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刑法 監督過失における信頼の原則 札幌高判昭和56年1月22日
概要
過失行為を行った者を監督すべき地位にある者の過失の有無を判断する際にも、信頼の原則が適用されうる。
判例
事案:ボイラーマンの過失により病院が火災となり、入院患者ら6名が死傷した事案において、経営管理者たる病院長の過失責任の有無が問題となった。
判旨:「もし甲看護婦が遅くとも前記のとおり入院患者らに避難を呼びかけている段階において前記非常口の開錠と前記新生児の救出とに思いを致したならば、この非常口の開扉のための鍵は、前記看護婦詰所内の窓枠に非常口の鍵である旨を表示した札に結びつけられて吊されており、また、新生児はすべて右詰所のすぐ隣りの新生児室に収容されており、同室には新生児搬出用担架(1個で新生児4名位を搬出しうるもの)が2個備え付けられていたから、甲が右非常口を早期に開錠し、かつ、前述の乙助産婦による救出活動と相俟つて、当時旧館内にいた新生児6名全員を無事救出することができたことは確実であった。
…本件死傷は甲看護婦が前記2の行動に出なかったことによって生じたものであるところ、甲看護婦が他に有効な救出活動、避難誘導又は消火活動に従事していたため…行動に出ることができなかったという特段の事情がない限り(かかる特段の事情の存否については原判決は何ら触れていない。)、甲看護婦の…行動は同女が18歳の見習看護婦にすぎなかったことを考慮に入れても、不適切極まりないというべく、同女において当直看護婦としての自覚がありさえすれば、当然…行動に出るに違いないと誰しも考えるところであり、従って、同女が右自覚に欠けていると考えるべき特段の事情がない限り、原判示の対策準則に基づく十分な訓練を同女にあらかじめ施しておかなければ同女が…行動に出ないかもしれないという点についての予見可能性はなく、従ってまた予見義務もないというべく、このことは前述のとおり本件病院の経営管理事務につき責任を負うべき被告人両名についても同様である。のみならず、本件病院には、前述のとおり29名もの看護婦が勤務し、甲はそのうちの一見習看護婦であったことから考えると、甲看護婦は、本件火災のときまで、上司(例えば看護婦長)から、非常の場合には何をさておいても、まず非常口開扉と新生児救出とを図るべきである旨の教導指示がなされていたと思われるが、かかる教導指示の有無についても原判決は何ら触れていないし、その他甲看護婦の性格、能力、経験年数及び在勤年数の如何等、被告人両名が甲に対し、原判示の対策準則に基づく十分な訓練をしていなくても非常の場合にも前記非常口開扉や新生児救出を十分行いうるとの信頼を寄せることについての積極酌又は消極的要因となるべき事情の有無について判断を加えないまま卒然被告人両名に対し原判示のような業務上の注意義務があるとした原判決は、本件死傷の結果発生(すなわちその原因となった甲看護婦の不適切極まりない行動)についての予見可能性の存否についての判断(換言すれば甲看護婦に対する信頼の原則の適用)を誤っているといわざるを得ず、かかる刑法211条前段の解釈適用についての原判決の法令適用の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであることはいうを俟たないところである。
よって、原判決のうち被告人両名に関する部分は、既にこの点において破棄を免れない。」
判旨:「もし甲看護婦が遅くとも前記のとおり入院患者らに避難を呼びかけている段階において前記非常口の開錠と前記新生児の救出とに思いを致したならば、この非常口の開扉のための鍵は、前記看護婦詰所内の窓枠に非常口の鍵である旨を表示した札に結びつけられて吊されており、また、新生児はすべて右詰所のすぐ隣りの新生児室に収容されており、同室には新生児搬出用担架(1個で新生児4名位を搬出しうるもの)が2個備え付けられていたから、甲が右非常口を早期に開錠し、かつ、前述の乙助産婦による救出活動と相俟つて、当時旧館内にいた新生児6名全員を無事救出することができたことは確実であった。
