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過失 - 解答モード
刑法上の過失相殺 大判大正11年5月11日
概要
判例
判旨:「自動車ノ運転手カ之ヲ操縦シテ電車軌道上ヲ疾走スル場合其ノ前方ヨリ進ミ来レル電車カ一時停留セルヲ認メタルトキハ其ノ降車客カ往往不用意ニモ電車ノ背後ヨリ自動車ノ進路ニ向ヒ歩ヲ移スコトアルヘキヲ以テ電車ニ接近前停車スルカ少クトモ徐行スル等適切ナル操車方法ヲ採リ事ニ当リ急遽災害ヲ避クルノ途ニ出ツヘキハ其ノ職業上当然ノ義務ナリトス…
凡ソ車道ヲ通行セントスル公衆ハ自動車ノ進行ヲ認メタルトキハ適宜之ヲ避止シ衝突ノ危険ヲ予防シ其ノ進行ヲ容易ナラシメ以テ快速力ヲ有スル交通機関トシテノ其ノ機能ヲ発揮セシムルコトニ留意スヘキハ固ヨリ論ヲ俟タスト雖自動車操縦ノ業務ニ従事セル者ハ常ニ其ノ進路ノ前方ヲ警戒シ危害ヲ未然ニ予防スルニ付細心ノ注意ヲ払ヒ交通ノ安全ヲ図ルハ業務上当然ノ義務ニシテ危険カ其ノ不注意ニ因リ発生シタル場合通行人ノ不用意ニ藉口シテ其ノ責ヲ回避スルコトヲ得ヘキモノニ非ス故ニ自動車カ進行スル際反対ノ方向ニ進路ヲ取リ一時停留セル電車ニ接近シタル際降車客カ不用意ニモ突然電車車掌台ノ背後ヨリ自動車ノ進路ニ向ヒ歩ヲ移シタルカ如キ場合ト雖斯ル事例ハ吾人日常目睹スル処ニシテ自動車操縦者ニ於テ固ヨリ此ノ点ニ留意スヘキ筋合ナルヲ以テ斯ル衝突ヲ予防スル為電車ニ接近前停車スルカ少クトモ徐行スル等業務上最モ適切ナル操車方法ヲ取リ事ニ当リ急遽危害ヲ避クルノ途ニ出ツルヲ得ヘキ余地ヲ存セサルヘカラス若シ此ノ業務上ノ注意ヲ欠キタルカ為通行人ニ衝突セシメ之ニ原因シテ死亡ノ結果ヲ生セシメタルトキハ縦令通行人ニ於テ如上不注意ノ廉アリトスルモ之ヲ以テ業務上過失致死罪ノ責ヲ免ルルヲ得サルモノトス…」
過去問・解説
(H28 司法 第11問 4)
注意義務に違反して人を負傷させた場合であっても、相手方に重大な過失があったときには、過失相殺が適用されるので、過失の責任を免れることができる。
明文がない場合の過失犯 最一小判昭和28年3月5日
概要
判例
判旨:「所論外国人登録令13条で処罰する同10条の規定に違反して登録証明書を携帯しない者とは、その取締る事柄の本質に鑑み故意に右証明書を携帯しないものばかりでなく、過失によりこれを携帯しないものをも包含する法意と解するのを相当とするから原判決には所論の違法はない。」
過去問・解説
(H25 司法 第15問 1)
罰則を定めた特別法の法条に、過失行為を処罰する旨の明文の規定がない場合であっても、当該特別法の目的から、罰則を定めた法条に過失行為を処罰する趣旨が包含されていると認められるときには、同法条が刑法第38条第1項ただし書に規定される特別の規定となり、過失による行為を処罰することが可能である。
(R1 共通 第17問 ア)
刑法第38条第1項ただし書の「法律に特別の規定がある場合」とは、過失犯を処罰する旨の明文の規定がある場合に限られない。
交通違反と信頼の原則 最二小判昭和42年10月13日
概要
そして、すべての運転者が、交通法規に従って適切な行動に出るとともに、そのことを互に信頼し合って運転することになれば、事故の発生が未然に防止され、車両等の高速度交通機関の効用が十分に発揮されるに至るものと考えられる。
したがって、車両の運転者の注意義務を考えるに当たっては、この点を十分配慮しなければならない。
判例
判旨:「ところで、車両の運転者は、互に他の運転者が交通法規に従つて適切な行動に出るであろうことを信頼して運転すべきものであり、そのような信頼がなければ、一時といえども安心して運転をすることはできないものである。そして、すべての運転者が、交通法規に従って適切な行動に出るとともに、そのことを互に信頼し合って運転することになれば、事故の発生が未然に防止され、車両等の高速度交通機関の効用が十分に発揮されるに至るものと考えられる。したがつて、車両の運転者の注意義務を考えるに当っては、この点を十分配慮しなければならないわけである。
