①物価下落時にも年金額を据え置いた特例措置によって、本来の給付水準より高くなっていた年金額について、その特例水準を段階的に解消するために減額することは、年金制度の持続可能性を確保する観点等から不合理とはいえない。
②したがって、公的年金給付を減額することとなる立法措置は、著しく合理性を欠き、明らかに立法府の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとはいえず、憲法25条に違反しない。
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短答判例
年金減額改定決定取消等請求事件 最二小判令和5年12月15日
概要
判例
事案:物価スライド制によれば年金額が減額改定される時期に、年金額を据え置く特例措置が講じられたため、実際の年金額は本来の水準より高い「特例水準」となっていた。その後、平成24年改正法により、この特例水準を段階的に解消することとされ、受給者の年金額が減額された。そこで、老齢基礎年金又は老齢厚生年金の受給者らが、この減額措置は生存権等を侵害するとして、その憲法25条等への適合性を争った。
判旨:①「所論は、平成24年改正法1条の規定のうち、国民年金法による年金たる給付等の額の計算に関する経過措置、平成25年度及び平成26年度における国民年金法による年金たる給付等の額の計算に関する経過措置の特例並びに平成25年度における厚生年金保険法による年金たる保険給付の額の計算に関する経過措置の特例について定める部分(以下「本件部分」という。)が憲法25条及び29条に違反する旨をいうものと解される。」 ②「前記事実関係等によれば、平成24年改正法1条は特例水準を3年度にわたって段階的に解消するものであるところ、特例水準は、それが生じた経緯に照らし、当初から、将来的に解消されることが予定されていたものといえる。このような特例水準による年金額の給付を維持することは、賦課方式(現在の年金受給権者に対して支給される年金給付の財源を、主に現役世代が負担する保険料によって賄う方式)を基本とする制度の下で現役世代に本来の負担を超える負担を強いることとなり、また、現役世代が年金の給付を受けるようになった際の財源を圧迫することにもつながるものと考えられる。そして、平成24年改正法の制定時には、今後、我が国の少子高齢化の進展に伴い、現役世代の保険料や税の負担能力が更に減少する一方で、支給すべき老齢年金の総額が更に増加することが合理的に予測されていたものである。 これらの点に加え、特例水準の解消が、我が国における少子高齢化の進展が見込まれる中で、世代間の公平に配慮しながら前記の財政の均衡を図りつつ年金制度を存続させていくための制度として合理性を有するものとして構築されたマクロ経済スライド制の適用の実現につながるものであることをも踏まえれば、特例水準によって給付の一時的な増額を受けた者について一律に特例水準を解消することは、賦課方式を基本とする我が国の年金制度における世代間の公平を図り、年金制度に対する信頼の低下を防止し、また、年金の財政的基盤の悪化を防ぎ、もって年金制度の持続可能性を確保するとの観点から不合理なものとはいえない。 以上によれば、立法府において上記のような措置をとったことが、著しく合理性を欠き、明らかに裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるということはできず、年金受給権に対する不合理な制約であるともいえない。」 ③「したがって、本件部分は憲法25条、29条に違反するものとはいえない。 以上は、当裁判所大法廷判決…の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。」
裁判官三浦守の補足意見:「私は、法廷意見に賛同するものであるが、憲法25条に関する点について考えるところを補足して述べる。
1 憲法25条1項は、福祉国家の理念に基づき、全ての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言し、同条2項は、上記理念に基づき、社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを国の責務として宣言したものであり、同条1項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に上記のような義務を有することを規定したものではなく、同条2項によって国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されていくものと解される(法廷意見が引用する最高裁昭和57年7月7日大法廷判決参照)。国民年金制度は、このような同条の趣旨を実現するために設けられた社会保障上の制度であり、老齢、障害又は死亡によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止することを目的としている(国民年金法1条)。 本件では、老齢年金制度において導入されていた物価スライド制の下で物価スライド特例法を契機として生じた年金額の特例水準について、これを3年度にわたって解消する旨を定める平成24年改正法1条のうち、本件部分の憲法適合性が問題となっている。
