害され精神的苦痛を受けることがあっても、一定の限度では甘受すべきものというべきではあるが、社会通念上その限度を超えるものについては人格的な利益として法的に保護すべき場合があり、それに対する侵害があれば、その侵害の態様、程度いかんによっては、不法行為が成立する余地があるものと解すべきである。これを本件についてみるに、既に検討したように、認定申請者としての、早期の処分により水俣病にかかっている疑いのままの不安定な地位から早期に解放されたいという期待、その期待の背後にある申請者の焦燥、不安の気持を抱かされないという利益は、内心の静穏な感情を害されない利益として、これが不法行為法上の保護の対象になり得るものと解するのが相当である。」としている。
したがって、水俣病と認定されたとしても慰謝料請求が認められる余地がある。
(H28 司法 第21問 ア)
最高裁判所の判旨に照らすと、水俣病患者認定申請に対する応答処分をしない行政庁の不作為の違法確認を求める訴訟における違法と、当該認定申請に対する行政庁の応答処分の遅延による精神的損害につき賠償を求める国家賠償請求訴訟における違法は同じであるから、前者の訴訟に係る認容判決の既判力は、後者の訴訟の当事者及び裁判所に及ぶとされている。
最高裁判所の判旨に照らすと、水俣病患者認定申請に対する応答処分をしない行政庁の不作為の違法確認を求める訴訟における違法と、当該認定申請に対する行政庁の応答処分の遅延による精神的損害につき賠償を求める国家賠償請求訴訟における違法は同じであるから、前者の訴訟に係る認容判決の既判力は、後者の訴訟の当事者及び裁判所に及ぶとされている。
(正答)✕
(解説)
判例(最判平3.4.26)は、「一般的には、各人の価値観が多様化し、精神的な摩擦が様々な形で現れている現代社会においては、各人が自己の行動について他者の社会的活動との調和を充分に図る必要があるから、人が社会生活において他者から内心の静穏な感情を害され精神的苦痛を受けることがあっても、一定の限度では甘受すべきものというべきではあるが、社会通念上その限度を超えるものについては人格的な利益として法的に保護すべき場合があり、それに対する侵害があれば、その侵害の態様、程度いかんによっては、不法行為が成立する余地があるものと解すべきである。これを本件についてみるに、既に検討したように、認定申請者としての、早期の処分により水俣病にかかっている疑いのままの不安定な地位から早期に解放されたいという期待、その期待の背後にある申請者の焦燥、不安の気持を抱かされないという利益は、内心の静穏な感情を害されない利益として、これが不法行為法上の保護の対象になり得るものと解するのが相当である。」としている。
このように、水俣病患者認定申請に対する応答処分をしない行政庁の不作為の違法確認を求める訴訟における違法とは別に、応答処分の遅延による精神的損害につき賠償を求める国家賠償請求訴訟における違法が認められる余地があり、これらは原因が異なるから、別の訴訟物を構成する。
したがって、前者の訴訟に係る認容判決の既判力は、後者の訴訟の当事者及び裁判所に及ばない(民訴法114条1項参照)。
判例(最判平3.4.26)は、「一般的には、各人の価値観が多様化し、精神的な摩擦が様々な形で現れている現代社会においては、各人が自己の行動について他者の社会的活動との調和を充分に図る必要があるから、人が社会生活において他者から内心の静穏な感情を害され精神的苦痛を受けることがあっても、一定の限度では甘受すべきものというべきではあるが、社会通念上その限度を超えるものについては人格的な利益として法的に保護すべき場合があり、それに対する侵害があれば、その侵害の態様、程度いかんによっては、不法行為が成立する余地があるものと解すべきである。これを本件についてみるに、既に検討したように、認定申請者としての、早期の処分により水俣病にかかっている疑いのままの不安定な地位から早期に解放されたいという期待、その期待の背後にある申請者の焦燥、不安の気持を抱かされないという利益は、内心の静穏な感情を害されない利益として、これが不法行為法上の保護の対象になり得るものと解するのが相当である。」としている。
このように、水俣病患者認定申請に対する応答処分をしない行政庁の不作為の違法確認を求める訴訟における違法とは別に、応答処分の遅延による精神的損害につき賠償を求める国家賠償請求訴訟における違法が認められる余地があり、これらは原因が異なるから、別の訴訟物を構成する。
したがって、前者の訴訟に係る認容判決の既判力は、後者の訴訟の当事者及び裁判所に及ばない(民訴法114条1項参照)。