このようにみてくると、本件被告人のように、センターラインの若干左側から、右折の合図をしながら、右折を始めようとする原動機付自転車の運転者としては、後方からくる他の車両の運転者が、交通法規を守り、速度をおとして自車の右折を待つて進行する等、安全な速度と方法で進行するであろうことを信頼して運転すれば足り、本件Aのように、あえて交通法規に違反して、高速度で、センターラインの右側にはみ出してまで自車を追越そうとする車両のありうることまでも予想して、右後方に対する安全を確認し、もって事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はないものと解するのが相当である(なお、本件当時の道路交通法34条3項によると、第一種原動機付自転車は、右折するときは、あらかじめその前からできる限り道路の左端に寄り、かつ、交差点の側端に沿つて徐行しなければならなかったのにかかわらず、被告人は、第一種原動機付自転車を運転して、センターラインの若干左側からそのまま右折を始めたのであるから、これが同条項に違反し、同121条1項5号の罪を構成するものであることはいうまでもないが、このことは、右注意義務の存否とは関係のないことである。)。
そうすると、本件において、被告人に過失責任を認めた原判決は、法令の解釈を誤り、被告事件が罪とならないのに、これを有罪としたものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり、刑訴法411条1号によりこれを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。」
過去問・解説
(R3 共通 第1問 4)
行為者が法令に違反する行動をした事案においても信頼の原則が適用される場合がある。
裁量ある権限不行使による注意義務違反 最二小判平成20年3月3日
概要
判例
判旨:「薬品による危害発生を防止するため、薬事法69条の2の緊急命令など、厚生大臣が薬事法上付与された各種の強制的な監督権限を行使することが許容される前提となるべき重大な危険の存在が認められ、薬務行政上、その防止のために必要かつ十分な措置を採るべき具体的義務が生じたといえるのみならず、刑事法上も、本件非加熱製剤の製造、使用や安全確保に係る薬務行政を担当する者には、社会生活上、薬品による危害発生の防止の業務に従事する者としての注意義務が生じたものというべきである。
そして、防止措置の中には、必ずしも法律上の強制監督措置だけではなく、任意の措置を促すことで防止の目的を達成することが合理的に期待できるときは、これを行政指導というかどうかはともかく、そのような措置も含まれるというべきであり、本件においては、厚生大臣が監督権限を有する製薬会社等に対する措置であることからすれば、そのような措置も防止措置として合理性を有するものと認められる。
被告人は、エイズとの関連が問題となった本件非加熱製剤が、被告人が課長である生物製剤課の所管に係る血液製剤であることから、厚生省における同製剤に係るエイズ対策に関して中心的な立場にあったものであり、厚生大臣を補佐して、薬品による危害の防止という薬務行政を一体的に遂行すべき立場にあったのであるから、被告人には、必要に応じて他の部局等と協議して所要の措置を採ることを促すことを含め、薬務行政上必要かつ十分な対応を図るべき義務があったことも明らかであり、かつ、原判断指摘のような措置を採ることを不可能又は困難とするような重大な法律上又は事実上の支障も認められないのであって、本件被害者の死亡について専ら被告人の責任に帰すべきものでないことはもとよりとしても、被告人においてその責任を免れるものではない。」
過去問・解説
(R1 司法 第17問 イ)
公務員が法令により付与された権限を行使するか否かについて、当該公務員に裁量が認められている場合、その権限の不行使を注意義務違反とする過失犯が成立することはない。
(正答)✕
(解説)
判例(最判平20.3.3)は、「被告人には、必要に応じて他の部局等と協議して所要の措置を採ることを促すことを含め、薬務行政上必要かつ十分な対応を図るべき義務があったことも明らかであり、かつ、原判断指摘のような措置を採ることを不可能又は困難とするような重大な法律上又は事実上の支障も認められないのであって、本件被害者の死亡について専ら被告人の責任に帰すべきものでないことはもとよりとしても、被告人においてその責任を免れるものではない。」として、公務員の被告人が結果を予見できる情報を把握し、結果回避のための権限を有していたことから、権限の不行使を注意義務違反とする過失犯の成立を認めている。