この場合、特例水準による年金額の給付を受ける年金受給権者にとっては、実際に給付を受ける年金額が減少する上、このような年金額の給付のみでは、他に収入や資産等の少ない者の生活の安定を図ることが困難であることは否定できず、そのことは、近年における生活保護の被保護世帯の高齢化等の状況からもうかがわれる。本件部分が憲法25条に違反するか否かの判断において、これらの点は、国会の裁量を前提としながら、生活保護制度を含め、国が創造拡充すべき社会保障制度全体の中で、個々の国民の具体的・現実的な生活権の設定充実という観点から考慮される事情である。 そして、年金制度は、憲法25条を踏まえ上記目的で設けられた制度として、その持続可能性を確保する必要があるところ、特例水準は、当初から、将来的に解消されることが予定されていたことに加え、少子高齢化の進展が予測される中で、賦課方式を基本とする年金制度における世代間の公平の確保、年金制度に対する信頼の低下の防止、年金の財政的基盤の悪化の防止等が要請されることからすると、特例水準の解消に伴う年金額の水準等を考慮してもなお、本件部分に係る立法措置が、著しく合理性を欠き、明らかに裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものということはできない。 2 もとより、高齢者を含む全ての国民が最低限度の生活を保障され、健やかに充実した日常生活を送ることができるよう、年金、医療、福祉、公的扶助等を含め、社会保障等の向上及び増進を図ることは、憲法25条が定める国の責務である。社会における諸事情の変化に応じて制度を見直す必要があるが、国民の様々な要因による困窮を回避するため、持続的な制度の下で、現に困難を抱える個人が必要な給付や支援を円滑に受けられることが肝要であり、適切な施策の充実が求められる。」
裁判官尾島明の補足意見「私は、法廷意見に同調するものであるが、論旨に鑑み、法廷意見の趣旨について考えるところを敷衍して意見を述べる。
1 法廷意見の判断手法について
法廷意見は、本件部分が憲法に違反するものでないことは最高裁昭和51年(行ツ)第30号同57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁(以下「昭和57年大法廷判決」という。)等の趣旨に徴して明らかであるとする。 本件では、老齢等によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止し、もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与すること(国民年金法1条)、労働者の老齢等について保険給付を行い、労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与すること(厚生年金保険法1条)を目的として創設され、運用されてきた年金制度について、法律改正により年金給付額を減ずる改定を行ったことが、憲法25条に違反するか否かがまず問題になっている。 年金制度の構築に当たっては、社会情勢(経済成長の状況、少子高齢化を含めた人口構成、物価、雇用、賃金等を含む経済情勢等)の現状認識及び将来予測、財政(年金財政を含む。)の状況、金融政策のありよう、国民の生活状況(生活水準、他の社会保障制度との相互関係等)、制度としての安定性・信頼性の確保、社会保障に関する国民の意識、給付と負担に関する人々の間の衡平(世代間の衡平もその重要な要素である。)などを総合的に考慮しなければならない。これらの諸事情を的確に把握して、制度設計をするにはそれにふさわしい専門的知見と能力を有する機関がその任に当たることが必要である。また、これらの諸事情についての認識や年金制度の在り方に関する国民各層の意見も、その置かれた立場や政治的信条により様々であり、時には先鋭な対立が生ずることもあり得るといえる。これらを総合調整し、その時点において合理的と考える仕組みを作り上げていく作業は、統治機構のうちでも政治部門が担うのが適切であって、これを国民の側からみると、民主主義的なプロセスによって実現すべき課題であるということができる。そうすると、そのプロセスの最終的な帰結は、正当に選挙された代表者によって構成される国会がその広い裁量によって実現したところによるのを原則とするのが、憲法の予定する三権分立の統治構造であるというべきである。 昭和57年大法廷判決は、「(憲法25条の)規定を現実の立法として具体化するに当たつては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。