…本件死傷は甲看護婦が前記2の行動に出なかったことによって生じたものであるところ、甲看護婦が他に有効な救出活動、避難誘導又は消火活動に従事していたため…行動に出ることができなかったという特段の事情がない限り(かかる特段の事情の存否については原判決は何ら触れていない。)、甲看護婦の…行動は同女が18歳の見習看護婦にすぎなかったことを考慮に入れても、不適切極まりないというべく、同女において当直看護婦としての自覚がありさえすれば、当然…行動に出るに違いないと誰しも考えるところであり、従って、同女が右自覚に欠けていると考えるべき特段の事情がない限り、原判示の対策準則に基づく十分な訓練を同女にあらかじめ施しておかなければ同女が…行動に出ないかもしれないという点についての予見可能性はなく、従ってまた予見義務もないというべく、このことは前述のとおり本件病院の経営管理事務につき責任を負うべき被告人両名についても同様である。のみならず、本件病院には、前述のとおり29名もの看護婦が勤務し、甲はそのうちの一見習看護婦であったことから考えると、甲看護婦は、本件火災のときまで、上司(例えば看護婦長)から、非常の場合には何をさておいても、まず非常口開扉と新生児救出とを図るべきである旨の教導指示がなされていたと思われるが、かかる教導指示の有無についても原判決は何ら触れていないし、その他甲看護婦の性格、能力、経験年数及び在勤年数の如何等、被告人両名が甲に対し、原判示の対策準則に基づく十分な訓練をしていなくても非常の場合にも前記非常口開扉や新生児救出を十分行いうるとの信頼を寄せることについての積極酌又は消極的要因となるべき事情の有無について判断を加えないまま卒然被告人両名に対し原判示のような業務上の注意義務があるとした原判決は、本件死傷の結果発生(すなわちその原因となった甲看護婦の不適切極まりない行動)についての予見可能性の存否についての判断(換言すれば甲看護婦に対する信頼の原則の適用)を誤っているといわざるを得ず、かかる刑法211条前段の解釈適用についての原判決の法令適用の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであることはいうを俟たないところである。
よって、原判決のうち被告人両名に関する部分は、既にこの点において破棄を免れない。」
過去問・解説
(H25 司法 第15問 5)
過失行為を行った者を監督すべき地位にある者の過失の有無を判断する際には、信頼の原則は適用されない。
過失行為を行った者を監督すべき地位にある者の過失の有無を判断する際には、信頼の原則は適用されない。
(正答)✕
(解説)
裁判例(札幌高判昭56.1.22)は、ボイラーマンの過失による病院火災で経営管理者たる病院長の過失責任の有無が問題となった事案において、「甲看護婦の…行動は同女が18歳の見習看護婦にすぎなかったことを考慮に入れても、不適切極まりないというべく、同女において当直看護婦としての自覚がありさえすれば、当然…行動に出るに違いないと誰しも考えるところであり、従って、同女が右自覚に欠けていると考えるべき特段の事情がない限り、原判示の対策準則に基づく十分な訓練を同女にあらかじめ施しておかなければ同女が…行動に出ないかもしれないという点についての予見可能性はなく、従ってまた予見義務もないというべく、このことは前述のとおり本件病院の経営管理事務につき責任を負うべき被告人両名についても同様である。…本件死傷の結果発生(すなわちその原因となった甲看護婦の不適切極まりない行動)についての予見可能性の存否についての判断(換言すれば甲看護婦に対する信頼の原則の適用)を誤っているといわざるを得ず…。」としている。
したがって、過失行為を行った者を監督すべき地位にある者の過失の有無を判断する際にも、信頼の原則が適用されうる。
裁判例(札幌高判昭56.1.22)は、ボイラーマンの過失による病院火災で経営管理者たる病院長の過失責任の有無が問題となった事案において、「甲看護婦の…行動は同女が18歳の見習看護婦にすぎなかったことを考慮に入れても、不適切極まりないというべく、同女において当直看護婦としての自覚がありさえすれば、当然…行動に出るに違いないと誰しも考えるところであり、従って、同女が右自覚に欠けていると考えるべき特段の事情がない限り、原判示の対策準則に基づく十分な訓練を同女にあらかじめ施しておかなければ同女が…行動に出ないかもしれないという点についての予見可能性はなく、従ってまた予見義務もないというべく、このことは前述のとおり本件病院の経営管理事務につき責任を負うべき被告人両名についても同様である。…本件死傷の結果発生(すなわちその原因となった甲看護婦の不適切極まりない行動)についての予見可能性の存否についての判断(換言すれば甲看護婦に対する信頼の原則の適用)を誤っているといわざるを得ず…。」としている。
したがって、過失行為を行った者を監督すべき地位にある者の過失の有無を判断する際にも、信頼の原則が適用されうる。