したがって、公務員に裁量が認められている場合であっても、その権限の不行使を注意義務違反とする過失犯が成立しうる。
予見可能性の意義 札幌高判昭和51年3月18日
概要
判例
判旨:「結果発生の予見とは、内容の特定しない一般的・抽象的な危惧感ないし不安感を抱く程度では足りず、特定の構成要件的結果及びその結果の発生に至る因果関係の基本的部分の予見を意味するものと解すべきである。
そして、この予見可能性の有無は、当該行為者の置かれた具体的状況に、これと同様の地位・状況に置かれた通常人をあてはめてみて判断すべきものである。
…執刀医である被告人甲にとって、前叙のとおりケーブルの誤接続のありうることについて具体的認識を欠いたことなどのため、右誤接続に起因する傷害事故発生の予見可能性が必ずしも高度のものではなく、手術開始直前に、ベテランの看護婦である被告人乙を信頼し接続の正否を点検しなかったことが当時の具体的状況のもとで無理からぬものであったことにかんがみれば、被告人甲がケーブルの誤接続による傷害事故発生を予見してこれを回避すべくケーブル接続の点検をする措置をとらなかったことをとらえ、執刀医として通常用いるべき注意義務の違反があったものということはできない。」
予見可能性の意義 最二小判平成元年3月14日
概要
判例
判旨:「被告人は、業務として普通貨物自動車(軽四輪)を運転中、制限速度を守り、ハンドル、ブレーキなどを的確に操作して進行すべき業務上の注意義務を怠り、最高速度が時速30キロメートルに指定されている道路を時速約65キロメートルの高速度で進行し、対向してきた車両を認めて狼狽し、ハンドルを左に急転把した過失により、道路左側のガードレールに衝突しそうになり、あわてて右に急転把し、自車の走行の自由を失わせて暴走させ、道路左側に設置してある信号柱に自車左側後部荷台を激突させ、その衝撃により、後部荷台に同乗していたA及びBの両名を死亡するに至らせ、更に助手席に同乗していたCに対し全治約2週間の傷害を負わせたものであるが、被告人が自車の後部荷台に右両名が乗車している事実を認識していたとは認定できないというのである。しかし、被告人において、右のような無謀ともいうべき自動車運転をすれば人の死傷を伴ういかなる事故を惹起するかもしれないことは、当然認識しえたものというべきであるから、たとえ被告人が自車の後部荷台に前記両名が乗車している事実を認識していなかったとしても、右両名に関する業務上過失致死罪の成立を妨げないと解すべきであり、これと同旨の原判断は正当である。」
過去問・解説
(H29 共通 第11問 エ)
土木作業員甲及び乙は、現場監督者丙の監督の下で、X川に架かる鉄橋の橋脚を特殊なA鋼材を用いて補強する工事に従事していたが、作業に手間取り、工期が迫ってきたことから、甲及び乙の2人で相談した上で、より短期間で作業を終えることができる強度の弱いB鋼材を用いた補強工事を共同して行った。その結果、工期内に工事を終えることはできたものの、その後発生した豪雨の際、A鋼材ではなくB鋼材を用いたことによる強度不足のために前記橋脚が崩落し、たまたま前記鉄橋上を走行していたV1運転のトラックがX川に転落し、V1が死亡した。なお、甲及び乙は同等の立場にあり、甲及び乙のいずれについても、B鋼材を工事に用いた場合に強度不足のために前記橋脚が崩落することを予見していなかったものの、その予見可能性があったものとする。
仮に、V1運転のトラックの荷台に、V1に無断でV2が乗り込んでおり、同トラックがX川に転落したことによって、V1及びV2の両名が死亡した場合、甲及び乙にはV2に対する業務上過失致死罪は成立しない。
(正答)✕
(解説)