したがつて、憲法25条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない。」と判示するが、これは、上記のような考慮を踏まえたものであると解することができ、本件部分のような制度の合憲性を審査する基準として、適切なものであるということができる。 なお、Xらは本件部分が憲法29条に違反する旨も主張するが、財産権の侵害の有無が問題になり得る法制度には、様々な類型・態様のものがあり、同条違反が認められるか否かの審査に当たっては、それらの類型・態様に応じたきめ細かな検討が必要になる。本件において、Xらは、その有する年金受給権について、特例水準による年金額を受給できるものとして制定されていた法律を改めて、受給額を減ずることとする新法律を制定したことが財産権の侵害であるというのであるが、法廷意見が判示する上記年金受給権の内容等に照らせば、Xらの主張の実質は、憲法25条違反の主張と大きく変わるところがないので、最高裁昭和48年(行ツ)第24号同53年7月12日大法廷判決・民集32巻5号946頁及び最高裁平成12年(オ)第1965号、同年(受)第1703号同14年2月13日大法廷判決・民集56巻2号331頁の趣旨にも徴した上、同条違反の主張と併せて判断すれば足りるものというべきである。 2 制度後退禁止原則について Xらは、憲法25条2項が、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定していることから、一旦具体化した国民の生活水準を低下・後退させる場合には、裁量の幅は狭まり、相応の正当化が要求されるという制度後退禁止原則を定めており、これは立法による不利益変更にも妥当する旨主張する。しかしながら、何をもって制度が後退したと評価するのか、法律によって作られた制度の保護水準がその後の改正法によって引き下げられると憲法に違反することになるというとき、憲法と法律の各規範の相互関係をどのように考えているのかなど曖昧な点が多く、法律の憲法25条適合性の審査に際して参照するのに適切な成熟した法理ないし基準であるとはいい難いように思われる。本件において、そのような制度後退禁止原則の存在を前提に、年金給付額の引下げがされたことが直ちに制度の後退に当たるとして、本件部分が厳格な審査に服し、憲法25条に違反することとなるとの主張が採用し難いことは明らかである。 3 立法の判断過程審査について Xらは、本件部分の憲法25条適合性を審査するに際しては判断過程審査の考え方を援用すべき旨主張する。しかし、国会に一定の裁量権が付与されている法律の規定の憲法適合性を裁判所が審査する場合には、まず当該規定の規範内容を確定し、これにより確定された客観的規範内容が憲法に抵触するか否かを判断するのであって、これとは別の観点からの検討、すなわち立法府が立法の過程において必要な事実を検討したか、みるべきでない事実を考慮していないか、前提とする事実関係に誤りはないかなど立法過程での審査・検討状況が十分か不十分か等が直ちに憲法適合性を左右することになるわけではない。このことは、行政庁の個別具体的な処分が裁量権の範囲の逸脱又は濫用に当たるか否かを裁判所が審査することとは異なる面があるものであるといえる。 もちろん裁判所が行う違憲立法審査の過程で、審査の前提として規定の趣旨・目的、立法措置の必要性・相当性を基礎付ける立法事実等を踏まえることが必要なことがあり、このようなことは、これまでも事案に応じて行われてきたものであるが、これをもってXらがいう立法の判断過程審査と考えてはこなかったのではないか。 このように、Xらがいう立法の判断過程審査の具体的な内容自体、立法権と司法権との関係を踏まえた上で、その理論としての必要性、明確性、有用性等が成熟したものになっているとは考えられず、法廷意見が判示するように本件部分の規範内容自体が不合理なものとはいえない以上、本件において立法の判断過程審査を求めるXらの主張は採用し難いといわざるを得ない。」
判旨:①「所論は、平成24年改正法1条の規定のうち、国民年金法による年金たる給付等の額の計算に関する経過措置、平成25年度及び平成26年度における国民年金法による年金たる給付等の額の計算に関する経過措置の特例並びに平成25年度における厚生年金保険法による年金たる保険給付の額の計算に関する経過措置の特例について定める部分(以下「本件部分」という。)が憲法25条及び29条に違反する旨をいうものと解される。」 ②「前記事実関係等によれば、平成24年改正法1条は特例水準を3年度にわたって段階的に解消するものであるところ、特例水準は、それが生じた経緯に照らし、当初から、将来的に解消されることが予定されていたものといえる。このような特例水準による年金額の給付を維持することは、賦課方式(現在の年金受給権者に対して支給される年金給付の財源を、主に現役世代が負担する保険料によって賄う方式)を基本とする制度の下で現役世代に本来の負担を超える負担を強いることとなり、また、現役世代が年金の給付を受けるようになった際の財源を圧迫することにもつながるものと考えられる。