(H19 司法 第9問 エ)
最高裁判所の判例によれば、学問の自由は教授の自由を含み、普通教育における教師に対しても一定の範囲における教授の自由が保障されるが、大学教育と異なり普通教育においては教師に完全な教授の自由は認められない。
(正答) 〇
(解説)
旭川学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「普通教育の場においても、…教授の具体的内容及び方法につきある程度自由な裁量が認められなければならないという意味においては、一定の範囲における教授の自由が保障されるべきことを肯定できないではない。」とする一方で、「しかし、普通教育においては、児童生徒にこのような能力がなく、教師が児童生徒に対して強い影響力、支配力を有することを考え、また、普通教育においては、子どもの側に学校や教師を選択する余地が乏しく、教育の機会均等をはかる上からも全国的に一定の水準を確保すべき強い要請があること等に思いをいたすときは、普通教育における教師に完全な教授の自由を認めることは、とうてい許されない…。」としている。
(H20 司法 第8問 ア)
国は、必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容について決定する権能を有し、教育の目的を遂行するに必要な諸条件を整備確立するため、教育の内容や方法について遵守すべき基準を設定できる。しかし、それは、教育における機会均等の確保と全国的な一定水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的なものにとどめられるべきである。
(正答) 〇
(解説)
旭川学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「国は、…必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容についてもこれを決定する権能を有する」とする一方で、その範囲について、「国の教育行政機関が法律の授権に基づいて義務教育に属する普通教育の内容及び方法について遵守すべき基準を設定する場合には、教師の創意工夫の尊重等教基法10条に関してさきに述べたところのほか、後述する教育に関する地方自治の原則をも考慮し、右教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的なそれにとどめられるべきものと解しなければならない」としている。
(H23 共通 第9問 ア)
国民各自は、一個の人間として、また一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習する固有の権利を有し、特に、子どもは、そのための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有する。
(正答) 〇
(解説)
旭川学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「憲法26条…の背後には、国民各自が、一個の人間として、また、一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有すること、特に、みずから学習することのできない子どもは、その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有するとの観念が存在していると考えられる。」としている。
(H23 共通 第9問 イ)
個人の基本的自由を認め、その人格の独立を国政上尊重すべきものとしている憲法の下においては、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入は、許されない。
(正答) 〇
(解説)
旭川学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「国は、…必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容についてもこれを決定する権能を有する」とする一方で、「殊に個人の基本的自由を認め、その人格の独立を国政上尊重すべきものとしている憲法の下においては、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入、例えば、誤つた知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなことは、憲法26条、13条の規定上からも許されない」としている。
(H23 共通 第9問 ウ)
子どもの教育は、専ら子どもの利益のために、教育を与える者の責務として行われるべきものであるから、教育の内容及び方法については、その実施に当たる教師が、教育専門家としての立場から、決定し遂行すべきものである。
(正答) ✕
(解説)
旭川学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「普通教育の場においても、…教授の具体的内容及び方法につきある程度自由な裁量が認められなければならないという意味においては、一定の範囲における教授の自由が保障されるべきことを肯定できないではない。」とする一方で、「しかし、普通教育においては、児童生徒にこのような能力がなく、教師が児童生徒に対して強い影響力、支配力を有することを考え、また、普通教育においては、子どもの側に学校や教師を選択する余地が乏しく、教育の機会均等をはかる上からも全国的に一定の水準を確保すべき強い要請があること等に思いをいたすときは、普通教育における教師に完全な教授の自由を認めることは、とうてい許されない…。」としている。
(H25 共通 第10問 ア)
憲法26条の規定の背後には、特に、自ら学習することのできない子どもは、その学習要求を充足するために、教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有するという観念が存在する。
(正答) 〇
(解説)
旭川学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「憲法26条…の背後には、国民各自が、一個の人間として、また、一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有すること、特に、みずから学習することのできない子どもは、その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有するとの観念が存在していると考えられる。」としている。
(H27 司法 第8問 ア)
憲法26条が子どもの学習権を保障していることから、教育の内容及び方法を誰がいかにして決定し得るかという問題に対する一定の結論が当然に導き出されるわけではない。
(正答) 〇
(解説)
旭川学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「憲法26条…の背後には、…特に、みずから学習することのできない子どもは、その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有するとの観念が存在していると考えられる。」とする一方で、「しかしながら、このように、子どもの教育が、専ら子どもの利益のために、教育を与える者の責務として行われるべきものであるということからは、このような教育の内容及び方法を、誰がいかにして決定すべく、また、決定することができるかという問題に対する一定の結論は、当然には導き出されない。」としている。
(H27 司法 第8問 イ)
親の教育の自由は、主として家庭教育等、学校外での教育において現れるものであり、学校選択の自由はこれに含まれない。
(正答) ✕
(解説)
旭川学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「親の教育の自由は、主として家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由にあらわれるものと考えられる…」としている。
(H30 共通 第7問 イ)