判例(最判平1.3.14)は、本肢と同種の事案において、「被告人が自車の後部荷台に右両名が乗車している事実を認識していたとは認定できないというのである。しかし、被告人において、右のような無謀ともいうべき自動車運転をすれば人の死傷を伴ういかなる事故を惹起するかもしれないことは、当然認識しえたものというべきであるから、たとえ被告人が自車の後部荷台に前記両名が乗車している事実を認識していなかったとしても、右両名に関する業務上過失致死罪の成立を妨げない…。」としている。
甲及び乙は、B鋼材を工事に用いた場合に強度不足のために前記橋脚が崩落することについて予見可能性があったのだから、前記橋脚が崩落することによりおよそ人が死亡する結果も予見可能であったといえる。
そうである以上、甲及び乙にはV2に対する業務上過失致死罪が成立するのであり、V1運転のトラックの荷台にV1に無断でV2が乗り込んでいた事実はこの結論を妨げるものとはならない。
予見可能性の意義 最二小判平成12年12月20日
概要
判例
判旨:「近畿日本鉄道東大阪線生駒トンネル内における電力ケーブルの接続工事に際し、施工資格を有してその工事に当たった被告人が、ケーブルに特別高圧電流が流れる場合に発生する誘起電流を接地するための大小2種類の接地銅板のうちの1種類をY分岐接続器に取り付けるのを怠ったため、右誘起電流が、大地に流されずに、本来流れるべきでないY分岐接続器本体の半導電層部に流れて炭化導電路を形成し、長期間にわたり同部分に集中して流れ続けたことにより、本件火災が発生したものである。右事実関係の下においては、被告人は、右のような炭化導電路が形成されるという経過を具体的に予見することはできなかったとしても、右誘起電流が大地に流されずに本来流れるべきでない部分に長期間にわたり流れ続けることによって火災の発生に至る可能性があることを予見することはできたものというべきである。したがって、本件火災発生の予見可能性を認めた原判決は、相当である。」
過去問・解説
(H29 共通 第11問 ウ)
仮に、甲及び乙において、V1が死亡するに至る実際の因果経過を具体的に予見することが不可能であった場合、甲及び乙には業務上過失致死罪は成立しない。
(正答)✕
(解説)
判例(最判平12.12.20)は、トンネル内で火災が発生した事案において、「炭化導電路が形成されるという経過を具体的に予見することはできなかったとしても、右誘起電流が大地に流されずに本来流れるべきでない部分に長期間にわたり流れ続けることによって火災の発生に至る可能性があることを予見することはできたものというべきである。」として、実際の因果経過を具体的に予見することが不可能であったとしても、過失を認めている。
したがって、甲及び乙において、V1が死亡するに至る実際の因果経過を具体的に予見することが不可能であった場合であっても、両者に過失が認められ、業務上過失致死罪が成立する。
(R1 司法 第17問 エ)
過失犯が成立するには、因果経過の予見可能性を要するため、現実の結果発生に至る経過を逐一具体的に予見できなければ、過失犯が成立することはない。
監督過失における信頼の原則 札幌高判昭和56年1月22日
概要
判例
判旨:「もし甲看護婦が遅くとも前記のとおり入院患者らに避難を呼びかけている段階において前記非常口の開錠と前記新生児の救出とに思いを致したならば、この非常口の開扉のための鍵は、前記看護婦詰所内の窓枠に非常口の鍵である旨を表示した札に結びつけられて吊されており、また、新生児はすべて右詰所のすぐ隣りの新生児室に収容されており、同室には新生児搬出用担架(1個で新生児4名位を搬出しうるもの)が2個備え付けられていたから、甲が右非常口を早期に開錠し、かつ、前述の乙助産婦による救出活動と相俟つて、当時旧館内にいた新生児6名全員を無事救出することができたことは確実であった。