そして、平成24年改正法の制定時には、今後、我が国の少子高齢化の進展に伴い、現役世代の保険料や税の負担能力が更に減少する一方で、支給すべき老齢年金の総額が更に増加することが合理的に予測されていたものである。 これらの点に加え、特例水準の解消が、我が国における少子高齢化の進展が見込まれる中で、世代間の公平に配慮しながら前記の財政の均衡を図りつつ年金制度を存続させていくための制度として合理性を有するものとして構築されたマクロ経済スライド制の適用の実現につながるものであることをも踏まえれば、特例水準によって給付の一時的な増額を受けた者について一律に特例水準を解消することは、賦課方式を基本とする我が国の年金制度における世代間の公平を図り、年金制度に対する信頼の低下を防止し、また、年金の財政的基盤の悪化を防ぎ、もって年金制度の持続可能性を確保するとの観点から不合理なものとはいえない。 以上によれば、立法府において上記のような措置をとったことが、著しく合理性を欠き、明らかに裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるということはできず、年金受給権に対する不合理な制約であるともいえない。」 ③「したがって、本件部分は憲法25条、29条に違反するものとはいえない。 以上は、当裁判所大法廷判決…の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。」
裁判官三浦守の補足意見:「私は、法廷意見に賛同するものであるが、憲法25条に関する点について考えるところを補足して述べる。
1 憲法25条1項は、福祉国家の理念に基づき、全ての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言し、同条2項は、上記理念に基づき、社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきことを国の責務として宣言したものであり、同条1項は、国が個々の国民に対して具体的・現実的に上記のような義務を有することを規定したものではなく、同条2項によって国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的・現実的な生活権が設定充実されていくものと解される(法廷意見が引用する最高裁昭和57年7月7日大法廷判決参照)。国民年金制度は、このような同条の趣旨を実現するために設けられた社会保障上の制度であり、老齢、障害又は死亡によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止することを目的としている(国民年金法1条)。 本件では、老齢年金制度において導入されていた物価スライド制の下で物価スライド特例法を契機として生じた年金額の特例水準について、これを3年度にわたって解消する旨を定める平成24年改正法1条のうち、本件部分の憲法適合性が問題となっている。
この場合、特例水準による年金額の給付を受ける年金受給権者にとっては、実際に給付を受ける年金額が減少する上、このような年金額の給付のみでは、他に収入や資産等の少ない者の生活の安定を図ることが困難であることは否定できず、そのことは、近年における生活保護の被保護世帯の高齢化等の状況からもうかがわれる。本件部分が憲法25条に違反するか否かの判断において、これらの点は、国会の裁量を前提としながら、生活保護制度を含め、国が創造拡充すべき社会保障制度全体の中で、個々の国民の具体的・現実的な生活権の設定充実という観点から考慮される事情である。 そして、年金制度は、憲法25条を踏まえ上記目的で設けられた制度として、その持続可能性を確保する必要があるところ、特例水準は、当初から、将来的に解消されることが予定されていたことに加え、少子高齢化の進展が予測される中で、賦課方式を基本とする年金制度における世代間の公平の確保、年金制度に対する信頼の低下の防止、年金の財政的基盤の悪化の防止等が要請されることからすると、特例水準の解消に伴う年金額の水準等を考慮してもなお、本件部分に係る立法措置が、著しく合理性を欠き、明らかに裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものということはできない。 2 もとより、高齢者を含む全ての国民が最低限度の生活を保障され、健やかに充実した日常生活を送ることができるよう、年金、医療、福祉、公的扶助等を含め、社会保障等の向上及び増進を図ることは、憲法25条が定める国の責務である。社会における諸事情の変化に応じて制度を見直す必要があるが、国民の様々な要因による困窮を回避するため、持続的な制度の下で、現に困難を抱える個人が必要な給付や支援を円滑に受けられることが肝要であり、適切な施策の充実が求められる。」