学問の自由は、学問研究の自由とその研究結果の発表の自由だけでなく、その研究結果を教授する自由をも含むところ、教育の本質上、教師は、高等学校以下の普通教育においても、教授の自由を有し、自らの判断で教育内容を決定することができるのであって、国が教育内容の決定に介入することは許されない。
(正答) ✕
(解説)
旭川学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「普通教育の場においても、…教授の具体的内容及び方法につきある程度自由な裁量が認められなければならないという意味においては、一定の範囲における教授の自由が保障されるべきことを肯定できないではない。」とする一方で、「しかし、普通教育においては、児童生徒にこのような能力がなく、教師が児童生徒に対して強い影響力、支配力を有することを考え、また、普通教育においては、子どもの側に学校や教師を選択する余地が乏しく、教育の機会均等をはかる上からも全国的に一定の水準を確保すべき強い要請があること等に思いをいたすときは、普通教育における教師に完全な教授の自由を認めることは、とうてい許されない…。」としている。
(R2 共通 第7問 イ)
判例によれば、普通教育においては、児童生徒には大学の学生のような批判能力がなく、学校や教師を選択する余地も乏しいことなどから、憲法23条によっても、普通教育における教師に完全な教授の自由は認められない。
(正答) 〇
(解説)
旭川学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「普通教育の場においても、…教授の具体的内容及び方法につきある程度自由な裁量が認められなければならないという意味においては、一定の範囲における教授の自由が保障されるべきことを肯定できないではない。」とする一方で、「しかし、普通教育においては、児童生徒にこのような能力がなく、教師が児童生徒に対して強い影響力、支配力を有することを考え、また、普通教育においては、子どもの側に学校や教師を選択する余地が乏しく、教育の機会均等をはかる上からも全国的に一定の水準を確保すべき強い要請があること等に思いをいたすときは、普通教育における教師に完全な教授の自由を認めることは、とうてい許されない…。」としている。
(R3 司法 第7問 イ)
子どもの教育は教師と子どもとの間の人格的接触を通じ、その個性に応じて行われなければならないが、全国的に一定の水準の教育を確保する必要があるので、教師に教授の具体的内容及び方法について裁量を認めることはできない。
(正答) ✕
(解説)
旭川学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「子どもの教育が教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ、その個性に応じて行われなければならないという本質的要請に照らし、教授の具体的内容及び方法につきある程度自由な裁量が認められなければならないという意味においては、一定の範囲における教授の自由が保障されるべきことを肯定できないではない。」としている。
(R4 共通 第8問 ア)
憲法26条の規定の背後には、子どもは学習権を有するとの観念が存在しており、子どもに対する教育は、専ら子どもの利益のために、教育を与える者の責務として行われるべきものであることからすると、教育の内容及び方法は、基本的に、子どもの教育の実施に当たる教師が決定すべきこととなる。
(正答) ✕
(解説)
旭川学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「学問の自由を保障した憲法23条により、学校において現実に子どもの教育の任にあたる教師は、教授の自由を有し、公権力による支配、介入を受けないで自由に子どもの教育内容を決定することができるとする見解も、採用することができない。」とした上で、「国は、…必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容についてもこれを決定する権能を有する」としている。
(R7 予備 第5問 ア)
旭川学力テスト事件判決(最高裁判所昭和51年5月21日大法廷判決、刑集30巻5号615頁)によれば、親は、子どもに対する自然的関係により、子どもの教育に対する一定の支配権を有すると認められるが、このような親の教育の自由は、主として家庭教育等、学校外の教育において現れるものの、そこに学校選択の自由は含まれない。
(正答)✕
(解説)
旭川学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「親の教育の自由は、主として家庭教育等学校外における教育や学校選択の自由にあらわれるものと考えられる…。」としている。
(R7 予備 第5問 イ)
旭川学力テスト事件判決(最高裁判所昭和51年5月21日大法廷判決、刑集30巻5号615頁)によれば、普通教育における教師は、子どもの教育が教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ、その個性に応じて行われなければならないという本質的要請に照らし、教授の具体的内容及び方法について完全に自由な裁量を有する。
(正答)✕
(解説)
旭川学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「普通教育においては、児童生徒にこのような能力がなく、教師が児童生徒に対して強い影響力、支配力を有することを考え、また、普通教育においては、子どもの側に学校や教師を選択する余地が乏しく、教育の機会均等をはかる上からも全国的に一定の水準を確保すべき強い要請があること等に思いをいたすときは、普通教育における教師に完全な教授の自由を認めることは、とうてい許されない…。」としている。
(R7 予備 第5問 ウ)
旭川学力テスト事件判決(最高裁判所昭和51年5月21日大法廷判決、刑集30巻5号615頁)によれば、国は、国政の一部として広く適切な教育政策を樹立、実施し得る者として、憲法上、子ども自身の利益の擁護等のため、必要かつ相当と認められる範囲において、教育内容につき決定する権能を有する。
(正答)〇
(解説)
旭川学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「国の教育行政機関が法律の授権に基づいて義務教育に属する普通教育の内容及び方法について遵守すべき基準を設定する場合には、教師の創意工夫の尊重等教基法10条に関してさきに述べたところのほか、後述する教育に関する地方自治の原則をも考慮し、右教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的なそれにとどめられるべきものと解しなければならない。」としている。
(R8 予備 第5問 ア)
教育を受ける権利の背後には、国民各自が成長するために必要な学習をする固有の権利を有し、特に、自ら学習することのできない子どもは、その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有するとの観念が存在しており、教育を受ける権利は、国家に対して合理的な教育制度の整備とそこでの適切な教育を要求するものであって社会権的側面を有するが、自由権的側面は有しない。
(正答)✕
(解説)
旭川学テ事件判決(最大判昭51.5.21)は、「憲法26条…の背後には、国民各自が、一個の人間として、また、一市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有する…との観念が存在していると考えられる。」としている。また、同判決は、「子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような国家的介入、例えば、誤つた知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなことは、憲法26条、13条の規定上からも許されない」としている。
したがって、教育を受ける権利は、国家に対して教育制度の整備等を求める社会権的側面だけでなく、国家による不当な介入を受けないという自由権的側面も有する。