…本件死傷は甲看護婦が前記2の行動に出なかったことによって生じたものであるところ、甲看護婦が他に有効な救出活動、避難誘導又は消火活動に従事していたため…行動に出ることができなかったという特段の事情がない限り(かかる特段の事情の存否については原判決は何ら触れていない。)、甲看護婦の…行動は同女が18歳の見習看護婦にすぎなかったことを考慮に入れても、不適切極まりないというべく、同女において当直看護婦としての自覚がありさえすれば、当然…行動に出るに違いないと誰しも考えるところであり、従って、同女が右自覚に欠けていると考えるべき特段の事情がない限り、原判示の対策準則に基づく十分な訓練を同女にあらかじめ施しておかなければ同女が…行動に出ないかもしれないという点についての予見可能性はなく、従ってまた予見義務もないというべく、このことは前述のとおり本件病院の経営管理事務につき責任を負うべき被告人両名についても同様である。のみならず、本件病院には、前述のとおり29名もの看護婦が勤務し、甲はそのうちの一見習看護婦であったことから考えると、甲看護婦は、本件火災のときまで、上司(例えば看護婦長)から、非常の場合には何をさておいても、まず非常口開扉と新生児救出とを図るべきである旨の教導指示がなされていたと思われるが、かかる教導指示の有無についても原判決は何ら触れていないし、その他甲看護婦の性格、能力、経験年数及び在勤年数の如何等、被告人両名が甲に対し、原判示の対策準則に基づく十分な訓練をしていなくても非常の場合にも前記非常口開扉や新生児救出を十分行いうるとの信頼を寄せることについての積極酌又は消極的要因となるべき事情の有無について判断を加えないまま卒然被告人両名に対し原判示のような業務上の注意義務があるとした原判決は、本件死傷の結果発生(すなわちその原因となった甲看護婦の不適切極まりない行動)についての予見可能性の存否についての判断(換言すれば甲看護婦に対する信頼の原則の適用)を誤っているといわざるを得ず、かかる刑法211条前段の解釈適用についての原判決の法令適用の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであることはいうを俟たないところである。
よって、原判決のうち被告人両名に関する部分は、既にこの点において破棄を免れない。」
過去問・解説
(H25 司法 第15問 5)
過失行為を行った者を監督すべき地位にある者の過失の有無を判断する際には、信頼の原則は適用されない。
(正答)✕
(解説)
裁判例(札幌高判昭56.1.22)は、ボイラーマンの過失による病院火災で経営管理者たる病院長の過失責任の有無が問題となった事案において、「甲看護婦の…行動は同女が18歳の見習看護婦にすぎなかったことを考慮に入れても、不適切極まりないというべく、同女において当直看護婦としての自覚がありさえすれば、当然…行動に出るに違いないと誰しも考えるところであり、従って、同女が右自覚に欠けていると考えるべき特段の事情がない限り、原判示の対策準則に基づく十分な訓練を同女にあらかじめ施しておかなければ同女が…行動に出ないかもしれないという点についての予見可能性はなく、従ってまた予見義務もないというべく、このことは前述のとおり本件病院の経営管理事務につき責任を負うべき被告人両名についても同様である。…本件死傷の結果発生(すなわちその原因となった甲看護婦の不適切極まりない行動)についての予見可能性の存否についての判断(換言すれば甲看護婦に対する信頼の原則の適用)を誤っているといわざるを得ず…。」としている。
したがって、過失行為を行った者を監督すべき地位にある者の過失の有無を判断する際にも、信頼の原則が適用されうる。
監督過失 最二小判平成5年11月25日
概要
判例
判旨:「そこで検討するに、被告人甲は、代表取締役社長として、本件ホテルの経営、管理事務を統括する地位にあり、その実質的権限を有していたのであるから、多数人を収容する本件建物の火災の発生を防止し、火災による被害を軽減するための防火管理上の注意義務を負っていたものであることは明らかであり、本件ホテルを経営する会社においては、消防法8条1項の防火管理者であり、支配人兼総務部長の職にあった乙に同条項所定の防火管理業務を行わせることとしていたから、同人の権限に属さない措置については被告人甲自らこれを行うとともに、右防火管理業務については 乙において適切にこれを遂行するよう同人を指揮監督すべき立場にあったというべきである。