裁判官尾島明の補足意見「私は、法廷意見に同調するものであるが、論旨に鑑み、法廷意見の趣旨について考えるところを敷衍して意見を述べる。
1 法廷意見の判断手法について
法廷意見は、本件部分が憲法に違反するものでないことは最高裁昭和51年(行ツ)第30号同57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁(以下「昭和57年大法廷判決」という。)等の趣旨に徴して明らかであるとする。 本件では、老齢等によって国民生活の安定が損なわれることを国民の共同連帯によって防止し、もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与すること(国民年金法1条)、労働者の老齢等について保険給付を行い、労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与すること(厚生年金保険法1条)を目的として創設され、運用されてきた年金制度について、法律改正により年金給付額を減ずる改定を行ったことが、憲法25条に違反するか否かがまず問題になっている。 年金制度の構築に当たっては、社会情勢(経済成長の状況、少子高齢化を含めた人口構成、物価、雇用、賃金等を含む経済情勢等)の現状認識及び将来予測、財政(年金財政を含む。)の状況、金融政策のありよう、国民の生活状況(生活水準、他の社会保障制度との相互関係等)、制度としての安定性・信頼性の確保、社会保障に関する国民の意識、給付と負担に関する人々の間の衡平(世代間の衡平もその重要な要素である。)などを総合的に考慮しなければならない。これらの諸事情を的確に把握して、制度設計をするにはそれにふさわしい専門的知見と能力を有する機関がその任に当たることが必要である。また、これらの諸事情についての認識や年金制度の在り方に関する国民各層の意見も、その置かれた立場や政治的信条により様々であり、時には先鋭な対立が生ずることもあり得るといえる。これらを総合調整し、その時点において合理的と考える仕組みを作り上げていく作業は、統治機構のうちでも政治部門が担うのが適切であって、これを国民の側からみると、民主主義的なプロセスによって実現すべき課題であるということができる。そうすると、そのプロセスの最終的な帰結は、正当に選挙された代表者によって構成される国会がその広い裁量によって実現したところによるのを原則とするのが、憲法の予定する三権分立の統治構造であるというべきである。 昭和57年大法廷判決は、「(憲法25条の)規定を現実の立法として具体化するに当たつては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。したがつて、憲法25条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない。」と判示するが、これは、上記のような考慮を踏まえたものであると解することができ、本件部分のような制度の合憲性を審査する基準として、適切なものであるということができる。 なお、Xらは本件部分が憲法29条に違反する旨も主張するが、財産権の侵害の有無が問題になり得る法制度には、様々な類型・態様のものがあり、同条違反が認められるか否かの審査に当たっては、それらの類型・態様に応じたきめ細かな検討が必要になる。本件において、Xらは、その有する年金受給権について、特例水準による年金額を受給できるものとして制定されていた法律を改めて、受給額を減ずることとする新法律を制定したことが財産権の侵害であるというのであるが、法廷意見が判示する上記年金受給権の内容等に照らせば、Xらの主張の実質は、憲法25条違反の主張と大きく変わるところがないので、最高裁昭和48年(行ツ)第24号同53年7月12日大法廷判決・民集32巻5号946頁及び最高裁平成12年(オ)第1965号、同年(受)第1703号同14年2月13日大法廷判決・民集56巻2号331頁の趣旨にも徴した上、同条違反の主張と併せて判断すれば足りるものというべきである。 2 制度後退禁止原則について Xらは、憲法25条2項が、「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」と規定していることから、一旦具体化した国民の生活水準を低下・後退させる場合には、裁量の幅は狭まり、相応の正当化が要求されるという制度後退禁止原則を定めており、これは立法による不利益変更にも妥当する旨主張する。しかしながら、何をもって制度が後退したと評価するのか、法律によって作られた制度の保護水準がその後の改正法によって引き下げられると憲法に違反することになるというとき、憲法と法律の各規範の相互関係をどのように考えているのかなど曖昧な点が多く、法律の憲法25条適合性の審査に際して参照するのに適切な成熟した法理ないし基準であるとはいい難いように思われる。