そして、昼夜を問わず不特定多数の人に宿泊等の利便を提供するホテルにおいては火災発生の危険を常にはらんでいる上、被告人甲は、昭和54年5月代表取締役社長に就任した当時から本件建物の9、10階等にはスプリンクラー設備も代替防火区画も設置されていないことを認識しており、また、本件火災の相当以前から、既存の防火区画が不完全である上、防火管理者である乙が行うべき消防計画の作成、これに基づく消防訓練、防火用・消防用設備等の点検、維持管理その他の防火防災対策も不備であることを認識していたのであるから、自ら又は乙を指揮してこれらの防火管理体制の不備を解消しない限り、いったん火災が起これば、発見の遅れや従業員らによる初期消火の失敗等により本格的な火災に発展し、従業員らにおいて適切な通報や避難誘導を行うことができないまま、建物の構造、避難経路等に不案内の宿泊客らに死傷の危険の及ぶおそれがあることを容易に予見できたことが明らかである。したがって、被告人甲は、本件ホテル内から出火した場合、早期にこれを消火し、又は火災の拡大を防止するとともに宿泊客らに対する適切な通報、避難誘導等を行うことにより、宿泊客らの死傷の結果を回避するため、消防法令上の基準に従って本件建物の9階及び10階にスプリンクラー設備又は代替防火区画を設置するとともに、防火管理者である乙を指揮監督して、消防計画を作成させて、従業員らにこれを周知徹底させ、これに基づく消防訓練及び防火用・消防用設備等の点検、維持管理等を行わせるなどして、あらかじめ防火管理体制を確立しておくべき義務を負っていたというべきである。そして、被告人甲がこれらの措置を採ることを困難にさせる事情はなかったのであるから、被告人甲において右義務を怠らなければ、これらの措置があいまって、本件火災による宿泊客らの死傷の結果を回避することができたということができる。
以上によれば、右義務を怠りこれらの措置を講じなかった被告人甲に、本件火災による宿泊客らの死傷の結果について過失があることは明らかであり、被告人甲に対し業務上過失致死傷罪の成立を認めた原判断は、正当である。」
過去問・解説
(R3 共通 第1問 5)
ホテルの火災により死傷者が出た場合、火災発生時に現場にいなかったホテル経営者には業務上過失致死傷罪が成立することはない。
(正答)✕
(解説)
判例(最判平5.11.25)は、ホテル火災の事案において、「甲は、…防火管理者である乙を指揮監督して、消防計画を作成させて、従業員らにこれを周知徹底させ、これに基づく消防訓練及び防火用・消防用設備等の点検、維持管理等を行わせるなどして、あらかじめ防火管理体制を確立しておくべき義務を負っていたというべきである。そして、被告人甲がこれらの措置を採ることを困難にさせる事情はなかったのであるから、被告人甲において右義務を怠らなければ、これらの措置があいまって、本件火災による宿泊客らの死傷の結果を回避することができたということができる。」として、防火管理体制を確立しておくべき義務を怠った経営者に、火災発生時に現場にいなかった場合でも過失責任を認めている。
したがって、火災発生時に現場にいなかったホテル経営者にも、業務上過失致死傷罪が成立しうる。
監督者の過失 最一小判平成22年10月26日
概要
判例
判旨:「被告人甲の言い間違いによる本件降下指示は、便名を言い間違えることなく958便に対して降下指示を与えて、原判決罪となるべき事実にいう907便と958便の接触、衝突等の事故の発生を未然に防止するという航空管制官としての業務上の注意義務に違反したものであり、被告人乙が、被告人甲が958便に対し降下指示をしたものと軽信して、その不適切な管制指示に気付かず是正しなかったことも、被告人甲による不適切な管制指示を直ちに是正して上記事故の発生を未然に防止するという、被告人甲の実地訓練の指導監督者としての業務上の注意義務に違反したものというべきである。そして、これら過失の競合により、本件ニアミスを発生させたのであって、被告人両名につき業務上過失傷害罪が成立する。」
過去問・解説
(H29 共通 第11問 イ)
丙は、甲及び乙が強度の弱いB鋼材で補強工事を行っていることを認識していたが、工期が迫っていたことから、これを黙認したという場合、直接行為者である甲及び乙に過失が認められたとしても、更に丙に過失が認められる余地がある。
(正答)〇
(解説)
判例(最判平22.10.26)は、航行中の航空機同士の異常接近事故の事案において、「被告人甲の言い間違いによる本件降下指示は…航空管制官としての業務上の注意義務に違反したものであり、被告人乙が、被告人甲が958便に対し降下指示をしたものと軽信して、その不適切な管制指示に気付かず是正しなかったことも、被告人甲による不適切な管制指示を直ちに是正して上記事故の発生を未然に防止するという、被告人甲の実地訓練の指導監督者としての業務上の注意義務に違反したものというべきである。そして、これら過失の競合により、本件ニアミスを発生させたのであって、被告人両名につき業務上過失傷害罪が成立する。」として、過失により直接結果を生じさせた者のみならず、監督すべき義務を負う者も罪責を負うことがありうるとしている。
丙は、工期が迫っていたことから、強度の弱いB鋼材で補強工事を行っていることを黙認している。
したがって、直接行為者である甲及び乙に過失が認められたとしても、更に丙に過失が認められる余地がある。
法人事業主の選任監督上の過失 最二小判昭和40年3月26日
概要
判例
判旨:「所論は、憲法31条違反をいうもので、その理由として、本件適用法令たる本法73条のいわゆる両罰規定について、従業者の違反行為に対する事業主の過失を推定したもので、事業主において従業者の選任、監督に過失がなかったことを立証すれば罪責を免れうる趣旨の規定であるとする見解があるけれども、右過失の推定自体、刑罰法における責任主義の原則に反するし、以上のような立証は事実上不可能であって、結局事業主の無過失責任を認めるに帰するものであり、しかも、右過失推定についての明文を欠いているのであるから、右規定は、責任主義、罪刑法定主義を定めた憲法31条に違反する、また、本法制定当時においては、本件のような事案に対する処罰の必要と根拠があったのであるが、本件当時にはわが国の外貨事情が著しく好転した結果、実質上かような必要と根拠が失われていたのであって、本法2条の法意から考えても、法律があるからというだけで、本件を処罰することは同じく憲法31条に違反する、と主張する。
しかしながら、事業主が人である場合の両罰規定については、その代理人、使用人その他の従業者の違反行為に対し、事業主に右行為者らの選任、監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽さなかった過失の存在を推定したものであって、事業主において右に関する注意を尽したことの証明がなされない限り、事業主もまた刑責を免れ得ないとする法意と解するを相当とすることは、すでに当裁判所屡次の判例(昭和26年(れ)第1452号、同32年11月27日大法廷判決、刑集11巻12号3113頁、昭和28年(あ)第4356号、同33年2月7日第二小法廷判決、刑集12巻2号117頁、昭和37年(あ)第2341号、同38年2月26日第三小法廷判決、刑集17巻1号15頁各参照)の説示するところであり、右法意は、本件のように事業主が法人(株式会社)で、行為者が、その代表者でない、従業者である場合にも、当然推及されるべきである…。」
過去問・解説
(H25 共通 第1問 1)
法人事業主は、その従業者が法人の業務に関して行った犯罪行為について、両罰規定が定められている場合には、選任監督上の過失がなくても刑事責任を負う。
(正答)✕
(解説)
判例(最判昭40.3.26)は、「事業主が人である場合の両罰規定については、その代理人、使用人その他の従業者の違反行為に対し、事業主に右行為者らの選任、監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽さなかった過失の存在を推定したものであって、事業主において右に関する注意を尽したことの証明がなされない限り、事業主もまた刑責を免れ得ないとする法意と解するを相当とする…。右法意は、本件のように事業主が法人(株式会社)で、行為者が、その代表者でない、従業者である場合にも、当然推及されるべきである…。」として、法人事業主に選任監督上の過失が必要であるとしている。
したがって、法人事業主は、その従業者が法人の業務に関して行った犯罪行為について、両罰規定が定められている場合には、選任監督上の過失がなければ刑事責任を負わない。