本件において、そのような制度後退禁止原則の存在を前提に、年金給付額の引下げがされたことが直ちに制度の後退に当たるとして、本件部分が厳格な審査に服し、憲法25条に違反することとなるとの主張が採用し難いことは明らかである。 3 立法の判断過程審査について Xらは、本件部分の憲法25条適合性を審査するに際しては判断過程審査の考え方を援用すべき旨主張する。しかし、国会に一定の裁量権が付与されている法律の規定の憲法適合性を裁判所が審査する場合には、まず当該規定の規範内容を確定し、これにより確定された客観的規範内容が憲法に抵触するか否かを判断するのであって、これとは別の観点からの検討、すなわち立法府が立法の過程において必要な事実を検討したか、みるべきでない事実を考慮していないか、前提とする事実関係に誤りはないかなど立法過程での審査・検討状況が十分か不十分か等が直ちに憲法適合性を左右することになるわけではない。このことは、行政庁の個別具体的な処分が裁量権の範囲の逸脱又は濫用に当たるか否かを裁判所が審査することとは異なる面があるものであるといえる。 もちろん裁判所が行う違憲立法審査の過程で、審査の前提として規定の趣旨・目的、立法措置の必要性・相当性を基礎付ける立法事実等を踏まえることが必要なことがあり、このようなことは、これまでも事案に応じて行われてきたものであるが、これをもってXらがいう立法の判断過程審査と考えてはこなかったのではないか。 このように、Xらがいう立法の判断過程審査の具体的な内容自体、立法権と司法権との関係を踏まえた上で、その理論としての必要性、明確性、有用性等が成熟したものになっているとは考えられず、法廷意見が判示するように本件部分の規範内容自体が不合理なものとはいえない以上、本件において立法の判断過程審査を求めるXらの主張は採用し難いといわざるを得ない。」
過去問・解説
(R8 司法 第7問 ウ)
最高裁判所の判決(最高裁判所令和5年12月15日第二小法廷判決、民集77巻9号2285頁)は、原告らの公的年金給付を減額することとなる旨を規定する立法を立法府がしたことは、マクロ経済スライド制の適用の実現につながり、年金制度の持続可能性を確保するとの観点から不合理とはいえないことなどから、明らかに裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるとはいえないとした。
最高裁判所の判決(最高裁判所令和5年12月15日第二小法廷判決、民集77巻9号2285頁)は、原告らの公的年金給付を減額することとなる旨を規定する立法を立法府がしたことは、マクロ経済スライド制の適用の実現につながり、年金制度の持続可能性を確保するとの観点から不合理とはいえないことなどから、明らかに裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるとはいえないとした。
(正答)〇
(解説)
年金減額改定決定取消等請求事件判決(最判令5.12.15)は、原告らの公的年金給付を減額することとなる旨を規定する立法を立法府がしたことについて、「特例水準の解消が、我が国における少子高齢化の進展が見込まれる中で、世代間の公平に配慮しながら前記の財政の均衡を図りつつ年金制度を存続させていくための制度として合理性を有するものとして構築されたマクロ経済スライド制の適用の実現につながるものであることをも踏まえれば、特例水準によって給付の一時的な増額を受けた者について一律に特例水準を解消することは、賦課方式を基本とする我が国の年金制度における世代間の公平を図り、年金制度に対する信頼の低下を防止し、また、年金の財政的基盤の悪化を防ぎ、もって年金制度の持続可能性を確保するとの観点から不合理なものとはいえない。」とし、「立法府において上記のような措置をとったことが、著しく合理性を欠き、明らかに裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるということはでき」ないとしている。
年金減額改定決定取消等請求事件判決(最判令5.12.15)は、原告らの公的年金給付を減額することとなる旨を規定する立法を立法府がしたことについて、「特例水準の解消が、我が国における少子高齢化の進展が見込まれる中で、世代間の公平に配慮しながら前記の財政の均衡を図りつつ年金制度を存続させていくための制度として合理性を有するものとして構築されたマクロ経済スライド制の適用の実現につながるものであることをも踏まえれば、特例水準によって給付の一時的な増額を受けた者について一律に特例水準を解消することは、賦課方式を基本とする我が国の年金制度における世代間の公平を図り、年金制度に対する信頼の低下を防止し、また、年金の財政的基盤の悪化を防ぎ、もって年金制度の持続可能性を確保するとの観点から不合理なものとはいえない。」とし、「立法府において上記のような措置をとったことが、著しく合理性を欠き、明らかに裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるということはでき」ないとしている。